スマトラ、ジャワ、バリといったインドネシアの一部の島々には、独特の世界観を持つ伝承が残されています。この伝承の中に、獅子舞の獅子に似た姿で登場するのが聖獣「バロン」です。現地では「森の王」を意味するバナスパティ・ラージャとも呼ばれています。島々に伝わる聖獣とは、いったいどのような存在なのでしょうか。今回は、聖獣バロンの伝承についてお話します。
目次
人を襲う猛獣から聖獣バロンへ 逆転劇のヒミツとは
バロンの外見を例えるなら、獅子舞の獅子が一番近いでしょう。四足獣で赤い顔に大きな目と口、頭から背中にかけてのたてがみが共通しています。この他に、全身が白く長い体毛で覆われていること、上の歯ぐきから二本の牙が生えていること、あごの下に黄金の毛があることもバロンの特徴です。あごの下の毛は、聖水を作るために必要だとされています。伝承に出てくるバロンは聖獣として扱われていますが、本来のバロンは人を襲う猛獣でした。しかし、バロンを恐れた人々が供物をささげたことによって、いつしか人間側の守護神となったのです。
聖獣バロンと魔女ランダの終わらない戦い
バロンにまつわる伝承がもっとも色濃く残っているのはバリ島です。バリ島では、今でも祭りの日にはバロン・ダンスという独特の舞踏劇が演じられています。豪奢なバロンの仮面をかぶった演者が、バロン・ダンスのストーリーに合わせて踊るのです。
このストーリーでは、聖獣バロンと魔女ランダの戦いが描かれています。魔女ランダには、乙女カリカという手下がいました。カリカは魔力を使い人々を魅了し、サドゥワ王子を捕らえさせます。王子をランダのいけにえにしようとしたのです。
ところが、シヴァの敬虔な信者でもあった王子は、ランダに対抗する力を授けられます。
こうして、王子を食い殺そうとするランダの悪行は阻まれました。シヴァ神に勝てないと悟ったランダは、これまでの自分の行為を悔い改めます。そしてシヴァの力を得ていた王子に頼んで、この世を去り、天へと昇っていきました。
さて、ランダの手下であるカリカはこの光景を見ていました。カリカは王子にランダと同じく昇天を望みます。しかし、カリカの言葉に偽りを感じた王子はこの願い出を認めませんでした。この対応に怒ったカリカは、猪に姿を変えて王子に襲い掛かります。
シヴァの加護を受けていた王子ですが、効果はランダに限定されていたため、カリカには効果がありません。
ここでようやくバロンの名前が登場します。王子のピンチに駆けつけたのが、バロンの使い魔たちでした。追い詰められたカリカは、最後にランダへと姿を変えます。するとシヴァ神は王子の姿をバロンへと変え、どちらも決め手を欠くランダとバロンの戦いは、果てることなく続いたということです。
この戦いに明確な終止符は打たれていません。最後は、僧侶の呪文でランダを追い払う形で戦いは終結します。バロンもランダも生き残り、劇の冒頭へと続いていくのです。
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