フランスのルーヴル美術館には、プトレマイオス朝時代に制作されたオシリスの大きな彫像が飾られています。
オシリスは古代エジプトの冥界神で、とても長い期間人々に信仰され続けた神でした。ですがその神話の中では、どうやらオシリスは幸せな暮らしを送り続けていたわけでもないようです。
今回は『エジプトの神々』(池上 正太著)を参考に、エジプトの冥界神オシリスにまつわる神話と信仰ついてご紹介します。
目次
バラバラ殺神事件?! 冥界神オシリスの神話
オシリスは古代エジプトの神話に登場する冥界神で、民衆から王族まで幅広い人々に信仰されていました。
まずはオシリスがどんな神なのかわかる神話をご紹介しましょう。
オシリスは天の女神ヌトと大地の神ゲブとの間に生まれ、父の後を継いで地上の支配者となると、民衆に穀物やブドウの作り方を教えたり、音楽や芸術を教えて人々に文化的な生活をもたらしたとされます。
オシリスはそれまでの神々のように超常的な存在ではなく、現世の王に近しい存在だったため、多くの人々に慕われていました。彼の治世は非常に穏やかなものだったといわれています。オシリスは争いを好まず、武力を用いた闘争を行わなかったのです。
しかしこのようなオシリスの性格や行動が、弟のセトからの嫉妬を招いてしまいます。セトは戦争や暴力を司る神であり、武力を好まぬオシリスの統治方法を生ぬるいと感じていました。加えてセトは、オシリスの妻イシスを我が物にしたいとも思っていました。
ある日のこと、セトは兄夫婦に対する暗い願いを叶えるべく、オシリスの身体の寸法を測ると、彼にぴったりのサイズの棺を作り上げました。そうして兄と自分の協力者とを家に招待すると、オシリスを棺に閉じ込め、ナイル川に流してしまったのです。オシリスは溺死し、その死体は遠く外国まで流されてしまいました。また別の説では、オシリスの死体はセトによってバラバラに切り刻まれ、エジプト中にばらまかれたともいわれています。
どちらにせよ、オシリスの遺体はその後、妻のイシスによってなんとか回収され、蘇生されました。しかし生き返ったオシリスはイシスとの間に息子のホルスをもうけると、みずから冥界へと去ってしまいます。こうしてオシリスは冥界神となり、死者たちの中から心の正しいものを選定して永遠の魂を与える役目を担うようになったのです。
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2000年以上?! 長い期間信仰され続けたオシリス
オシリスが長い間信仰され続けていたということは前項でもお話しましたが、具体的にはいつ頃、どんな風に人々に信仰されていたのでしょうか?
オシリスは非常に古い神であり、その起源ははっきりしていません。元は下エジプト起源の穀物の育成を司る神だったとも、先王朝時代(紀元前5500年~3100年)のシリアの王が神格化されたものだともいわれています。他にも、オシリスという名はバビロニア語が起源であり、バビロニアの英雄神マルドゥクと関連があるのではないかと考える学者もいます。
いずれにせよ、オシリスは少なくとも古王国時代(紀元前2686年~2181年)にはすでに信仰されていました。オシリスは広い地域で親しまれた神ですが、中でも有力な信仰地域となったのがブシリスとアビドスです。
セトが切り刻んだオシリスの死体のうち、ブシリスには背骨が、アビドスには頭部が埋葬されたと信じられ、多くの巡礼者が訪れることとなりました。その他、メンフィスやヘリオポリスといった大都市やエジプト国境地帯にも、オシリスの遺体の一部を納めたとされる祭儀用の墓が造られています。
オシリスは冥界神としても、復活した豊穣神としても信仰されました。様々な祭儀が行われましたが、中でも特に変わっているのは「植物のオシリス」を使った儀式です。
「植物のオシリス」は麦を埋め込んだ土人形で、神官たちはこの土人形をオシリスに見立て、彼の死と復活を土人形から芽吹く麦を使って表現しました。この儀式はまた、作物の豊穣を祈願するものでもあったといわれています。
オシリス信仰はプトレマイオス朝時代(紀元前332年~紀元前32年)以降も続きます。ローマ支配時代(紀元前30年~紀元後395年)になると、オシリスは冥界神ハデスや酒とぶどうの神デュオニソスと同一視されるようになりました。さらに聖牛アビスと結び付き、セラピスという新しい神としても信仰されはじめます。
このように長い期間人々に信仰され続けたオシリスですが、現代では様々な製品や文物の名前としても使われるようになりました。たとえばペガスス座にある惑星HD 209458bは別名「オシリス」とも呼ばれています。また惑星探査機ロゼッタに搭載されたメインカメラも「オシリス」と命名されるなど、オシリスは時を越えて現代の人々にも親しまれているのです。
ライターからひとこと
古代の神様の名前だった「オシリス」が、現代では宇宙関連の惑星や機材の名前として使用されているなんて、なんだか不思議ですね。他にも2016年に打ち上げられたNASAの小惑星探査機も「オシリス・レックス」といいますし、オシリスは宇宙と縁が深いようです。オシリス以外にも、イシスやホルスなどエジプトの神々の名前がつけられた惑星が多数ありますので、気になる方はぜひ調べてみてください。