海には様々な危険が存在します。特に船での旅には、危険がつきもの。嵐で沈没することもあれば、食糧不足に陥り餓死することもあります。また船から放り出されて、遭難することもあるでしょう。
『幻想世界の住人たちⅣ』(多田克己 著)には、人魚や海の妖火といった、古くから伝承に残る様々な幻想世界の生き物が紹介されています。今回はその中から、海の怨霊となり、船を沈没させようとする「船幽霊」についてお話します。
目次
どうして船幽霊は船を沈めようとするの?
船幽霊は、ただ闇雲に船を襲っているわけではありません。自分たちの仲間を増やすため、船を襲っているのです。もしこの船幽霊が弱い怨霊であれば、それほど恐怖の対象にはならなかったかもしれません。しかし船幽霊は、船を襲うのに十分な能力も備えているのです。まずは船幽霊の能力についてお話しましょう。
皆さんは、船幽霊と聞いてどんな外見を想像するでしょうか。幽霊という言葉の響きから、船体や帆が痛んだ古びた船が思い浮かぶかもしれません。
ですが船幽霊は、一見すると普通の船と変わらないのです。とはいえ船幽霊と普通の船との外見上の違いが、全くないわけでもありません。船幽霊は光を放っており、鹿児島県では亡霊火、島根県ではモンシと呼ばれています。この光のおかげで、光源の少ない海上でも船の細部まで目視できるほどだといいます。
船幽霊は光を放つという能力だけでなく、どんな船にも追いつくことのできる速さを併せもっています。
また雨の日や新月、満月に出やすいといった傾向や、船幽霊が現れる前には船の片側が重く感じられる、妖しげな空気に包まれるなどの前兆があります。これらを知っていれば、前もって船幽霊の出現を見破ることができるかもしれません。しかし驚くほど速い船幽霊にかかっては、たとえ正体を見破ったとしても逃げ切れないのです。
それでも助かる方法がないわけではありません。船幽霊に追いつかれ、亡者たちに「杓をくれ」と言われた時に、底の抜けた柄杓を渡しましょう。
亡者たちはしばらくその柄杓で水を汲み船体に水を入れようとしますが、底の抜けた柄杓では水をためることができないため、やがて諦めて退散してしまうといいます。
地方によって異なる! 船幽霊の逸話
船幽霊の中には、柄杓以外の道具を使うものもいます。奄美大島の船幽霊は、柄杓ではなく桶を使います。そして奄美大島の方言で桶を「たんご」というため、 奄美大島の船幽霊はタンゴクレレと呼ばれています。
ところ変わって愛媛県では、柄杓でも長い柄の柄杓を使います。そのため、エナガクレというのだそうです。
なにも船幽霊は道具を使って船を沈めるだけではありません。長崎県五島列島の船幽霊は、競争をもちかけて負けた船を転覆させるそうです。この船幽霊は灘幽霊と呼ばれており、転覆した船は島となり、航路を妨害することもあるといわれています。
一年に一度会いに来る ロマンチストな船幽霊
仲間を増やすために船を襲う船幽霊ですが、中には人に無害な「亡者船」と呼ばれる霊もいます。亡者船は生きている知人の声を聞くために、一年に一度登場する寂しがりやの霊。亡者船が登場するのは、お盆の月が出ている晩に多いようです。沖の方から櫂を漕ぐ音が聞こえてきたら、「おーい!」と声をかけてみてください。同じように「おーい!」と返事をしてくれたら、それは亡者船ということです。もし怖くなったら、近づいてきたところで「引き綱をよこせ!」と叫べば消え去ります。
しかし、全ての亡者船が無害とは限りません。福岡県の迷い船は、ついていくと必ず難破してしまうといわれています。
とはいえ船幽霊の対処法を知っておくことで、いざという時に役立つかもしれませんよ。
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ライターからひとこと
船幽霊には、亡者船以外にも底幽霊やミサキといったものも存在します。底幽霊は長崎県五島列島の船幽霊で、船の底に取り付き船を動けなくしたり、揺すって転覆させたりします。ミサキは青森県津軽地方の船幽霊で、憑かれると冷たい水をかけられたように寒くなってしまうのだそうです。同じ船幽霊でも、地方によって襲いかたが異なるのが面白いですよね。