ゲームのキャラクターとして名高いイシュタル。元々は古代メソポタミアの女神だったことはご存知ですか?
『オリエントの神々』(池上 正太著)では、シュメール・アッカド系の神々や、ゾロアスター教、マニ教の神々など、世界最古の文明の地・オリエントの神々を多数紹介しています。
今回はその中から、女神イシュタル(イナンナ)をご紹介します。
目次
イシュタル(イナンナ)ってどんな女神?
イシュタル(イナンナ)は古代メソポタミアで長い間信仰されていた偉大な女神です。
元々はシュメール(現在のイラク・クウェート)の都市国家ウルクで信仰されていた「イナンナ」という豊穣の女神でしたが、アッカド王朝時代(紀元前2334年~前2154年頃)に女神「イシュタル」と同一視されるようになり、様々な権能を持つ女神となりました。
イシュタルの父は天空神アヌまたは月神シン、母は女神ニンガルとされています。姉である冥界の女王エレシュキガルとはライバル関係にありました。
夫は豊穣神タンムーズで、ふたりの間には牧畜神シャラや、繁殖力と植物の神ダムが生まれています。
イシュタルは魅力的な肢体を持つとても美しい女神で、身体には”メ”という魔法の装身具を着けています。また神話によると、立派な冠や首飾りをつけ、美しい衣装に身を包んでいたということです。
ただしアッシリアでは、戦女神としての荒々しい姿を強調するため、頬髭を生やし、戦車に乗って弓と矢筒で武装した姿で描かれたこともありました。
元々は豊穣の女神だったイシュタルですが、時代が下るにつれ、愛や多産、王権、不和と戦争、金星など多彩な事柄を司るようになります。
次項からはイシュタルの司る様々な役割について、神話を交えてご紹介しましょう。
愛と豊穣、多産の神イシュタル(イナンナ)
イシュタルは豊穣の女神であり、さらに愛や出産も司るようになりました。
神話『ドゥムジとエンキムドゥ』には、イシュタルが牧人タンムーズ(ドゥムジ)と農夫エンキムドゥのふたりから求愛される場面が描かれています。
豊穣の女神であるイシュタルを手に入れることは、豊かな未来を勝ち取ることと同義でした。神話だけでなく、古代メソポタミアでは実際に豊穣を願う儀式として、タンムーズに扮した王がイシュタルと結婚するという「聖婚儀式」を行っています。
愛の女神でもあるイシュタルには、一説によると、夫タンムーズ以外に120人もの恋人がいたといわれています。
多くの恋人がいたものの、愛情が冷めた相手には酷い仕打ちをすることもありました。
最古の英雄譚『ギルガメシュ叙事詩』には、恋人だった牧人の姿を狼に変えてしまった上、彼の幼子たちを供物として捧げさせたことが記されています。
さらにイシュタルは、自分の誘惑を跳ね除けた者にも冷たく当たりました。
たとえば庭番のイシュヌラは、彼女の誘いを断ったために打ち据えられ、モグラに姿を変えられてしまいます。加えてこの行為を指摘した英雄ギルガメシュも、天の雄牛をけしかけられ殺されそうになりました。
一方で、イシュタルは信者に対してはとても慈悲深く、愛情深い女神だったようです。『イシュタル讃歌』には、彼女が有能で慈愛に満ちた女神だったことが描かれています。
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王権を司る戦女神イシュタル(イナンナ)
さらにイシュタルは、戦争を象徴する女神だとも見なされるようになります。
彼女がシタとミトゥムという武器を持ち、自ら戦場に赴く様子は神話にも描かれています。たとえば『イナンナとエベフ』には、イシュタル(原文ではイナンナ)が洪水をもたらすエベフ山と魔物アサグを退治する様子が記されていました。
また、ウル第3王朝の第2代王シュルギ(在位 紀元前2094年~前2047年)が残した『シュルギ王讃歌』には、王が「聖婚儀式」によって、イシュタルから戦争での勝利を約束される場面が描かれています。「聖婚儀式」は豊穣を祈るだけでなく、戦いの勝利を願う儀式でもあったのです。
戦女神であり、豊穣の女神でもあることから、イシュタルは奔放な野心家で、愛情深いけれど冷酷という複雑な性格だと考えられるようになりました。
神話には、彼女が姉のエレシュキガルの治める冥界へと攻め込んだり、知恵の女神エアから”メ”と呼ばれる財宝を騙し取ったことが記されています。イシュタルは全てを手に入れなければ気が済まない性質だったのです。
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