現代で薬というと、疾患の治療や予防、症状の緩和に使われるものを指します。製造には特別な資格や国の認可が必要で、一般人が簡単につくることはできません。しかし、こういった薬に関する規則が制定されたのは、近代に入ってからになります。
では制定される以前には、どのようなものが薬と考えられていたのでしょう。
『魔法の薬ーマジックポーションー』(秦野啓 著)では、ゾンビーパウダーやエリクシャーなど、様々な魔法の薬を紹介しています。今回はその中でも、呪物として使われた魔法薬についてお話します。
目次
医学的薬も魔法薬も動物や植物からつくられた?
近代魔術が登場する以前のヨーロッパでは、魔術といえば伝説に彩られているようなおどろおどろしいものを指していました。伝統的西洋魔術の書物である『ホノリウスの書』に記載されているような、黒い雄鶏の首を切り、「エコエコアザラク、エコエコザメラク」の呪文を唱えて悪魔を呼び出し――といった具合のものです。
このような儀式では、「魔法薬」と呼ばれる呪物を用いることがありました。中には薬とは思えないような用法をする物もありますが、おしなべて薬として扱われていました。 当時は魔法使いや魔女といった秘術を扱う者が医者と関連付けられていたこともあり、彼らの使う呪物は薬の一種と思われていたためでしょう。
実際に、こうした魔法薬は、医学的な効力を持つ薬と同様、動物や植物を原料としていました。近代西洋医学が発展するまでは、薬物の科学的な合成を行えなかったという背景もありますが、動物や植物が魔法的な力を持っていると信じられていたことも深く関係しているのでしょう。
無限の富を与える魔法薬「バジリスクの血」
洋の東西を問わず、動物の体から採集された物が、薬として珍重された例は多くあります。中国の漢方薬の牛黄(牛の胆石)や鹿茸(鹿の角)などがその代表です。
ドラゴンやフェニックスといった幻想生物の血や羽根も薬になると考えられていました。特に動物の血については、ドラゴンの他にも、バジリスクやラクダの血も薬とされました。 バジリスクは「ヘビの王」とも呼ばれ、その瞳に睨まれただけであらゆる生物は死んでしまうほどの妖力を持つといわれています。
この妖魔の血を飲んだ者は、無限の富を得られるとされています。
強い毒を持つ生物は、しばしば強壮効果を持つ薬・食材として珍重されていました。日本でも、マムシを漬けた酒(マムシ酒)やスズメバチを漬け込んだハチミツなどが有名です。中国ではサソリ、タイではタランチュラが滋養強壮効果を持つ生薬や食材として扱われています。
バジリスクの血が持つ「服用者を富ませる」力は、服用者に体力や精力を与え、より多くの仕事がこなせるようになることに由来しているのでしょう。
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媚薬から下剤にまで使われた魔法薬「マンドラゴラ」
神秘的な薬には植物から採取された物もありました。植物からつくられた薬では、マンドラゴラがもっとも有名です。 マンドラゴラは、絞首刑にされた罪人の身体から滴り落ちる水分によって成長する植物とされています。採取する際には、犬が使われます。犬の首輪とマンドラゴラの茎にロープを結びつけ、犬に引き抜かせるのです。
このような手間をかけるのは、マンドラゴラは土から抜かれるのを極度に嫌がり、引き抜かれた際には凄まじい叫び声を上げるからです。
この叫び声を聞いた者は、そのあまりの凄まじさに死んでしまうといわれています。ところで、マンドラゴラとは根の部分を指し、土より上の部分はマンドレイクといいます。
マンドラゴラは媚薬から強度の毒まで、様々な用途に使用された例が残されていますが、魔女の軟膏の基本的材料のひとつということで共通しています。
古代では、その毒性を利用して、嘔吐薬や下剤として使われていたといわれています。
媚薬として利用されていた例として、旧約聖書においてレアはヤコブと一夜を共にした際に使用された話が有名です。この時、レアはヤコブの子イッサカルを身ごもりました。そこから察すると、マンドラゴラには妊娠促進の効果もあったのでしょう。
現代では、マンドレイクと同じ和名を持つ植物である曼荼羅華(チョウセンアサガオ)と同一視されるようになっています。
本書で紹介している明日使える知識
- ゾンビーパウダー
- イモリの黒焼き
- 反魂香
- エリクシャー
- 聖水
- etc...