火の気のないところに突如現れる焼死体。人体発火現象と呼ばれているのは、ご承知の通りです。骨も残らぬほど焼き尽くされるのに、不思議と足首だけ残っているという事例も報告されているようです。
自然科学の知見からは説明できないとされるこの超常現象には、どんな原因が考えられるのでしょうか。
『図解 火の神と精霊』(山北篤 著)では、「火」の精霊や神、その起源や神話、そして「火」にまつわる不可思議な現象まで様々な「火」をご紹介しています。
記録に残されている人体発火現象の謎を、ひもといていきましょう。
目次
人体発火の予兆? 女の髪から火花散る
人体発火らしき現象が、江戸時代の怪異譚として残されています。寛文10年に出た、中山三柳(なかやまさんりゅう)の著作『醍醐随筆(だいごずいひつ)』によれば、ある人の下女が夜に髪をくしけずった時にそれは起こったといいます。
灯りもなく暗い部屋であるのに、髪の中から火炎がはらはらと落ちてきました。驚いてそれを取ろうとすると消えて無くなり、また髪をすくと蛍が飛び交うように火が出るといいます。人々は女を気味悪がって、家から追い出してしまったのだそうです。同様の話は中国にも残されています。
また、文政4年に漢方医の話を筆記した『蕉窓雑話(しょうそうざつわ)』にも似た話が残っています。橋爪順次という漢方医が、病気療養中に髪の中から火の出た婦人を治療したという話です。
その女性の髪からは、くしけずるごとにハツハツと火の出る音がして、夜になると音だけではなく、火がたくさん出たと記されています。
これらの事例では人体が燃え尽きるには至りませんでしたが、女性の髪から出る火は、怪異や病気として考えられていました。
しかし、これを現代の目線から考えてみると、おそらくは静電気による現象であろうと推察できます。静電気の放電は湿度が10~20%であれば、3万ボルトもの電圧を発生させるのです。
江戸時代の女性の髪は長く、それを乾燥した場所で梳き上げるとなると、静電気が発生しやすい状況も当然といえます。
暗闇の中では、私たちも静電気の光を見ることができますね。
江戸時代には、灯りを消せば周囲は真っ暗であったろうことは想像にかたくありません。暗闇に散る火花を捉えるのも、現代より容易だったことでしょう。
火の気のないところに火花が散る、というのは自然科学の見地からも十分にあり得ることなのです。
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衝撃! 残された足首、人体発火現象の謎
人体が燃え尽きてしまったとして有名な、二つの事件をご紹介しましょう。ひとつめは、1951年7月2日のリーザー事件です。アメリカ、フロリダ州に住む、メアリー・リーザーという67歳の女性が室内で焼け死んでいるのが発見されました。ところが不思議なことに、人がひとり焼き尽くされたのにも関わらず、室内に延焼した形跡はありませんでした。その上、出火原因も不明とされたのです。まさに謎の焼死です。
このリーザー事件に匹敵する怪死事件はペンシルベニア州で起きたもので、ベントレー事件と呼ばれています。
元医師ベントレーが、自宅のバスルームに靴を履いた片足だけを残し、焼け死んだとみられる衝撃的な写真も残されています。
周囲が燃えていないにも関わらず人が骨までも燃え、人体の一部を残し炭化あるいは消失してしまっている現象。これらを総称して人体発火現象と呼び、一種のオカルト事件として広く知られています。
これには、現在に至るまで様々な仮説が立てられ、その原因究明が行われてきました。
なんの理由もなく人間だけが燃え尽きてしまう。果たして、そんなことが起こりうるのでしょうか?
謎は科学が解き明かす。人体発火現象はなぜ起きた?
この不可解な人体発火現象の謎を解くポイントは、次の3つです。<人体発火現象の謎(例:リーザー事件)>
①突然人間が燃え上がった。出火原因は不明。
②理由もなく人間が跡形もなく骨まで焼き尽くされた。
③人間が焼き尽くされているのにも関わらず、延焼した形跡がない。
一見すると衝撃的なオカルト事件ですが、実のところ、そのほとんどはオカルトによらなくても説明が可能なものです。
例えば①、このメアリー・リーザーの人体発火については、睡眠薬を飲んだリーザーの寝タバコの火が原因であることがわかっており、それが人体に燃え移った際、蝋燭化現象が起きたと考えられています。
蝋燭化現象とは、衣服が蝋燭の芯の役割を果たし、人間の体に含まれる脂肪をロウの代わりにして長時間燃え続ける現象のことをいいます。ある検証では、リーザーは10時間以上燃え続けた末、骨まで焼き尽くされたと結論づけられています。②にも理由があったことがわかりますね。
また、③の最後の謎も、延焼がなかったというのは嘘であったと暴かれ、遺体の近くにあった家具も燃えていることがわかっています。
このようにして、リーザー事件の三つの謎は解き明かされました。
前項のベントレー事件についても、ベントレーは日頃から大変なパイプ愛好家で、しばしば衣服に焼け焦げを作っていたことが知られていました。この発火事件では、彼のパイプの灰がローブに落ちて火がついたものと考えられています。
服に火のついたベントレーはバスルームに駆け込み、残念ながらそこで焼け死んでしまいました。水のあるバスルームならば他に延焼していなくても不思議はないというわけです。
以上のように、現在知られている人体発火現象は、ほとんどがタバコの不始末によって、服やシーツなどに火がついたのが原因とわかっています。
果たして、本物のオカルト現象は存在しているのでしょうか。
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