「遊牧民」というとどんな言葉を連想するでしょう? モンゴル? あるいは匈奴やフン族、チンギス・ハンなどでしょうか。
実は旧約聖書の時代には、イスラエルの人々も長い間遊牧生活を送っていました。では彼らはどんな暮らしをし、どのような価値観を持っていたのでしょう?
『図解 旧約聖書』(池上 良太著)では、登場人物や世界観から当時の人々の生活まで、旧約聖書のポイントを図解でわかりやすく解説しています。今回は本書を参考に、旧約聖書の時代にイスラエルの人々が送っていた遊牧生活についてご紹介します。
目次
旧約聖書時代の遊牧民の生活①家や神殿の作りとは
旧約聖書時代のイスラエルの人々は、定住生活を送るようになるまでの長い間、遊牧民として暮らしていました。
彼らの家は山羊毛を織って作られたテントで、日差しや雨に強く、侵入者の接近に備えて円陣を組むような形で張られていました。
テントに入る時は一般的に履物を脱ぐことになっています。床は大抵剥き出しでしたが、夜になると夜具を敷いていました。部屋の中は木の枝を編んだ衝立や布で2つに区切られており、入り口に近い部屋は応接室を兼ねた男性の部屋、奥は物置を兼ねた女性の部屋になっています。
女性の部屋に入ることができる男性は一家の主だけとされていました。
遊牧民だった頃のイスラエルの人々は、「幕屋」と呼ばれる移動式の神殿で神に祈りを捧げていました。幕屋はシナイ山で神がモーセに与えた設計を元に造られており、アカシア材で造った枠の上に、刺繍が施された亜麻布、大きめに作られた山羊の毛織物、防水処理された赤い雄羊の皮、防水処理された動物の皮という4種類の覆いがかけられています。
幕屋の中は亜麻布の垂れ幕で2つに仕切られています。手前の空間は祈りの場、奥の空間は契約の箱(イスラエルの人々にとって最も重要な祭器)が置かれた至聖所で、至聖所は年に1度、大祭司のみが入ることを許されていました。
幕屋の周囲は亜麻布で仕切られた中庭になっています。中庭には祭祀の際に手足などを洗う青銅の洗盤や、生贄を捧げるための青銅張りの祭壇などが設けられていました。
イスラエルの遊牧民たちは神との繋がりや贖罪を求め、日常的に生贄や献げ物をしています。神に贈られた生贄・献げ物には、雄羊、雄山羊、雄牛、雌牛、鳩といった動物や、パン種を入れないパン、初穂の小麦などがありました。
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旧約聖書時代の遊牧民の生活①家や神殿の作りとは
旧約聖書時代の遊牧民たちは、厳しい自然環境の中で暮らしていくために家長主義をとり、家族の利益と血統保持を優先した生活を送っていました。
遊牧民たちの社会は基本的に男系社会で、家族の中心は家長である父親です。父親の権限は強く、時には娘を奴隷として売ったり、息子を処刑することすら許されていました。跡継ぎである長男の権限も強く、相続の際には他の男子の2倍の分け前を与えられます。
基本的に女性の地位は低かったものの、妻や母の立場になると家庭内では強い権限を持ち尊重されていました。
家長、長子、妻や母、その他の子どもたちや親戚一同、奴隷、行動をともにしていた客分たちをまとめて「家族」と呼びます。近縁の家族たちが複数集まった集団を「氏族」といい、遊牧民としての暮らしや移動の最小単位となっていました。
同じ先祖を持つ氏族が複数集まった集団が「部族」です。部族は一種の軍事集団で、族長や長老、司(士師。神によって選ばれ民衆を導いたリーダー)などに率いられていました。
続いて、遊牧民の結婚制度をご紹介しましょう。
個人の意思が尊重されたケースもあるものの、基本的に遊牧民の結婚には家長の意思が強く反映されていました。
結婚相手は当初、部族外の者から選ばれていましたが、時代が下ると血統保持のために部族内結婚が推奨されるようになります。
結婚を望む男性は意中の女性の家に結納金や品物を贈り、相手の家族が納得すれば正式に結婚が決まります。その際、男性側からさらに装飾品などの贈り物が渡されていました。
遊牧民の暮らしは基本的に一夫一妻制ですが、跡継ぎを得るためなどの理由で一夫多妻の形をとることもあります。正式な手続きを踏めば離婚も可能でしたが、離婚後に復縁することは認められていません。
当時の遊牧民にとって、跡継ぎを得ることはとても重要なことでした。そのため、子どもがいないまま家長が亡くなった場合、夫の兄弟が未亡人を娶って子どもを作り跡継ぎとする「レビラト婚」という制度も存在していました。
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