日本ではまだあまりなじみがありませんが、ユダヤ料理はユダヤ教の定める様々な戒律の中で発展してきた歴史ある料理です。
『図解 食の歴史』(高平鳴海 著)では、ヨーロッパを中心とした食事情について、図解を用いてわかりやすく解説しています。今回はその中から、ユダヤ教徒の食事に関する戒律「カシュルート」についてご紹介します。
目次
ユダヤ教徒の食の戒律①食べてよい肉・いけない肉
イスラム教に豚肉を食べてはいけないといった決まりがあるように、ユダヤ教にも食事に関する様々な戒律があります。この戒律のことを「カシュルート」といい、食べてもよいとされる「清浄な食品」のことを「コーシャ(コシェル)」と呼んでいます。カシュルートの中から、まずは肉類に関する決まりをご紹介しましょう。
旧約聖書の中に、「蹄が割れていて反芻するもの」は食べてよいとする一節があります。ユダヤ教徒はこの条件に合致するものを清浄なものとして食材にし、そうでないものは食べられないと規定してきました。
具体的には、牛、羊、ヤギ、鹿は食べられますが、豚、イノシシ、ウサギ、馬、ラクダ、イヌ科やネコ科などの肉は食べられません。 肉だけでなく乳製品もこの規定に沿うため、牛乳やチーズなどは食べられます。
鳥類については、羽毛があって飛び、肉食しないものは食べてもよいとされました。
カモ、鳩、鶏などは食べられますが、鷲やフクロウといった猛禽類や雑食性の鳥、ダチョウは食べられません。 ニワトリなどの卵も食べることができ、中世のユダヤ教徒には冠婚葬祭の時にゆで卵を食べる習慣がありました。
旧約聖書には「子ヤギを母ヤギのミルクで煮てはいけない」という言葉もある。このことから調理の戒律が生まれ、肉と乳製品を一緒に調理してはいけないことになった。転じて、乳製品と肉は6時間以上の間隔を空けて食べなければならないとされた。 『図解 食の歴史』p.200この戒律があるため、肉料理を食べる時にバターやチーズを一緒に食べることはできません。チーズバーガーは食べてはいけないメニューですし、朝食に卵や牛乳を用意する時も、ハムやソーセージは一緒に食べられないのです。 厳格なユダヤ教徒の中には、肉料理を食べた後にコーヒーを飲む場合、牛乳から作ったフレッシュを避ける人もいるといいます。
また、肉と乳製品とを一緒に調理してはいけないため、調理用具や食器も肉用とそれ以外とで別々に用意したり、貯蔵場所や台所の流し台も分けていることもあります。
ユダヤ教徒の食の戒律②食肉処理の決まり
食肉処理の方法についても、やり方が細かく決められています。動物は食肉処理前に健康かどうかの検査を行い、鈍器で気絶させ、食道とのどを一撃で切り裂く。血が流れ出た後「メリハ」(塩水)に漬けてさらに完全に血抜きをした。 『図解 食の歴史』p.202これらの処理を行うのは専門の処理人でなければいけません。中世ではこの処理人のことを「ショヘット」といい、13世紀以降は「ラビ」と呼ばれるユダヤ僧が作業を監視するようになりました。また、内臓を検査する「ボデク」という職員もいました。現在でもこのような食肉処理の流れは基本的に変わりません。
こうした食肉処理の手順に従わない肉は、不浄とされ食べませんでした。病気だったり去勢された動物の肉、他の動物に殺された跡があるもの、狩人が殺した肉などがその例です。
さらに肉の部位についても、食べられる部位とそうでないものがあります。 脂身は神に捧げられた故事から食べませんし、血を食べることも禁じられています。他にも動物の坐骨神経や脛の腱など、ユダヤの伝承にまつわる故事から食べない部位があります。
ユダヤ人がさばいた肉は処理がうまいため美味しいとされ、清潔で種類も多かったため、中世ではキリスト教徒にも人気がありました。しかしペストが大流行すると、当時の医学では原因がわからなかった上に、清潔な肉を食べていたユダヤ教徒の死亡率は低かったため、キリスト教徒から「ユダヤ人が井戸に毒を入れたからだ」などと言いがかりをつけられたこともありました。
◎関連記事
結婚が食事文化を変えた? 中世~近世フランスのお菓子の歴史
西洋料理の源流も! 古代ローマで人気の肉料理とは
マグロの塩焼きにパン、ワイン 古代ギリシャの食文化とは
ユダヤ教徒の食の戒律③肉類以外のタブー
最後に、肉類以外の決まりについてもご紹介しましょう。海や川にいる生物は「ヒレと鱗があるもの」は食べてよいとされています。
魚類全般は食べられますが、ウナギやナマズ、イルカ、貝やカニなどは食べません。しかしイセエビだけはよしとされているようです。もしユダヤ教徒と一緒に寿司屋に行くことになったら、どれが食べられるネタか注意が必要ですね。
「腹を引きずって歩くもの」は食べてはいけないため、爬虫類や両生類、モグラやネズミといった小動物やほとんどの昆虫も食べません。例外的に、イナゴなどのバッタ目に属する昆虫は食べられるとされています。
植物については、植えて3年以内の木の実は食べないとか、ワインは自家製のもので異教徒に触れられないよう管理するといった決まりが設けられています。
今回ご紹介した戒律はユダヤ教の宗派によって異なる部分もあり、実際にどこまで厳格さを求めるかは個人によっても差があるようです。
現代では、こうした戒律に沿って生産され、「ラビ」と呼ばれるユダヤ僧による審査に合格した食品には、専用の認証マークが貼られています。ヨーロッパやアメリカなどが中心ですが、日本企業の中にもこの認証を受けているところが存在します。
最近、イスラム教徒向けの食品にお墨付きとして与えられる「ハラール認証」が知られるようになってきましたが、いつかユダヤ教徒向けの認証もクローズアップされる日が来るかもしれません。
◎関連記事
ファンタジーとは違う?! 中世ヨーロッパ城塞都市の食事
肉・野菜・シチュー メソポタミアで食べたいごちそうとは
本書で紹介している明日使える知識
- 大航海時代の船上での食事
- 料理書や食のエッセイとガイド
- 宣伝工作によって英国に定着した紅茶
- フォークが普及するまでの紆余曲折
- 重宝された銀器と企業秘密だった磁器
- etc...