メイド(使用人)というと、エプロンドレスの特徴的な制服を着て屋敷の主人に仕え、家事などを行う女性というイメージをお持ちの方は多いのではないでしょうか。ですが歴史上では、彼女たちはかなり細かい職種に分かれ働いていました。
『図解 メイド』(池上良太 著)では、メイドの仕事内容や給料、余暇の過ごし方などの他、細分化されたメイドの職種についても丁寧に解説しています。今回はその中から、家政婦(ハウスキーパー)と女家庭教師(ガヴァネス)についてご紹介します。
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家政婦(ハウスキーパー)は女性使用人の最高位
漢字で「家政婦」と書くと、掃除や洗濯、料理といった家事を代行する女性を想像するのではないかと思います。ですがヴィクトリア朝以降のイギリスの歴史の中では、「家政婦(ハウスキーパー)」は女性使用人の中で最高位の者を指す言葉で、日本語のいわゆる「家政婦」とはかなり異なった職種でした。家政婦は金銭的に豊かな家庭に雇われ、小間使いと乳母(ナニー)を除く全ての女性使用人の雇用と解雇、教育や監督を行います。他にも、リネンや磁器類の管理、蒸留室の監督、生活必需品の購入、屋敷の女主人の補佐、使用人部屋での食事の際に野菜などを取り分けるなど、仕事内容は多岐にわたっていました。時には女主人の慈善事業を手伝い、その土地の労働者のためにバザーなどの催し物を行うこともあったといいます。
このような様々な仕事をこなすためには、多くの経験と知識、教養が必要です。そのため家政婦はある程度年齢が高く、厳格で威厳のある女性が務めることの多い職種でした。出身階級や家柄も他の使用人より良い者が多く、雇用主と血縁関係にある場合もあったといいます。また家政婦になるためには一定の調理経験や、応急手当や薬の調合といった医療知識も必ず求められました。
こうした仕事内容や条件から、家政婦は未婚・既婚に関係なく尊敬を込めて「ミセス」と呼ばれます。制服を着る必要はなく、個室を与えられ、身の回りのものも一流でした。腰にはお屋敷の鍵束を下げており、そのジャラジャラとした音を聞いただけで使用人たちは震えあがって恐れたといわれています。
立場は微妙だが深い教養が必要だった女家庭教師
女家庭教師は裕福な家庭の子女を教育する女性で、18世紀頃までは上流家庭に尊厳を持って迎えられる、使用人とは一線を画す存在だった。 『図解 メイド』p.92ところが中流階級の教育熱が高まったことや、仕事を求める未婚の女性が増えたことなどがきっかけで、女家庭教師(ガヴァネス)の数はしだいに増えていきます。すると相対的にその質は下がっていき、彼女たちの地位も低下してしまいました。こうしてヴィクトリア朝に入る少し前の頃には、女家庭教師は尊敬の対象ではなくなってしまいます。 使用人とは言い切れず、かといって雇用主と同列でもない。そんな微妙な立場や、周囲の使用人たちとの出身階級の差(女家庭教師は中流~上流家庭出身のものが中心でした)から、女家庭教師たちは屋敷の中で孤立しやすく、ストレスを抱え精神的に病んでしまうものも多かったといわれています。
女家庭教師は裕福な家庭に雇われ、社交界にデビューする前の女の子や、学校に入る前の幼い男の子の教育を行います。乳母とは違い、子供たちの身の回りの世話は担当ではありません。
女家庭教師の教育内容は読み書きや計算の他、フランス語などの外国語、礼儀作法、音楽や絵画など幅広いものでした。 そのため未経験者よりも経験者が好まれ、語学堪能なものや芸術に通じているものは優遇されたといいます。若い女性も好まれましたが、家人と恋愛関係になる可能性を考え、容姿端麗なものは歓迎されませんでした。
さらに、時代が進み女家庭教師の数が増加すると、仕事の合間に裁縫や子守の仕事もさせられるケースが出始めます。そのため当時の手引書には、刺繍の技術を身につけるよう勧めるものもありました。
このように女家庭教師は、立場は不安定なものの幅広い知識と経験が求められる職業でした。彼女たちの姿は多くの小説に描かれてもいます。シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』やケストナーの『点子ちゃんとアントン』といった有名作品に登場する他、シャーロック・ホームズのシリーズの中にも女家庭教師が登場する物語があります。
本書で紹介している明日使える知識
- メイドの定義
- 言葉からわかる階級
- 女性家事使用人組織図
- 女性使用人の1日
- 『ビートン夫人の家政読本』
- etc...