「鉄の処女」や「異端者のフォーク」などの名前を聞いたことがあるでしょうか。これらは拷問の道具です。自白などを引き出すために犠牲者を痛めつける拷問行為は、古来より世界中で行われてきました。
今回は道具を使わず、眠りを妨げることで犠牲者を従わせる「睡眠妨害」の拷問を紹介します。
目次
嘘の自白、精神異常、果ては死……睡眠妨害の末路
眠りによる休息は、あらゆる生物にとって必要不可欠なものです。それだけに、睡眠の妨害は非常に効果の高い拷問となりえます。
睡眠妨害の拷問は古くから行われていましたが、古代や中世では拷問に残酷さが求められたためあまり目立っていませんでした。しかし、近世以降になると盛んに用いられるようになります。
睡眠妨害のうちもっとも原始的な拷問はなんでしょう?
それは、24時間体制で見張りをつけて眠らせないようにしておくというものです。
犠牲者は監房に閉じ込められ、居眠りをすれば執行人に棒でこづかれます。その状態で歩き続けなければならないこともありました。もちろん飲食は最低限だけ、または禁止です。
こうして長時間眠れずにいると、犠牲者の精神は追い詰められ、誘導尋問に乗りやすくなりますし、無実であっても言われた通りのことを自白してしまいます。
また限界に達すれば精神に異常をきたすこともあり、方法によっては死んでしまうことすらありました。
こうした睡眠妨害は、犠牲者の身体に傷が残りにくいことから、現代でも密かに行われ続けているといいます。
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中世イギリスの魔女狩りで盛んに!
中世イギリスでは拷問が禁止されていましたが、睡眠妨害は証拠を残さないことから盛んに行われたといいます。シェイクスピアの作品でも「不眠責め」について述べられています。
17世紀には、自称魔女ハンターのマシュー・ホプキンスが容疑者を不眠不休で歩かせて自白を強いました。ホプキンスは1645年に68人を絞首台へ送っていますが、その中のひとり、70歳の牧師ジョン・ローズもこの拷問で責め立てられました。ローズは意識を失って目覚めた後、「悪魔と契約を交わし、使い魔を所有し、家畜に魔法をかけた」と自白させられています。
またロンドン塔には、どの方向にも手足を十分に伸ばせず、まっすぐに立つこともできない監房があったことが知られています。
ここに入れられた囚人は、身体を折り曲げた姿勢で過ごさねばなりません。
このような環境では、満足に眠ることはできなかったでしょう。
これもまた、睡眠妨害の拷問の一環といえるかもしれません。
19世紀アメリカでも行われた、死に至る水責めの拷問
原始的な睡眠妨害の拷問に特別な器具や技術は不要ですが、ずっと見張ることを考えると、執行人もそれなりの労力を払う必要がありました。16世紀の法学者ヒッポリュトス・ド・マルジリースは、もっと効率よく、死に至ることもある危険な睡眠妨害の拷問を考え出しました。
水のしずくが岩をうがつのをヒントにしたといわれていますが、それと同じく、犠牲者の頭にぽたぽたと冷たい水を垂らすのです。より大きな苦痛を与えるため、犠牲者の髪を剃ることもありました。
これを長時間続けると、犠牲者はやがて精神に異常をきたしてしまいます。腹が水責めの標的となることもあり、その場合は紫色に腫れ上がりました。
似たような手法は19世紀のアメリカでも用いられたことがあります。額に水をかけるのは同じですが、犠牲者は箱のようなものに閉じ込められ、頭に冷たいシャワーを浴びせられるのです。
1858年にニューヨークの刑務所でこの拷問を受けた囚人は、たった30分で死亡してしまいました。冷水を浴びせる方法の危険性は広く知られ、1882年になってこの拷問は禁止されました。
スターリンも実施! 睡眠妨害から派生した現代の拷問
睡眠妨害による拷問の応用は、1930年代のソビエトでも確認されています。当時、スターリンは独裁を続けるため、「コンベアー」と呼ばれる方法で多くの政敵を粛清しました。
このときの拷問は自白や情報を引き出すためではなく、スターリンに従わない者を消すために罪をでっち上げ、それを認めさせる手段として行われたのです。
コンベアーの犠牲者は、数日間ぶっ通しで取り調べを受けることになります。ある人は17日間、食事や睡眠を取ることを許されませんでした。こうなると犠牲者は眠りを得るために虚偽の自白をするか、意識が混濁した状態で命ぜられるがままのことを答えるしかなくなってしまいます。
また、睡眠妨害の手法からヒントを得たと思われる拷問は、現代になってからいくつも考案されました。
頭にかぶせた金属容器を叩くボリビアの拷問「ラ・カンパーニャ」(鐘という意味)や、耳を殴り続けるチリやメキシコの拷問「エル・テレフォノ」は、音と振動で犠牲者を責め立てます。これらは眠りを妨げるというより、物理的でない手段で犠牲者を苦しめる拷問といえるでしょう。
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