『ライ麦畑でつかまえて』の作者J・D・サリンジャーや、『夜と霧』のヴィクトール・フランクル、『失われた時を求めて』のマルセル・プルースト――文学の世界では多くのユダヤ人・ユダヤ系作家たちが活躍しています。
そんなユダヤの人々の姿は、世界中で読み継がれている『旧約聖書』の中にも登場します。
でも、旧約聖書時代のユダヤ人は現代とは少し異なっていたようです。
『図解 旧約聖書』(池上 良太著)では、世界観や登場人物、神器から当時の人々の生活まで、旧約聖書のポイントを図解でわかりやすく解説しています。
今回はその中から、旧約聖書の時代のユダヤ人とはどんな人たちだったのかご紹介します。
目次
旧約聖書時代のユダヤ人とは①ユダヤ人の3つの呼び名
ユダヤ人とは、紀元前2000年頃から中東のシリア・パレスチナ地方に定住した人々のことです。しかし旧約聖書の中では、彼らはユダヤ人以外にもヘブライ人、イスラエル人などと呼ばれることもありました。
「ヘブライ人」とは、「越えてきた者」という意味の呼称で、ユダヤ人一般を指す言葉として旧約聖書の中に登場します。
「越えてきた」というのは、ユダヤ人がかつてチグリス・ユーフラテス河やヨルダン川を越えてカナンの地(現在のイスラエル、パレスチナ)へ入植したことに由来しているとされます。
「ユダヤ人」とはユダヤ教を信仰する人々という意味で、旧約聖書ではユダ王国崩壊後について描いた資料の中で用いられています。
ユダヤ教はバビロン捕囚(ユダ王国が崩壊した紀元前587年から紀元前537年まで、ユダ王国の人々がバビロニア地方へ強制移住させられた事件)後に故郷に戻った人々が、民族団結を目的につくりあげた宗教です。
彼らの多くが12氏族のひとつであるユダ氏族に属していたため、その名を取ってユダヤ教と呼ばれるようになりました。
ヘブライ人、ユダヤ人の正式名称が「イスラエル人」です。イスラエルとは「神が支配する」とか「神が勝つ」といった意味で、イスラエル12氏族の祖となったヤコブに由来しています。
ある夜、ヤコブは神と格闘し勝ったことから、神からイスラエルの名を与えられ、ヤコブの末裔たちもイスラエルと呼ばれるようになったのです。実際、旧約聖書ではイスラエル人という呼称はヤコブ登場後に用いられています。
旧約聖書時代のユダヤ人とは②決まりの多かった食生活
では、旧約聖書時代のユダヤ人たちはどんな暮らしを送っていたのでしょう? まずは彼らの食生活についてご紹介しましょう。
旧約聖書時代のユダヤの人々は1日2回、昼と夕方に食事をしていました。
主食はパンで、パン種を入れふっくらと焼き上げられたパンと、パン種を入れない平たく硬いパンの両方が食べられています。パンの材料である麦は大麦が一般的で、他に少し贅沢とされた小麦や、貧しい人々が用いたスペルト小麦などもありました。
食肉には厳しい戒律が定められており、食べても良いとされた肉類には、豚を除く偶蹄目や反芻動物、ヒレと鱗を持つ魚類、腐敗物を食べない鳥類などがありました。
調理方法も戒律で決められていて、痛みを感じないよう速やかに殺し、生命の根源である血は抜かなくてはいけません。同種の肉と乳を一緒に調理してはいけないという決まりもありました。
カナン入植以前には、肉は焼いて食べられることが多かったものの、入植後は煮ることが主流となっています。
野菜類には豆類(インゲン豆、レンズ豆、エンドウ豆)や玉葱、ニラ、キュウリ、大蒜(オオビル。ニンニクのこと)などがあり、スープに入れたりパンに混ぜたりして食べられていました。
果物は葡萄と無花果(イチジク)が中心で、ナツメヤシや石榴(ザクロ)、アーモンドなども食べられていました。
これらの肉や野菜などは塩やオリーブ油で味付けされています。ハッカやクミンといった香辛料もありましたが、主に富裕層向けの輸入品とされていました。
飲み物には山羊のミルクやヨーグルト飲料、葡萄酒などがあります。水はあまり飲料に適していないことがほとんどでした。
◎関連記事
ナツメヤシ・麦 メソポタミアの農地が育んだ食文化とは
歴史あるユダヤ教徒の食の戒律。チーズバーガーは食べられない?
旧約聖書時代のユダヤ人とは③気候に対応した服装
続いて、旧約聖書時代のユダヤ人たちの服装についてもご紹介しましょう。
旧約聖書時代のユダヤ人男性は、下着(一枚布の腰巻か半ズボン風のもの)の上に膝丈の肌着を身につけ、その上から丈の長い上着を着ていました。上着は一種の貫頭衣で、長い一枚布を半分に折った折り目の部分に首を通す穴が開けられています。
長い布を折りたたんで作った帯で上着を締めていましたが、この帯は一種の小物入れにもなっていました。
女性もほぼ同じ服装ですが、丈は男性のものよりも長かったとされています。
衣服の素材には亜麻布や羊毛、山羊毛、皮革が用いられています。山羊毛や皮革は貧しい人が用いることが多く、特に皮革は預言者など世間と隔絶した人々の印にもなっていました。絹織物もありましたが贅沢品とされています。
厳しい気候の中での暮らしに対応するため、ユダヤ人たちはかぶり物を身につけています。
男性は四角の布を三角形に折ってバンドで頭に固定した他、帽子をかぶることもありました。女性は長めのベールをかぶっています。
履物は革のサンダルが中心ですが、貧しい人や祭司は裸足でした。
当時のユダヤ人たちは男女ともに髪は長く伸ばしていました。男性は髭を伸ばし、女性は化粧をしています。装飾品には指輪(男性の地位の象徴とされていました)や耳飾り(魔除けとして男女ともにつけていました)などがあります。
ライターからひとこと
今回は旧約聖書時代のユダヤ人についてご紹介しましたが、その後複雑な歴史があり、現代のユダヤ人は旧約聖書の時代の頃のユダヤ人とは異なる部分もあるようです。たとえば現代では、ユダヤ人の住む場所はイスラエル国内とは限りませんし、ユダヤ教を信仰する度合いも様々です。私の古い友人のひとりにイスラエル生まれのユダヤ人がいますが、彼は戒律を気にせず何でも食べる大食漢です。彼をみていると、現代では「ユダヤ人だからこんな人」と一括りにして考えることはできないのかも……という気がしています。