『白雪姫』や『シンデレラ』、『千と千尋の神隠し』、そしてこの夏公開された映画『メアリと魔女の花』など、今も昔も魔女や魔女をイメージした女性が登場する物語は枚挙にいとまがありません。
『魔術師の饗宴』(山北篤・怪兵隊 著)では、妖術や魔術、錬金術など、魔法にまつわる数々の事象を取り上げ、わかりやすく解説しています。今回は本書を参考に、典型的な魔女のイメージがどこから来たのかを考察します。
目次
魔女のイメージができたのは魔女狩りの頃から
魔女というとどんなイメージを思い浮かべますか?アニメなどには可愛らしい女の子の魔女が登場するものもありますが、童話などに出てくる魔女は、しわくちゃの顔に鉤鼻の老婆で、黒い三角帽にマントを羽織り、人里遠く離れた山奥で使い魔の動物とともに暮らし、魔法の薬を大鍋で煮たり、ほうきに乗って空を飛ぶことができる、といったイメージではないでしょうか。
では、どうしてこのような魔女のイメージが生まれたのでしょう。
実はこうしたイメージが生まれたのは最近のことではなく、中世・近世に行われた異端審問や魔女狩りの頃からだとされています。
まず、なぜ魔女は老いた姿でイメージされることが多いのかという点について、薬の調合方法や魔術を習得するには膨大な年月がかかるため、力のある魔女となると必然的に老いた姿として描かれるようになったのではないかという見方があります。また、なぜ女性なのかという点については、本書では女性の方が長生きするからではないかと考察しています。
こうした老婆が家族に養われている場合はよいのですが、身寄りもなく独りぼっちで暮らしている場合、あたりの人は彼女が何をしているのか分らないのを幸いと、勝手な噂を流して魔法使いに仕立てあげてしまうこともありました。 『魔術師の饗宴』p.174では、魔女とされた老婆の住処に関するイメージはどこから生まれたのでしょう。
魔女と呼ばれる老婆の住処は、人が滅多に通わない森や山の奥の一軒屋が多いようです。人々の迫害を受けてやむなくそうした所に引き込んだのでしょう。あるいは日本の姥捨て山伝説のように置き去りにされたのかもしれません。 『魔術師の饗宴』p.174この他、森にひとりで住んでいるという魔女のイメージには、後の時代のグリム童話など による影響がみられるとする説もあります。
異端審問や魔女狩りが行われた時代に魔女とされたのは老婆だけでなく、貧しい下層階級の人を中心に、さまざまな人がいました。たとえば15世紀に書かれた本の中では、産婆も魔女だとされています。産婆は産婦のためにさまざまな薬草を使いましたが、当時は死産や生まれてすぐに子どもが亡くなることも多く、産婆が魔女だから死んでしまったのだとされたのです。
それでは魔女が空を飛べるというイメージはどこから来たのでしょう。
魔女裁判が行われていた頃には、魔女はほうきに乗ってサバトと呼ばれる魔女の集会に出かけ、悪魔と契約して魔術を授けてもらうのだと考えられていました。現代にも続く、ほうきに載って空を飛ぶイメージはここから生まれたようです。
このように、現代の童話などにみられる典型的な魔女のイメージは、中世~近世にかけてのさまざまな社会的状況や迷信などが合わさって生まれたものなのです。
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魔女のイメージの起源を考察する上で重要となるのは、13世紀以降のヨーロッパ世界の情勢でしょう。人々が魔女を恐れ、迫害するようになったのは13世紀頃からとされています。当時はキリスト教の教団内部で異端問題が表面化した時代でした。キリスト教の中で教義や聖書の解釈をめぐってずれが生じた結果、カトリックは自らを「正統」とし、他の考え方を全て「異端」だと断じたのです。
南フランスで起こった異端(あるいは宗教改革運動)に業をにやした教皇インノケンティウス三世は、軍事力を用いてこれを抑えようとしました(異端の宗派にちなんでアルビ十字軍といいます)。しかし、鎮圧まで二十年の月日を要したのです。これによって異端がはびこるのを恐れた教皇庁は、「異端審問」という魔女裁判の原型を生み出したのです。 『魔術師の饗宴』p.177~178当時はまた、十字軍がイスラムへと遠征を繰り返した時代でもあります。十字軍のイスラムに対する、キリスト教徒でなければ殺しても構わないという論理は、「異端」に対しても適応されることとなりました。
異端者は捕まえられると拷問にかけられ、嘘の自白を強いられ、最後には殺されてしまいます。さまざまな拷問方法が考案され、教会や処刑人らは異端者の財産を没収し、私腹を肥やしたといいます。
こうして始まった異端審問は、やがて魔女をも巻き込みはじめます。14世紀後半から15世紀にかけて、教会側は「魔女や魔法使いは悪魔と契約を結んだ者であり、最悪の異端だ」と断じるようになりました。人々の中に悪魔を恐れる気持ちが高まったことや社会不安などもあり、いよいよ魔女狩りが盛んに行われ始めます。
その最盛期は16~17世紀の頃でした。魔女とされ処刑されたのは、もはや独り暮らしの老婆をはじめとした「何をやっているのかよくわからない、ちょっと怪しい、魔女のイメージに近い人」だけではありません。子どもや中年男性、金持ちや市長など、年齢や性別、階級に関係なく多数の人が処刑されるようになりました。
処刑された中に本物の魔女がいたかどうかはかなり疑問です。しかしこの数世紀にもわたって続いた魔女狩りが、現代の私たちの持つ魔女のイメージに大きな影響を与えたことは確かといえそうです。
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