古代イスラエルのソロモン王は伝説の魔術師であり、魔術書『レメゲトン』によると指輪の力を使って72柱もの悪魔を使役したとされています。
ソロモンは後に悪魔の力を恐れ、彼らを真鍮でできた壺に封印すると、湖深くに沈めてしまいました。ところが財宝の隠し場所だと勘違いした人々によって壺の封印は解かれ、悪魔は逃げ出してしまいます。
なんとも恐ろしい話ですが、ソロモン王は本当に悪魔を使役できる魔術師だったのでしょうか? そもそもソロモン王は実在したのでしょうか?
今回は魔術師ソロモン王をめぐる伝説についてご紹介します。
目次
魔術師ソロモン王、悪魔を使役し神殿を建てる
イスラエル王国第3代国王・ソロモンが、偉大な王であり優れた魔術師でもあったという伝説は、古くから多くの人々によって語り継がれてきました。
旧約聖書には、ソロモン王にまつわる記述がいくつも残されています。それによると、ソロモン王は神から知恵と見識を授けられ、旧約聖書の「箴言(しんげん)」に収められている格言や歌を多数制作したといいます。
またシバの女王がソロモン王を訪ねた時には、女王からの難しい質問全てに的確に答えたともいわれています。
さらに1世紀のユダヤ人歴史家ヨセフスはソロモン王について、生涯で3,000冊もの本を書き残し、その中には多数の魔術書も含まれていたと述べました。
この他、1~5世紀頃に書かれた『ソロモン王の遺言』という魔術書には、ソロモン王にまつわる次のようなエピソードが記されています。
ある時、ソロモン王は聖なる神殿を建設しようとしましたが、悪魔たちに邪魔され、なかなか建設作業が進みません。そこでソロモン王が神に祈ると、天使ミカエルが神から与えられた指輪を持ってきました。
真鍮と鉄でできたその指輪にはソロモン王の紋章が刻まれており、指にはめると悪魔を使役することができる不思議なアイテムでした。ソロモン王は指輪の力を使って悪魔界の王ベルゼブブやアスモデウス、36デカンの悪魔といった多数の悪魔を支配下に置くと、彼らに神殿建設を手伝わせ、驚くべき速さで神殿を完成させたということです。
ソロモン王が悪魔を使役したというのはいかにも「伝説」的なエピソードであり、非現実的ともいえますが、いったいどんな背景でこのような伝説が生まれたのでしょうか? そもそも、ソロモン王は実在したのでしょうか?
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実在の王様だった! ソロモン王の治世と神殿建設
結論からいうと、ソロモン王は実在の人物だったと考えられています。
ソロモンはイスラエル王国の国王ダビデの息子で、異母兄弟のアドニアという人物と王位継承権をめぐり争った後、ダビデ王の遺言によって紀元前967年に新国王となりました。
当時のイスラエルは、周辺民族であるペリシテ人との抗争が続いていた上、民族内部でも対立が相次ぐといった状況でした。父王ダビデは軍人出身であり、こうした状況を軍事力で打開しようとしましたが、ソロモン王は父とは反対に、平和外交や経済強化策をすすめることで問題解決にあたります。
ソロモン王が外国との貿易を推進したおかげで、王国は急速に豊かになっていきました。旧約聖書の「列王紀」には、ソロモン王にまつわる金銀財宝についての記述が残されています。
さらにソロモン王は外交政策の一環として、強国エジプト(第21王朝)のファラオの娘をはじめ、多くの諸外国の女性と政略結婚を繰り返しました。こうした政策のおかげでイスラエルは2万もの駿馬をもつ強国となり、周辺民族に対して優位にたつことができるようになったのです。
しかしソロモン王のとった政策は必ずしも支持されていたわけではありません。
神殿などの建設費を捻出するため、ソロモン王は国民に重税と労役を課し、民衆の反発をまねいたといわれています。また妻たちのために「アシュタロテ」や「ミルコム」といった異教の神殿を建設したり、ユダヤ教以外の宗教を黙認したことは、ユダヤ教徒と他の宗教信者との対立をまねく結果となりました。
ソロモン王が悪魔を使役し神殿を完成させたという伝説は、もしかするとこうした国内情勢を元にしたものなのかもしれません。
ソロモン王の治世は40年続きましたが、晩年は国内各地で相次ぐ反乱に悩んだといわれています。ソロモン王の死後、イスラエル王国は分裂し、弱体化してしまったのです。