毒を持つ幻想生物のひとつに、バシリスク、あるいはバジリスクがいます。バシリスクは元々ローマの伝承に登場した怪物で、元はギリシャ語で、小さな王を意味するバシリコスから来た言葉だと言われています。バシリスクの特徴とも言える毒ですが、どの程度の力を持っていたのでしょう。
『幻想生物 西洋編』(山北篤 著)では、ユニコーンやキマイラなどさまざまな幻想生物を紹介しています。今回はその中から、バシリスクについてお話します。
目次
バシリスクの毒は、槍を通して人馬をも殺す
1世紀ローマ帝国の博物学者である大プリニウスは、自分の著作である『博物誌』にて、バシリスクを蛇の一種としています。古代リビア東部を意味するキュレナイカ原産、体長24センチ、頭には王冠に似た白い飾りがあるなどの特徴も記しています。バシリスクの最大の脅威は毒にあります。視線の毒は、その目を見るものを即座に絶命させます。呼気の毒は、藪を枯らし、草を焼き、岩さえも砕くのです。
更にバシリスクの身体にも、視線や呼気と同等以上に脅威となる毒があります。直接触らなくとも人を死に至らしめるのです。
かつて、馬に乗った人間が槍でバジリスクを殺した。すると毒素が槍を伝わって登り、その人間を殺した。それどころか、人間を毒素が伝わって、馬まで死んでしまったという。『幻想生物 西洋編』p.114このように、バシリスクの毒は間接的に触れるだけでも 脅威になります。しかしバシリスクは無敵というわけではありません。バシリスクにも天敵がいるためです。
バシリスクの天敵はイタチです。イタチの穴にバシリスクが投げ込まれると、イタチはその臭気でバシリスクを殺します。同時に、バシリスクの毒もイタチを殺し、相打ちになるのです。
大きく移り変わっていくバシリスクの特徴
毒だけでも十分な脅威となるバシリスクですが、中世のヨーロッパの伝承となったことで、その伝説は大きな発展を見せます。6~7世紀、現在のスペインとポルトガルにあたるセビリアの聖人イシドールスは、自分の著作である“Etymologiae(語源)”第12巻において、バシリスクを蛇の王として紹介しています。また死の視線と毒の息についても記述しています。
7~8世紀英国のキリスト教聖人ベーダ・ヴェネラビリスは、バシリスクが雄鳥の産んだ卵から産まれるという伝説を記録しています。
12世紀の聖女であり、ドイルのベネディクト会女子修道院長であるヒルデガルドは、『聖ヒルデガルドの医学と自然学』にて、バシリスクの息が死をもたらすとしています。産まれたばかりのバシリスクの息は、地面に深さ2メートルもの穴を開けます。バシリスクは十分に育つまで、その穴の中で潜むのです。そして、育ったバシリスクは、生き物を見かけると、冷気をあびせ、次に邪悪な息を吹きかけます。この息を浴びた生物は、瞬時に倒れて死んでしまうのです。また、バシリスクが死に、死体が腐敗すると、その土地は不毛の土地と化します。
ドイツの神学者であるアルベルトゥス・マグヌスも古代ギリシャの哲学者アリストテレスの注釈書『De animalibus(動物について)』で、バシリスクの死の視線について書いています。しかし、他の伝承については否定的に扱っています。
このように、バシリスクの話はだんだんと大きくなりました。最初は小さな蛇だったのですが、鶏冠が生え、翼があり、鶏のような身体と脚をもつようになります。さらには、雄牛のように大きい、火を吐くなど、より強い怪物へとなっていったのです。
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混同されたコカトリスとバシリスク
バシリスクの話が大きくなったために、バシリスクと混同されるようになった幻想生物もいます。コカトリスです。バシリスクの話の中に、いつの間にかコカトリスの伝説を含むようになったのです。この影響のために、バシリスクが雄、コカトリスが雌と見るようになりました。雌雄が逆の組み合わせとなる伝説もあります。他にもバシリスクの話の中には、雄鳥の産んだ卵が、蛇かヒキガエルによって孵化させられてバシリスクになるというものもあります。これも元はコカトリスの伝承であり、後でバシリスクの特徴として取り入れられたものです。
バシリスクとコカトリスの混同は、物語の世界にも影響を与えました。イギリスの詩人であるチョーサーの作品『カンタベリー物語』では、バシリスクとコカトリスが混同された結果、バジリコックという怪物名になっています。
このような変遷を経て、現在の私達の知るバシリスクという怪物が生まれたのです。
本書で紹介している明日使える知識
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