☆クリスマス企画☆
「聖夜に読みたいショートストーリー」にご応募いただいた物語です。
◇◇
クリスマスに贈られた一匹の犬。
犬の視点から描かれる、切なくて優しい物語。
吾輩はクリスマスに贈られた犬である
作者:Momo
吾輩はクリスマスに贈られた犬である。
どこで親兄弟と生き別れたかとんと見当がつかぬ。何でも透明な壁のある箱の中でクンクン泣いていたところ、暗い箱の中に移された事だけは記憶している。吾輩はクリスマスの朝、初めて君という人間を見た。
君は吾輩を見て瞳を輝かせていたから、別段恐ろしいとも思わなかった。ただ小さな両手に撫で回された時、何だか心地よい感じがしたばかりである。
『さんたくろうす』が人間に贈り物をする日をクリスマスと呼ぶ事は、幾年か過ぎてから知った。
吾輩の体は瞬く間に君の大きさを超え、吾輩と君はいつしか無二の友となった。人間の成長というものは、犬とちがって実に遅い。まだおぼつかぬ足取りで走り出す君を、吾輩はいつも追いかけ助けたものである。
やがて君は吾輩よりも大きくなった。吾輩の身の回りの世話を家人から引き継いだ君は、その時から吾輩の主人である。君は吾輩のリードを引き、いかなる悪天候の中であろうと河原へ赴く事を止めなかった。
草の香りが鼻をくすぐる河原で君は、何度も何度もボールを投げた。吾輩はそれを気に入っていたのである。何度も何度もボールを追い、必ず君の元へと持ち帰った。
見上げるほどに成長した君は、いつも変わらぬ服を着て出かけ、とっぷりと夜が更けてから帰宅するようになった。いつしか吾輩の食事も、二人だけの外出も、家人の役目にかわったのである。
吾輩はにわかに君が恋しくなり、目の前を行き過ぎる君へボールを差し出したものだ。君はそれに一瞥もくれず、お愛想程度に吾輩の名を呼ぶのみであった。
しかし吾輩は犬である。主人である君が健康かつ幸福であるならば、吾輩の寂しさなど問題にならぬ。
幾度目の冬であろうか。
吾輩は己の足が思うように動かぬ事を知った。何のこれしきと立ち上がりかけるのだが、何だか体のあちこちが痛むのだ。運び込まれた白い壁の家で、白い服の男の言葉を君が茫然とした様子で聞いていた事を記憶している。
君は長い時間を吾輩と過ごすようになった。
吾輩はそれが喜ばしく、何度も立ち上がらんと試みたものだ。吾輩が諦めとともに体を横たえるたび、君はごめんねと泣いた。
吾輩は君の涙が好きではない。君の悲しみを拭わんと、吾輩はいつも千切れるほどに尻尾を振り続けた。
しかし君は泣く。そして必ず、今までごめんねと呟くのだ。
今年もクリスマスの時期である。
寝そべった吾輩の横でモミの木が光り、初めて君という人間を見た朝を思い出す。吾輩のまぶたは何だか重く、いつしか夢を見ていた。
夢の中の吾輩の前には、赤い服の人間が立っている。誰ぞと尋ねると、彼は己が『さんたくろうす』である事を口にした。
さんたくろうすは吾輩に贈り物をすると言う。本来人間の子にしか贈らぬものだが、今年の吾輩は何だか特別であるようだ。
玩具か菓子かと急かすさんたくろうすに、吾輩は唯一望むものを伝えた。たったひと時、今一度で構わぬから、吾輩の足を動かしてくれまいか。さんたくろうすは目を丸く見開いてそれで良いのかと問うた。
吾輩はただ頷いたのみである。
吾輩はクリスマスに贈られた犬である。
どこで親兄弟と生き別れたかとんと見当がつかぬ。ただ君と吾輩が無二の友となり、主人と僕となった事だけが吾輩の全てである。
しんしんと雪が降るクリスマスの朝、君が扉を開けた。
吾輩は力強く立ち上がり、モミの木の向こうに転げたボールを咥えあげる。
もう一度遊ぼうよと声をかけ、いつかの君が投げたボールであった。
君が驚きの表情で吾輩を見つめる。
吾輩は床を踏みしめ進み、君の手にボールを渡した。
君ははち切れんばかりの笑顔を向け、いい子だぞと吾輩を褒めちぎった。
吾輩は犬である。さんたくろうすではない。
吾輩は君に贈り物をする事ができぬ。ただ一つ君の望みを叶えられるなら、もう一度遊ぼうよと君が始めた遊びに応じる事だけである。
あの日のように瞳を輝かせ、撫で回す君の腕の中で、吾輩の足の力が抜けた。
何だか眠くて仕方がない。冬の朝は寒く、じんわりと体が冷えてきたようである。
ごめんねと泣く君を見る事は、吾輩にとって悲しい事であった。
しかし今、吾輩は君を笑わせた。君の望みを叶えることができた。
君の温かい膝の上に、吾輩は体を横たえる。
あの日のように何だか心地よい感じをおぼえて、吾輩はまぶたを閉じることにした。
吾輩はクリスマスに贈られた犬である。
目が覚めたら、君とあの河原へ出かけよう。
(Fin)
ぱん太からひとこと
全パンダが涙した。忙しくても、ペットの世話はしてあげようね。軽妙な語り口なのにとっても切ない物語。動物が好きなみんなに読んでもらいたい短編だよ。
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