☆クリスマス企画☆
「聖夜に読みたいショートストーリー」にご応募いただいた物語です。
◇◇
付き合っていると思っていた彼女に、クリスマスイヴの誘いを断られてしまった主人公。
もしかして二股? 彼女のクリスマスイヴの予定とは――
クリスマスイブの過ごし方
作者:霧原真
「ごめんなさい。その日は都合が悪くて」
十二月二十四日の日曜日、この間話していた映画に行かないか。
そう誘いかけた俺に対して、衣川奈緒美はいかにもすまなそうな様子でそう答えた。
「その……はずせない用事があって」
もじもじとした調子で、衣川さんは続ける。
「前から決まっていたことで、その……ごめんなさいっ」
ああ。
これってやっぱり、振られたのか。振られたんだよな。
十二月二十四日。すなわちクリスマスイブ。
今年のイブはちょうど日曜日、絶好のデート日和だ。
きっと当日の街中は込み合っているだろうけど、今ならイブまでまだ一週間以上ある。映画の前売り券を確保しておくなら今のうちだ。そう思って、俺は彼女を誘ったわけだけど。
「あ、うん。先約があるんだ? じゃあ仕方ない」
いや、もっと粘れよ俺。
そんな思いがふと頭をよぎる。だが、俺はあっさりと引き下がっていた。
「えと、その次の……二十六日とか二十七日なら空いてるけど。もう大学も休みだし」
「ああうん。そこは俺、バイトあるし、年末には帰省するから」
「そっか」
しゅんとした様子で衣川さんは下を向く。
二股かけられてるのかな。
クリスマスは本命の相手と。でもそれ以外の日なら、ほかの男友達と遊ぶのも悪くない。
清楚そうに見えるけど、けっこうすれているんだろうか。なんせ都会の女の子だ。生まれてこのかた十九年、地方都市の片隅で彼女いない歴を更新し続けてきた俺に、そのあたりの機微なんてわかるはずもない。
「ごめんね、秋山君」
ああだから、なんでそんなすまなそうな顔をするんだ。本当は気なんてないくせに。
内心ちょっといらつきながらも、そんなそぶりは見せないように心がけて、俺は答えた。
「いや、いいさ。また年明けにでも。都合が合えば」
都合は……きっともう合わないだろうけど。
「……うん」
しぶしぶといった調子で衣川さんはうなずいた。
俺と衣川さんが親しくなったのはつい最近のことだ。
語学のクラスが一緒だから、向こうも顔と名前くらいは知っていたと思う。ただ、俺のほうでは、春に同じクラスになった時から彼女のことがずっと気になっていた。
けれども、親しくなれるようなチャンスもないまま、半年が過ぎた。
秋の学園祭に、たまたまふたりだけで話す機会があった。以来、俺と彼女との距離は急速に縮まっていった。
昼休みに待ち合わせて一緒に食事したり、休日に美術展に出かけたり。この一ヶ月ほどの間に、そんなことが何度かあった。
だけどそれを「付き合っている」と受け取ったのは、どうやら俺の早とちりだったようだ。
ああ、我ながらおめでたいな。
俺はまだ、ちゃんとした「交際の申し込み」みたいなものはしていない。だから文句なんて言えないのかもしれない。
それでも、なんだか裏切られたような気持になってしまったのも事実だ。
例のやりとりがあった三日後のことだ。
二限目の講義が終わって教室から出ようとしている俺に、いきなり森沢美咲が話しかけてきた。
森沢さんは衣川さんと仲がいい。高校が同じだったらしいから、その頃からの友達なんだろう。
「秋山くん、ちょっと」
「うん?」
「ねえ、奈緒美とけんかした?」
「別に?」
「ならいいけど。なんか奈緒美に対して冷たいなって」
「冷たいかな? 普通だと思うけど」
「いやだって、あなた彼氏でしょ、奈緒美の」
「いや、衣川さんは、そうは思ってないんじゃないかな」
「え?」
「二十四日に映画に行こうって誘った。けど断られた。前からの予定があるんだって」
「二十四日……?」
森沢さんは首をかしげて考え込む。そして「ああ」とひとり合点した。
「秋山君さ、奈緒美の家のこと、何か聞いてる?」
「いや。でもそういうの、なんか関係ある?」
「ああうん。奈緒美の場合はけっこう、ね」
「どういうこと?」
「んー、言えば簡単なことなんだけど。でも、本人から直接聞いたほうがいいかな」
いや、そんなにもったいつけないで、ずばっと言ってくれたらいいのに。
「奈緒美もバカだなあ……なんでちゃんと言ってないんだろ」
ひとりごとのようにつぶやいてから、森沢さんははっきりとした口調で言った。
「とにかく、ちゃんと理由を聞いてみてね? 奈緒美、自分から積極的にってのがどうも苦手だから」
言うだけ言うと、森沢さんはくるりと向きを変え、足早に立ち去っていった。
たしかに。きちんと理由を聞いたほうがいいだろう。
デートに誘って断られた。だから俺には気がないのだろうと思った。
だって、普通、クリスマスと言えば彼氏彼女で過ごすものだろう?
でも、振られたというのは単なる俺の思い込みで、何か事情があるのかもしれない。
俺はスマホを取り出して、SNSアプリからメッセージを送る。
〈今日、大学来てる? 昼休みに会えないかな?〉
しばらく待つうちに、彼女からの返信が届く。
〈昼休み、わかりました。どこで待ち合わせます?〉
ちょっと素気ない文面。いつも彼女はこんな感じだ。丁寧な言葉を崩さず、絵文字もあまり使わない。
さて、どこで待ち合わせよう。
学食は込み合ってそうだ。それに彼女は時々自作のお弁当を持参していることがある。昼食を終えてからわかりやすい場所で落ち合うほうがいいだろう。
本当は一緒にどこかに食事に行きたいけど、まあ仕方ない。
〈じゃあ、学部校舎の図書室で。ドイツ文学の棚の前で待ってるから〉
これでいいかな。この季節だ。外で待ち合わせるのはちょっときつい。
ドイツ文学なら開架になっているものは書棚一列くらいのはずだ。行き違うこともないだろう。
〈わかりました〉
すぐに返事が届いた。返信を待ち構えていてくれたのかもしれない。
だったらいいのに。そう思いつつ、俺はスマホをしまい込んだ。
昼休み、俺は約束の場所へと向かう。
ああ、いた。
書棚の前に立ち、彼女は生真面目な表情で、目の前に並ぶ本の背表紙を眺めていた。
「待った?」
背後からそっと声をかけると、彼女はすぐに振り返り、「ううん」とちいさく首を振った。
閲覧用に置かれた机のところまで移動して、俺は彼女に椅子をすすめた。
図書室はずいぶんと空いているようだ。
それでも図書室で大きな声を出すことは憚られた。俺は静かな声を保つよう心掛けながら、彼女に問いかける。
「この間の話……二十四日のことなんだけど、理由、聞いていいかな?」
「……理由って?」
「衣川さん、用事があるって言ってたけど、どんな用事なのかなって。あ、いや、さしさわりのあることなら無理にとは言わないけど」
「あ……えっと」
衣川さんは言葉を切って、ちょっと小首を傾げた。もともと下がり気味の眉尻がさらに下がって、いかにも困っているような表情になる。
しばらく考え込んでから、彼女はおもむろに話し始めた。
「二十四日は、私、夕方から礼拝に出なくちゃいけなくて。あ、私の家、教会なの。キリスト教の」
「え?」
「でね、二十四日の夕方にはクリスマスイブの礼拝があって。私、そのとき奏楽をすることになってて」
「そうがく?」
聞きなれない単語だ。思わず問い返した俺に、衣川さんは訥々と答える。
「えっと……オルガン、弾くの。礼拝で。讃美歌の伴奏とか、ほかにもBGMみたいなのとか」
「オルガン、弾けるんだ」
「うん……それなりに」
「てか、衣川さんちってキリスト教の教会だったんだ」
「うん」
「それ、先に言ってくれてたらよかったのに」
「う、うん……そうだね。ごめんなさい」
「謝るようなことじゃないだろ?」
「ううん……言葉、足りてなかったなって」
衣川さんはきゅっと眉を寄せて考え込む。
「子どもの頃、家が教会だって言ったら、ちょこっと――ああ、うん、いじめってほどじゃないけど――からかわれたりとか、そんなことがあったの。でね、なんとなく、言いづらかった」
「ああ……そうなんだ」
何て言葉をかけていいのかわからない。俺はただ、間の抜けたような相槌を返すことしかできなかった。
「私、やっぱり、ずれてるんだろうなあ。クリスマスね、みんなにとってどういうものかわかってるつもりだった。だけど、教会の用事とか、そういうのを先に考えちゃってて。もう大学生なんだし、礼拝の奏楽なんて断って、秋山君と出かけるほうが普通なのに」
「いや、無理しないで。だって年に一度の大事な用事だろ? むしろ、そっちの……キリスト教のお祝いのほうが本来のクリスマスなんだしさ」
「そう……かなあ……」
たしかに衣川さんの感覚は、平均的な日本人と比べれば、ちょっとずれているかもしれない。
クリスマスと言われて俺がまず思い浮かべるのは、子どもの頃ならツリーやケーキやサンタクロースのプレゼントだったし、大学生の今だったら、特定の相手と――そのなんだ――楽しく過ごす日、ってことになるだろう。
クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う祭。知識としてなら俺だってそれくらい知っている。けれど、それはあくまで知識であって、実感のあるものではない。
だが衣川さんにとっては、大切な――生活の一部なのだろう。
「衣川さん、そのさ……礼拝――あ、ミサ、かな? それって、キリスト教徒じゃない人間が行っても大丈夫なのかな?」
「うん。あ、ただ、普通の聖日礼拝だと、教会員じゃないひとが来ると目立っちゃうかも。でもね、イブの礼拝ならぜんぜん大丈夫。いろんなひとがいっぱい来るから。クリスチャンじゃないひとも多いはず」
「そうなんだ」
「お祭りとかクラシックのコンサートみたいな感じ? 入口でろうそくをもらって、そのろうそくをともして礼拝するの。いつもの礼拝よりも歌とか音楽とかも多めで」
「そんなのの演奏、任されてるんだ。ってことは、衣川さん、実はオルガン、相当うまい?」
「えと……」
衣川さんは顔を赤らめてうつむくと、小さな声でつぶやいた。
「……だと、いいな」
あ、否定しなかった。
衣川さんは、わりと遠慮がちな子だ。そんな彼女が否定しなかったのだ。けっこう自信があるのだろう。
「あのさ、俺、クリスマスの礼拝、行ってみてもいいかな?」
「え?」
衣川さんは顔をあげると、目を見開いて俺を見つめ返した。
「あ……やっぱ、まずいかな」
「ううん。そんなことない。来てくれるとうれしい。ちょっとその……恥ずかしい、けど」
それから昼休みが終わるまで、衣川さんは、教会とかクリスマスイブの礼拝とかについて説明してくれた。
ほんのりと頬を赤らめて、つっかえつっかえしながら、衣川さんは懸命に話す。
そんな彼女を見ていると、ほんのり暖かい気持ちになると同時に、なんていうか……この子のそばにいて、この子をもっとよく知りたい、そんな気持ちがふつふつと湧き上がってきた。
俺は正直、キリスト教に興味があるわけじゃない。
俺はただ、自分の好きな子がオルガンを弾くところが見たい。
今まで知らなかった部分に触れて、今よりももっと彼女を知りたい。
我ながら不純な動機だ。神様にばれたら怒られてしまうかもしれない。
あ、いや、神様なら、人間のいやしい下心なんて最初からお見通しだろうから、こっそり苦笑しながらも許してくれるんだろうか。
うんまあ、それはともかくとして。
聖なる夕べは教会へ行こう。
闇を照らすろうそくの明かりと祈りの言葉。そこに流れるのはあの子が奏でるオルガンの音色。
今年のクリスマスは、忘れられないものになりそうな予感がする。
(Fin)
ぱん太からひとこと
メールでも丁寧な言葉を崩さず、たまにお弁当もつくっていて、遠慮がちな衣川さん。短い物語のなかでも、彼女の魅力がいっぱい伝わってきたよ!ドイツ文学の棚前で待ち合わせっておしゃれじゃない? ボクもこんな青春を送りたいなあ。
◎クリスマス短編を読む
【クリスマス短編】夜行列車の雪の夜
【クリスマス短編】雪降る夜の落とし物
【クリスマス短編】吾輩はクリスマスに贈られた犬である