黄昏時、逢魔が時、あるいは大禍時などとも呼ばれる夕方の時間帯。人々が家路を急ぐ中、だんだんと辺りは暗くなってきて、おや? 今すれ違った人を見ましたか? なんだかちょっと妙ではありませんでしたか。もしや人間ではなく、妖怪だったのでは?
今回は『幻想世界の住人たちⅣ』(多田 克己著)を参考に、逢魔が時に現れる妖怪についてお話します。あなたももしかすると出会ったことがあるかもしれませんよ。
目次
逢魔が時に現れる妖怪①道端で会った女の正体は?
夕方の薄暗い時間帯、道で誰かに出会っても、声をかけるのはよくよく考えてからにした方がよいかもしれません。なぜなら、逢魔が時にはこんな話が残されているからです。仙台城下九番町の傘屋の小僧が、お使いに出されて米を買った帰り道、人通りのない町の中を若い女が下駄を履いて歩く姿に出会いました。その姿が姉に似ていたので、小僧は思わず声をかけましたが、なんと振り返った女はしわくしゃな爺のような顔をしているではありませんか。驚いた小僧が手に持っていた米を道に撒き散らすと、爺の顔をした女は「驚かせて悪かったな」と言って銭をくれたということです。
この、後ろ姿は美しい女だが顔はしわくちゃの爺の妖怪を「いやみ」といいます。
この他にも恐ろしい顔で人間を驚かす妖怪はまだいます。
逢魔が時、町はずれの神社の前に、花嫁姿をして角隠をかぶった女性が一人うずくまっていました。どうしたのだろうと思って声をかけると、振り返った女の顔は目も鼻もないのっぺら坊で、口は耳まで裂けており、お歯黒で染めた真っ黒な歯をむき出しにしてニタニタと笑います。
これは「お歯黒べったり」という妖怪で、醜かったために嫁に行けず自殺した女の亡霊だとも、狸が化かしているのだともいわれています。
お歯黒べったりは、目も鼻もない顔に大きな口だけついている妖怪ですが、目も鼻も口もない「のっぺら坊」も夕暮れ時によく出没するという妖怪です。いやみやお歯黒べったりと同様に人間の姿をしており、声をかけてきた人にその顔を見せて驚かせます。
「のっぺら坊」とは呼ばれてはいませんが、『怪談』で有名な小泉八雲の「貉(むじな)」という話の中にも、顔に目も鼻も口もついていない、まるでのっぺら坊のような妖怪が登場します。
逢魔が時に現れる妖怪②怪談・朱の盤
恐ろしい顔の妖怪が人を驚かす話は会津(福島県)にも残されています。ある逢魔が時、若侍が諏訪宮と呼ばれる神社の前で同じ年頃の若侍に出会い、かねてから聞いていた「朱の盤(しゅのばん)」という妖怪のことを尋ねてみました。すると相手は「その化け物とはこのような者かね?」と言うなり、みるみるうちに顔色が朱色に変わり、眼は皿のように広がって、額からは針のような毛が生え、口は耳まで裂け、雷のような歯がみの音をさせてきました。
若侍は驚きのあまり気を失い、半時ばかりして気がつくと、水が欲しくなったので近くの家に入り、その家の女房に水を頼みました。あわせて「実は、朱の盤という妖怪に会いまして……」と先程あったことを話すと、女房は「それは恐ろしい目に遭いましたね。その朱の盤というのは、こういうものでしょうか」と言ってきます。見ると、女房の顔は先程の朱色の化物の顔に変化しており、驚いた侍は再び気を失ってしまいました。
この侍はその後程なくして亡くなってしまったということです。
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逢魔が時に現れる妖怪③家の中や庭にも妖怪が?!
逢魔が時は人でないものに出くわす可能性があるとお話しましたが、家についてからも安心してはいけません。勝手に人の家に上がり込む妖怪もいるのです。それは「ぬらりひょん」という妖怪です。『ゲゲゲの鬼太郎』でおなじみという方も多いのではないでしょうか。
ぬらりひょんは夕方になるとどこからともなくやって来て、商人のような恰好をして勝手に他人の家に入り込み、座敷でお茶を飲んだり、家の主人の煙草を勝手にふかしたりします。家の者が目撃しても「主人がくつろいでいるのだろう」と思い込んでしまうため、追い出すことはできません。
江戸時代、妖怪は城の庭にも出没したことがありました。慶長14年(1609年)4月4日の朝、徳川家康のいた駿府城内の庭に、小児のような怪人が現れます。この怪人は、手はあるのに指はなく、その手で上方を指して立っていたということです。家康の命を受け、人々はこの怪人を城から山の方へと追い出しました。
この話を聞いたある人は、この怪人が「肉人」と呼ばれる妖怪であると指摘したといいます。肉人は中国の漢方薬の百科事典でもある『本草綱目』にも登場する「封(ほう)」と同じもので、食べれば薬にもなる存在だということです。
「逢魔が時」という名のとおり、夕方の薄暗い時間帯は町中でも家の中でも、人ではない何か別の存在と出会ってしまうことがあるのです。皆様もどうぞお気を付けください。