作者:為三
華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
ゆえにわたしヴァレリーは彼らの武勇伝をねつ造、もといサポートするお仕事をはじめたのですが……実のところ武勇伝を欲しがっているのは、貴族の皆さまだけではないようで。
魔物退治と縁のなさそうなお方からの依頼も、ごく稀にあったりするのです。
◇
ヴァンパイアは複数の厄介な能力を持つ、高位のアンデッドとして知られています。
分厚い鉄の板ですら素手で歪めてしまう怪力。
生き血をすすることで相手の生命力を奪い、自らを強化するエナジードレイン。
手足を切り落としても再び生えてくる不死身の肉体。
普通に考えれば、まともに太刀打ちできない相手。しかし、
「ご安心くださいマリーナ様。人間に化けていたときの言葉が事実であれば、あいつは怖いおっさんたち、つまり魔物狩りの部隊に追われ、ダンジョン内でヘルハウンドに出くわし――たぶん横腹をえぐって退けたあと、わたしが放った巻物に焼かれたわけで」
「なるほど。それだけの連戦を重ねたあげく深手を負ったのなら、かなり弱っているはずですわね」
現に黒焦げのヴァンパイアは祭壇の上に四つん這いになり、逃げる隙をうかがうように身構えたまま微動だにしません。
正体がバレる前に襲ってこなかったのが不思議ではあるものの、しょせんは女二人と侮っていたのか、逆に不意をつかれてこの有様。
力ある魔物ゆえの傲慢さが、仇となったということでしょう。
「にんにく、木の杭、日光……ヴァンパイアの弱点になるものは見当たりませんが、今なら二人で力を合わせれば倒せるはずです」
「そ、そうですわね。マリーナも魔法で援護いたしますわ!」
そうやって息巻いた、次の瞬間。
青白い輝きを放っていた祭壇から、ふっと光が消え失せます。
そして広間に響き渡る、不気味な哄笑。
「ヒヒッ! ヒヒヒッ! クヒヒッ!」
巨大な影がこちらめがけて襲いかかってくる刹那――ヴァンパイアが祭壇に固執していた理由について、わたしはようやく思い至りました。
エルフの超遺物。
地下の竜脈に根ざし、アルダ山の精気を貯蔵する装置。
竜脈とは自然を維持する力の源泉であり、そこに流れる精気とはすなわち大地の血液。
つまりヴァンパイアは人の生き血ではなく、祭壇からアルダ山の精気を――。
とっさに盾で防いだはずでした。
しかし巨木の幹のごとく肥大化したヴァンパイアの腕によって、わたしはダンジョンの壁面に思いきり叩きつけられていたのです。
「……うぐっ! まさか、最初からそれが目的でっ!」
見ればヴァンパイアは黒焦げの状態から復活しているどころか、今や倍以上に巨大化し、山の精気を吸収したことによって全身から青白い輝きを放っています。
魔物狩りの部隊に追われたかの魔物は、エルフの技術でさらなる力を得ようとしたのでしょう。わたしたちを襲うことより祭壇の調査を優先した理由にも、これで納得できました。
こんなの、勝てるわけがない。
たった一度の攻撃を受けただけで、構えていた盾は無残にひしゃげており――冒険者として積み重ねた知識と経験が、圧倒的な力量差を自覚させます。
とはいえ、
「ヒヒッ! ヒヒヒッ!」
「ぴぎゃあ!!! こっちきた!! 血を吸われて死ぬなんていやあ!!!」
「あ、今すぐ助けに……」
「マリーナは寄付金ガッポガッポせしめてえ、たくさんの参拝者にチヤホヤされてえ、ちょうどいい頃合いで素敵な殿方と結ばれてえ、人生エンジョイするのでええ!! 生き残って!! 絶対に生き残ってやるですう!!」
本音を垂れ流し、ついでに鼻水も垂れ流しながら、肉食獣に追われた兎さながらの勢いで逃げまわるマリーナ様。
彼女のあっぱれな生への執着に感化され、わたしは気力を振り絞って立ち上がります。
そしてヴァンパイアの前に割って入り、渾身の一撃をお見舞いしました。
「うりゃあああ!! ……げ!」
ところが山の精気を得た不死者の肉体は鋼のように硬く、メイスの柄が根元からぽっきりと折れてしまいました。
やはり状況は絶望的。
それでも武器がないならと、ひしゃげた盾をヴァンパイアの顔面に叩きつけてやります。
わたしは神に祈りません。奇跡にも期待しません。
誇り高き冒険者として、自らの力で打ち勝ってみせましょう。
ところがその開き直りが、ひねくれた神様のプライドを刺激したのでしょうか。
突如として黒い影が疾風のように駆け抜け――ヴァンパイアに強烈なぶちかましを浴びせたのです。
「ワンちゃん!! 助けに来てくれたの!?」
「えええ!! ヘルハウンド……?」
信じられませんでした。ありえない光景でした。
ゆえにこう呼ぶべきものでしょう――奇跡と。
ふがいない冒険者に代わり、ヴァンパイアと対峙するヘルハウンド。
うがった見方をすれば、横腹をえぐった相手に仕返しにきたというところ。
しかし凶暴であるはずの黒い獣は、恩人であるマリーナ様を守ろうとしているように見えました。だからわたしは、
「今がチャンスです!! ここで勝負をかけましょう」
「承知しましたわ!! ワンちゃんも……お願い!!」
するとヘルハウンドは返事をするように「グルル!」と鳴き、果敢にも先陣をきってヴァンパイアに向かっていきます。
マリーナ様が後方から〈破魔光〉を放つと、不死者は浄化されないまでも苦しそうにうめき、その隙にヘルハウンドが太腿に喰らいつき、青白く輝く肉を引きちぎります。
しかし相手も負けじと応戦し、両腕で横薙ぎにされた黒い獣が子犬のような悲鳴をあげて宙を舞っていきました。
そして今度はわたしのところに迫ってきて、
「クヒヒッ! ――ギュバアアアッ!」
「おっと、乙女の生き血がご所望ですか」
祭壇に貯蔵されていた精気は吸いつくしたようですから、傷を負った今のヴァンパイアが狙うのは、生きた人間の生命力。
相手の動きは読んでいましたから、エナジードレインを避けようと思えば避けることができました。
しかしわたしはあえて、その大きな口に右腕を突っ込んでやります。
「ギ……ギギ……?」
「思わぬ行動に驚きましたか? 自分がなにを咥えているのか気になりますよね? ならば教えてあげましょう。この手が握っているのは――聖なる金属です」
ヴァンパイアは強大ながら、同時に弱点の多い魔物です。
その一つが銀。
とくに神聖なる祈りがこめられたものに弱いとされています。
たとえば幸運のお守りとして作られた、銀のペンダントなんてものがあれば。
それは彼らにとって、致命的な毒となりましょう。
「ギギギ……ギバアアアアッ……アアアアッ!」
ヴァンパイアは苦しげにもだえ、わたしの右腕をペッと吐きだします。
しかしそこはぬかりなく、牙を模した彫刻であることを利用して、喉の奥にしかと突き刺しておきました。
肉体の内側から浄化された哀れな不死者は、断末魔の悲鳴をあげながら――銀牙のペンダントを道連れとして、真っ白な灰の塊となって霧散していったのです。
「ごめんなさいロバート、せっかくのプレゼントだったのに……。でもあなたが祈ってくれたおかげで、わたしはこうして救われました」
しかし犠牲になったのはペンダントだけではなく。
背後からマリーナ様の苦しげな声が聞こえてきます。
「痛い痛いの飛んで……うぐう!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「マリーナは平気です! でもワンちゃんが!」
言われてみれば彼女に怪我はなく、ヴァンパイアとの戦いで傷を負ったヘルハウンドを治そうとしているようでした。
無理をすればという言葉どおり、三回目の〈再生〉は相当な負担がかかるようです。
マリーナ様は鼻から血を流しつつも歯を食いしばり、柔らかな光で――。
「ど、どうして!? 元気にならない!!」
「マリーナ様、残念ですが……」
最後まで言わずとも、彼女自身も理解しているはずでした。
ヘルハウンドは即死していなかったのが不思議なほどの有様で、もはや最上位の魔法をもってしても治すことのできぬ、命の灯火が消えゆく間際。
だからもう、できることはありません。
涙を流し、神に祈るほかには。
「お願いです、グラナ様! ワンちゃんを――」
嗚咽を漏らすマリーナ様を見たヘルハウンドは、最後の力を振り絞って顔をあげました。
そして「気にするな」と言うように涙に濡れた頬をぺろりとなめると、そのまま静かに目を閉じ、天に召されていったのです。
荒らされた墓を清め、呪われし獣を正しき道に導け。
呪われし獣とはわたしのことではなく、エルフによって闇に染められたヘルハウンド。
マリーナ様は今、牧畜の神グラナから授かった使命をまっとうしたのでしょう。
凶暴な魔物であろうとも彼女は慈悲をもって接し、魔物もまた忠義をもって彼女の助けとなった。それはまさに奇跡であり、語り継がれるべき聖者の逸話。
だからわたしも祈らずにはいられません。
正しき道を歩んだ獣が――どうか安らかに眠れますように、と。
◇
後日。
わたしはロバートとともに、王都の外れにある教会に赴いていました。
「ヴァレリーくんのことだからと、予備のペンダントは作っておいたけどさ。まさかヴァンパイア退治に使うとは思ってもいなかったよ」
「このたびは本当に申し訳なく……。でも今度こそ大事にしますから」
「まあ君が無事ならそれでいい。とはいえ不安は残るから、念のため聖者様にお祈りしておこう。なんでも一風変わったお方らしいね」
「ええ、あなたもきっと気に入ると思います」
わたしはロバートの手を握り、マリーナ様が待つ礼拝堂に向かいます。
そこに奉られている彫像を見たら、彼はさぞかし驚くことでしょう。
なにせこの教会におわすのは、人ではなく。
大きな犬の姿をした――聖者様なのですから。
~おわり~
◎『竜殺しの称号、金貨何枚で買いますか?』
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