もし異性を魅了する力が存在するとしたら、あなたは手に入れたいと思いますか?
ケルト神話に登場するディルムッドは「女性を魅了する黒子」の持ち主で、多くの女性が彼に夢中になったといいます。ところが奔放で我が儘なひとりの女性に好かれてしまったために、ディルムッドの人生は大きく変わることとなりました。
『図解 ケルト神話』(池上良太 著)では、ケルト神話について登場人物やアイテム、各エピソードから雑学まで幅広く解説しています。今回は本書を参考に、ディルムッドと彼を翻弄した姫グラーニャの物語をご紹介します。
目次
ディルムッドとグラーニャ、運命の出会い
フィアナ騎士団の若き英雄ディルムッド・ウア・ドゥヴネは、フィアナ騎士団の団長フィン・マックールの甥として生まれました。
ディルムッドは黄色もしくは鳶色の髪をした美男子で、頬(額という説もあります)には妖精につけられたという黒子があります。この黒子には女性を魅了する力があったため、多くの女性が彼の虜となりました。
ディルムッドはまた、優秀な戦士でもありました。彼が使った武器は、育ての親から贈られたゲイ・ボイとゲイ・ジャルグという2本の魔法の槍と、モラルタ、ベガルタという2本の魔法の剣です。ディルムッドはこれらの武器と特殊な跳躍術とを使って各地で活躍し、騎士団の危機を何度も救ったため、騎士団長フィンのお気に入りとなりました。
そんな彼の運命を、ひとりの女性が大きく変えることとなります。アイルランド女王の娘グラーニャです。
グラーニャは元々、騎士団の団長フィンの婚約者でした。ところがふたりが婚約した時、フィンはすでに年老いていたため、若く美しい姫君だったグラーニャはどうしてもフィンのことを好きになれません。
そこで彼女は睡眠薬入りの飲み物を用意すると、結婚式前夜の宴席で若者以外の列席者をすべて眠らせてしまいました。起きている若者の中から好みの男性を見つけ、口説き落そうと考えたのです。
グラーニャはまずフィンの息子オシーンを口説きましたが、素っ気ない態度で断わられてしまいます。
続いて彼女はディルムッドを口説くことにしました。ディルムッドもやんわりと断りますが、彼の頬の黒子には女性を魅了する力があったため、グラーニャはすっかりディルムッドの虜になってしまいます。彼女は執拗に食い下がると、ついにはゲッシュ(必ず守らなければならない誓約)を使い、自分を連れて逃げるようディルムッドを脅迫しました。
◎関連記事
【4コマ漫画】ケルト神話の恋愛事情② ~夢の乙女に恋をした愛の神オイングス~
【動画】ケルト神話界の美男子! ディルムッドの恋愛事情を解説
ディルムッドの逃走と悲劇の最期
こうして、ディルムッドは渋々グラーニャを連れてアイルランド中を逃避行することとなります。婚約者を奪われた騎士団長のフィンは怒り狂い、ふたりに次々と追っ手を差し向けますが、なかなかディルムッドを倒すことはできません。
ふたりの逃走劇は実に16年も続きました。最後には周囲のとりなしもあり、ディルムッドとフィンは和解することとなります。
初めは嫌々逃避行していたディルムッドですが、長い間グラーニャとともに過ごすうちに、いつしか本当に彼女を愛するようになっていました。ふたりは晴れてタラの都に戻り正式な夫婦となると、7年で4人の息子と1人の娘をもうけます。
ところがフィンの方は内心、ディルムッドのことを許してはいませんでした。和解から7年後、フィンに復讐の機会が訪れます。フィンやディルムッド、騎士団のメンバーが集まり、狩猟に行くことになったのです。
獲物はベン・バルベンの森に住む魔の猪でした。ディルムッドは奮戦し、猪を倒すことに成功しましたが、自身も瀕死の重傷を負ってしまいます。
ディルムッドはフィンに水を与えてほしいと懇願しました。フィンの手には癒しの力があり、その手で汲んだ水を飲めばあらゆる傷を癒すことができるからです。
フィンは水を汲むとディルムッドのもとへと運びました。しかし心の奥にくすぶっていたディルムッドへの怒りと嫉妬から、彼の目の前でわざと水をこぼしてしまいます。
「もう一度水を汲んでこよう」
フィンはそう言って再度水を汲みに行きますが、今度もディルムッドの目の前でこぼしてしまいます。
「もう一度だ」
しかし、フィンはまたしてもディルムッドの前で水をこぼしてしまいました。
3度も水をこぼしたフィンに、ディルムッドの親友オスカーは激怒します。その様子を見たフィンは我に返ると、今度こそディルムッドの元に水を運んできましたが、全ては手遅れでした。ディルムッドはすでに事切れていたのです。
夫の死を知ったグラーニャは激しく怒りました。彼女はフィンに復讐するため、4人の息子を修行の旅に出します。
ところが後にフィンに求愛されると、グラーニャはその巧みな誘いにすっかり籠絡され、ついには彼と結婚することを決意してしまいます。修行に出ていた4人の息子たちは怒りましたが母に説得され、フィンの軍門に下ることとなりました。こうしてグラーニャはフィンと末永く幸せに暮らしたということです。
◎関連記事
【4コマ漫画】ケルト神話の恋愛事情① ~ダグザのモテ術~
フィアナ騎士団と騎士団長フィン・マックールの物語