海には多くの妖精、怪物が存在するとされています。近くを通る船乗りに魔法をかけるセイレーン、下半身が魚の尾鰭になっている海の乙女マーメイド、腰から下に6つの犬の頭と12本の足が生えたスキュラなどがその例です。
『幻想世界の住人たち』(健部伸明、怪兵隊 著)には、さまざまな幻想生物が紹介されています。今回はその中から、セイレーンについてお話します。
目次
セイレーンとはどのような生物なのか
セイレーンは歌や楽器で船乗りを魅惑し、自分たちの島に引き寄せ、岩場や浅瀬に引き込み船を難破させる生物です。「紐で縛る」、または「干上がる」を意味するSeirazeinを語源としているのが一般的であり、英語のSirenの語源でもあります。またセイレーンが群れをなしているときには、セイレーネス(Seirenes)と呼ばれます。
セイレーネスは、地中海に浮かぶシチリア島近辺にあり、動く岩礁が点在する海域であるプランクタイに近い小島を住処としていました。この近くには、通りかかった船員を襲ってはむさぼり食うスキュラ、1日に3回水やあらゆる物を吸い込んでは吐き出すために、渦を作り出してしまうカリュプディスも住み着いていたため、魔の水域と呼ばれていたようです。
そんなセイレーンですが、様々な姿で描かれます。ホメーロスの『オデュッセイア』第12書では、2人の魔女としています。一方で、アポロドーロスはセイレーンを竪琴、歌、笛と別々の役割を持った3人の乙女として述べています。
また古代ギリシアの遺物の中にも、セイレーンの姿を描いているものがあります。大英博物館にある壷には、女性の頭をした水鳥がセイレーンとなっています。アテネ国立美術館にあるセイレーンの彫像は、太股より下が鳥、上半身が人間、楽器をこわきに抱えた姿として残されています。
この他にも翼のある人魚のような姿で描かれることがあります。これは古代ギリシアに描かれたものではなく、それなりに時代を経て、海の怪物という言葉から人魚と融合した結果描きあげられたものです。
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オデュッセウスが教えられたセイレーンへの対策法
『オデュッセイア』の中で、オデュッセウスは魔の海域を船で無事通過しています。この背景には、オデュッセウスを愛していた魔女キルケーに教えられた対処法がありました。セイレーンの歌が聞こえないように、船員達の耳に温めた蜂蜜蝋を詰めたのです。しかしオデュッセウスだけはセイレーンの歌を聞きたかったために、蜂蜜蝋を耳に詰めず、代わりに体と手足を帆柱にしっかりと縛りつけました。
セイレーネスはオデュッセウス一行の船を見つけると、いつものように歌いだします。ところが船は一行に近づいてきません。そこでセイレーネスはオデュッセウスに話しかけます。
いたたまれなくなったオデュッセウスは、思わず縄を解いてセイレーネスの島へと向かおうとしました。しかし部下であるペリメデスとエウリュロコスが、オデュッセウスを更にきつく柱に縛りつけます。
この部下達の行動により、オデュッセウス達は無事魔の海域を通り抜けることができました。そして自尊心の強いセイレーネスは、オデュッセウス一行が自分たちを無視して通り過ぎてしまったのを見て、自殺してしまったのです。
セイレーンとトラキアの詩人オルペウスの歌合戦
ホメーロスの『オデュッセウス』には、オデュッセウス以前にもセイレーンの海域を通り過ぎた一行のことが描かれています。イアーソーンを隊長としたアルゴー遠征隊です。このアルゴー遠征隊は、アイア(コルキス)の王アイエーテースから黄金の羊皮を奪いに行く物語ですが、道中でも黒海沿岸の国サルオデュッソスのピーネウス王の食卓を襲うハーピーを追い払うなど、さまざまな活躍を見せています。
そのひとつが、セイレーンと遠征隊のメンバーのひとり、トラキアの詩人オルペウスとの歌合戦です。
セイレーンは自分たちの歌に聞きほれない者などいないというほどに、絶対の自信を持っていました。しかしこの歌合戦では、オルペウスの美しい歌声がセイレーンに勝り、アテーナイの養蜂家ブーテスのみが魅惑されるだけに留まります。ただひとり魅惑されたブーテスも、アプロディーテーに助けられました。
この結果にショックしたセイレーンは、自信を砕かれ自殺してしまったのです。
アルゴー遠征隊との一件でセイレーンが自殺していたとしたら、その後に通ったはずのオデュッセウスがセイレーンに会うのは矛盾していることになりますが、これはつくられた時期の違いから生まれたものです。
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