若者がランプをこすると天をつくばかりの巨人が現れ、「3つの願い」を叶えてくれる――アラビアン・ファンタジーではおなじみの光景ですね。この「ランプの精」の正体は、「ジン」と呼ばれる魔神の一種なのです。
『幻想世界の住人たち』(健部伸明/怪兵隊 著)では、ドラゴンやラミアー、ユニコーンといった不思議な生き物たちについて、棲んでいる場所や生態、歴史などをわかりやすく解説しています。
今回は本書を参考に、アラビアに住む魔神 (ジン)についてご紹介します。
目次
スレイマンには勝てない? 瓶や壺に封じられる魔神
冒頭で紹介したのは『アラジンと魔法のランプ』として知られる物語ですが、実は魔神にまつわる物語として定番のパターンです。ジンたちはしばしば瓶や壺に封印され、人間に拾われて開放されるのです。
魔神たちを封印するのはもっぱらスレイマン、聖書でいうところのソロモン王です。神託と魔術に優れたスレイマンは、魔神たちを自在に操ったといわれています。魔神を使役して壮麗な宮殿を造ったり、深海の真珠を取らせたりしたそうです。そのためスレイマンの名を唱えたりその護符や印を見せたりすると、魔神が退散することがあります。
さて、開放されたお礼に願いを叶えてくれるランプの精は、封印された魔神の中ではたちのいい方。閉じ込められている間に根性がねじ曲がってしまい、開放してくれた者を逆に殺そうとするケースもあります。
バートン版『アラビアンナイト』第3~9夜の漁師と魔神の物語でも、壺からジン を開放した漁師が殺されそうになります。
そこで漁師は機転を利かせて「おまえがこんな小さな壺に入っていたなんて信じられない」といい、再び魔神を壺に戻してしまいました。それから、自分を襲わないことと願いを叶えてくれることを神 にかけて誓わせて、もう一度出してやりました。
ジンは約束を守り、漁師は莫大な富を得ることができたのです。
巨人や蛇、黒猫に変身! 変幻自在の魔神の生態
魔神の起源はよくわかっていません。知恵も力も人間に勝る彼らは、イスラム教以前から人々に信奉されてきました。
イスラム教では、人間が土で造られているのに対し、魔神は火で造られていると考えられています。彼らは蒸気や火炎でできた体を持ち、血管には血のかわりに炎が流れ、重傷を負えば燃え尽きて灰となるのです。
魔神本来の姿には実体がなく目に見えません。実体化するときにはまず煙や雲のような気体として現れ、徐々に人間や蛇、ジャッカルなどの姿をとります。人間の姿になったときは、途方もなく大きな巨人になることがあります。
このほか魔神はいろいろなものに化けることができます。特に好む姿は、1本の白い毛もない黒猫、黒犬、仔山羊、アヒルなどです。
また魔神は自由に空を飛ぶことができため、天界で天使の話を盗み聞きしていることがあります。さまざま な場所に住みますが、特に廃屋、水たまり、川、井戸、四つ辻、市場、砂漠などによく出没するようです。
さらに、魔神には性別があります。ジンという言葉は複数形で、単数は男性ならジニーといい、女性の場合はジンニヤーです。
魔神には良い者も悪い者も、イスラム教徒もそうでないものもいます。善良なジンは美しい姿で、食べ物はほとんど人間と同じです。一方、邪悪なジンは見た者を気絶させるほど恐ろしい姿をしています。骨と屍肉を食らい、シトロン、赤い鳩、鉄、聖なるコーランを嫌います。
魔神にも階級がある! ジンの種類
魔神には5つの階層があり、上から順に並べるとこのようになります。
・マリード
・イフリート
・シャイターン
・ジン
・ジャーン
マリード(女性はマリーダ)の多くは人間に敵意を抱いています。イフリートとともに魔神の王とされ、強い力があります。
イフリート(女性はイフリータ)はもっとも魔神らしいジンです。『アラジンと魔法のランプ』に出てくる「ランプの精」や「指輪の精」もイフリートでした。
イフリートは天・地・海を自由に行き来し、一瞬にして遠方まで物を運ぶことができます。一夜にして豪邸を建てたり、呪文で人の自由を奪ったりなどはお手のものです。またイフリートの祝福や呪いはてきめんに効果を現します。善良な者も邪悪な者もいますが、神の名にかけて誓ったことは守ります。
魔神の中でもシャイターンだけは常に邪悪です。これはユダヤ教・キリスト教のサタンからきた言葉で、シャイターンは人間を試し、罪を犯させようと画策しています。
ジンやジャーンという言葉は魔神たちの総称ですが、階層としては低級な方です。低級なジンたちはいたずら好きで、通行人に石を投げつけたり、誘惑したり、物を盗んだりします。
人間に従いたくない! 魔神の首領・堕天使イブリース
これら魔神たちの頂点に立つのがイブリースと呼ばれる魔神です。キリスト教のルシファーに相当し、もとはイスラム教の天使だったといわれています。人間が造られ、神の命令で全ての天使が人間アダムにひざまずいたとき、イブリースだけが背いたのです。
コーランの第7章11~13節に、その経緯が語られています。
神が天使たちに「ひざまずいてアダムを拝め」と言うと天使たちはそのようにしましたが、イブリースだけが拝みませんでした。なぜアダムを拝まないのかと神が問うと、イブリースはこう答えました。
「私はアダムよりも優れています。私は火から造られましたが、アダムは土から造られているではありませんか」
これを聞いた神はイブリースの高慢さに怒り、天界から追い落としたということです。
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ライターからひとこと
『アラビアンナイト』に登場する魔神たち。映画や漫画の影響もあって、お茶目で少し間の抜けた存在というイメージですが、実はいろいろな種類がいるようです。水辺や四つ辻といった出没場所は、日本の妖怪に通じるところがありますね。魔神の中でもイフリートは強力な力を持ち、たいていの願いは叶えられるとのこと。ぜひイフリートの封印された瓶や壺を手に入れてみたいものです。できれば性格の穏やかなイフリートだと嬉しいですが……