冷え切った体を温める石油ストーブ、七輪での炭火焼き、ワイワイと皆で囲むバーベキュー。
炎の持つ力強さとぬくもりは、不思議なほど人を惹きつけます。古来より変わらない特別な力、かもしれませんね。
そんな「火」は、どのようにして人間にもたらされたのでしょう。
『図解 火の神と精霊』(山北篤 著)では、フェニックスに代表されるような「火」にまつわる精霊と神、「火」の起源や神話まで様々な「火」をご紹介しています。
古来「火」は熱源としてばかりでなく、光源としても利用されました。現代ではその役割は電気に取って代わられましたが――。
満点の星を戴いて、ランタンを吊るし、パチパチと爆ぜる焚き火を眺めるのも乙なものです。耳をすませてください。
これからお話しするのは、アメリカ大陸とそこに住まう人々の遠い昔の物語。人間に火をもたらした「彼ら」の足音や鳴き声が、聞こえてくるかもしれません。
目次
南米の火の起源:なぜそこに? ハゲタカに灯る火
火があれば、煮炊きはもとより暖を取ることもできますし、夜の暗闇に怯えることもありません。あまりに素晴らしい「火」の力を目の当たりにした南米の人々は、これを人間が作り出せるはずがないと考えたようです。そのため南米の人々にとって、火は動物がこっそりと隠し持っているものとされていました。ある神話ではハゲタカが火の主であったと記されています。巨大な鳥の特徴的なハゲ頭の赤さから「火」を連想したのです。
昔、ハゲタカは肉を火で焼いて食べており、人間は生で食べるしかありませんでした。しかし、人間はある時、ハゲタカから「火」を盗むことを思い立ちます。ハゲタカの好む腐肉に化けて、じっとハゲタカを待つことにしたのです。ハゲタカが肉を持ち帰り焚き火の中に放り込むと、たちまち人間の姿に戻って焚き火を飛び散らせ、火のついたひとつを奪い、逃げ帰ることに成功したのでした。
こうして人間は火を得ましたが、これをきっかけに火を失ってしまったハゲタカは腐肉を生で食べることになってしまったのだそうです。
類似したパラグアイの神話では、「火」は雷鳥(サンダーバード)が持っているとされました。(この雷鳥とは、日本人が想起する山岳地帯に住まうキジ科の鳥ではなく、アメリカ大陸に残る伝説の神鳥のことです。)
火を持たない人間は、当然肉も生で食べるしかありません。当時の貴重なタンパク源であったヘビを、ある男は生のまま食べていました。しかしある日、雷鳥が火の棒にくっつけたヘビを焼いている姿を目撃します。雷鳥がいない間にそれを食べた男は、美味しさに感激して火の棒をこっそりと盗み、部族の元に持ち帰りました。それ以来人間は、物を焼いて食べられるようになったのです。
今でも雷雨の時には、人々は雷鳥が怒っている、というのだそうです。
南米の火を持つ鳥の神話は、ハゲタカや雷鳥など様々なバージョンで残されています。
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北米の火の起源:火の告げる「サヨナラ」
さて、次は北米に目を移してみましょう。ネイティブアメリカンの部族がいくつもあることは知られていますが、神話も部族ごとに異なる物語が伝えられています。
アラバマ州の神話では、火はもともとクマのものでした。 しかしある日、転機が訪れます。クマが火をこっそりと隠し、樫の実を食べに行ってしまったのです。隠されていた火は消えかかってしまい、「燃料をくれ」と叫びます。それを聞きつけた人間が、木の枝を取り火にくべてやり、さらに消えることのないよう東西南北から木を拾ってきて、火を再び大きく燃え上がらせてやりました。
クマが火を求めて戻ってくると、火はクマに「もう、あんたがたとは縁切りだ」と返事をしたと言います。こうして火は人間のものとなりました。
ニューメキシコ州には、スッシイスティナコという地下に棲む蜘蛛が、火を隠し持ったまま人間に与えてくれなかったので、山犬が地下から火を盗んできたのだという神話もあります。
こうした、山犬が火をもたらしたという話はいくつか残されていて、カリフォルニア州でも山犬が火の提供者となっています。世界は山犬が作り始め、ワシが完成させました。そして仕事の最後に、山犬が「火」を耳の穴に入れて持ってきたといい、それが始まりとされています。
アメリカ南東部のクリーク族に火をもたらしたのはうさぎです。そのほかにも、アラスカ州ではワタリガラス、ブリティッシュコロンビア州ではビーバー。
変わりダネではバンクーバー島にコウイカという伝承も残されています。
北米の「火」の起源が実に様々であることがわかりますね。
中米の火の起源:涙のネズミ、盗みの代償は百叩き
最後は中米メキシコです。メキシコの神話でも火は動物が持っていました。メキシコのコーラ族に伝わる話では、火は最初イグアナが持っていたといいます。しかし、イグアナは妻と喧嘩をして、火を持って天に戻ってしまいます。このため地上から火が絶えてしまいました。
困った生き物たちははじめ、大ガラスに火をとってくれるよう頼みましたがダメでした。続くハチドリもあえなく失敗。すると最後にフクロネズミが立ち上がります。
天に続く絶壁を登り、たどり着いた先にはイグアナの化身である老人がいました。
フクロネズミは自分が老人の孫であるといい、彼の居眠りの間に「火」をとって逃げ出します。当然老人は追いかけてきますが、火を地上に投げおろすことに成功しました。 こうして、地上に再び火が存在するようになったのです。
しかし、フクロネズミは地上に帰ることはできましたが、イグアナに青黒くなるほどひっぱたかれてしまったのだそうです。
動物たちの間でも火の取り合いが起きていたという興味深い神話です。
アメリカ大陸の「火の起源」に動物たちが深く関わっているというのを、よくご理解いただけたのではないでしょうか。
その一方、グアテマラでは、神様から火を与えられたという話も伝わっています。
クイシュ族の神話では、火を持っているのはトヒルという神様で、人間に火を与えてくれる神でもありました。雨や雹に見舞われ火を絶やしてしまった時や、人間が嵐のたびに火を消してしまっても、トヒルはサンダルで地面を踏みつけて火を作ってくれたのだそうです。慈悲深く、忍耐強い神様として描かれています。
本書で紹介している明日使える知識
- 伝説のサラマンダー
- フェニックス
- 四大元素
- 火の起源
- 『マッチ売りの少女』
- etc...
ライターからひとこと
「火」を手に入れるには勇気や、時には大きな代償を払うことも必要でした。人間が、様々な恩恵を与えてくれる「火」に深い畏敬の念を持っていたことも推し測れるのではないでしょうか。慈悲深い神トヒル。人間が困るごとに火を与えてくれたのは、そのくらい簡単に火が欲しいという人の願望。あるいは失った火を求めるたびに見つかる「新しい火」を素晴らしい恵みと考えていた、人々の感謝でもあったのかもしれませんね。