作者:白城海
かつて人類を救った勇者は、仲間の裏切りにより無残に殺された。
しかし七年後。勇者は復讐の殺人鬼として復活していた。
今回のターゲットは『人類最高の大魔導士』、ロア。
裏切り者のロアたちによってかつての能力を奪われた勇者は、怒りだけを武器に不死身の魔法使いに挑む。
絶対に死なない魔法使いを殺す方法とは……?
■
大魔導士ロアに恐怖はなかった。
戦いの場所をこの大ホールにしたのは敵ながらいい戦術だ。国立魔法研究所には重要な
研究データや実験素材が大量に保管されている。これではロアが最も得手とする大規模な
破壊魔法は使えない。
それでも負ける気はしなかった。
暗闇を警戒する。攻撃用の光弾では光量が足りず周囲しか見えない。これでは的になる
だけだ。
光弾を消し、移動しながら思考する。再び魔法の光を生み出すべきか。無駄だ。どうせ
また例のマフラーで覆われるだけだ。我慢比べをする気はない。
――暗闇に乗じて攻撃する気だろう。ならば私はそれを利用する。
敵が奇襲に成功する見込みはゼロだ。一切の明かりがない中でロアの急所を確実に貫く
などできはしない。
「お前に私は殺せない。すでに知っているんだろう。私がお前から奪った能力が何である
か」
居場所がわかるように高らかに声を上げてやる。クオンからの反応はない。
「私は死んでも生き返るのだよ。かつてお前が持っていた《英雄の力》の一つ。《セーブ
&ロード》によって!」
ロアにとって死は問題ではない。七年前に彼がクオンから奪った能力、それは不死の力
《セーブ&ロード》 。
たとえ命を落としても、ロアは事前に指定した
逆に言えば死ななければ負傷や薬物への影響からは逃れられない。何より警戒するべき
は『殺されないこと』だった。
「人類最高の英雄、クオン。お前は自分の愚かさで負けるのだよ」
クオンの敗因は、ロアを目覚めさせたことだ。
ロアを殺したければ毒で眠らせたまま、喉を潰すなり薬物で精神を壊すなりするべきだ
った。
だが奴は復讐に目が曇り、大局を見失った。
「おいおい、私にここまで侮辱されて黙っている気か? かつての英雄様もとんだ臆病者
に成り下がったものだなァ」
ロアは余裕だ。何せ負けの目は出ないのを確信しているからだ。
既に布石は打った。クオンの足を吹き飛ばした光弾には『追尾』の魔法も込められてい
る。奴がどこに逃げようが無駄だ。場所はいつでも把握できる。
たとえここでクオンがロアの暗殺に成功しても、あとでゆっくりと料理すればいい。無
傷で復活したロアと、すでに半死人のクオン。どちらが勝つかは明白だ。
しかし、一度とはいえ殺される――否、負けるのは御免だ。可能ならばこの場で返り討
ちにし、憂いを断ちたい。
「出てこないのなら仕方ない。こちらから行くとしよう」
素早く息を吸い、口早に呪文を唱える。先ほどとは違い、長い詠唱を必要とするものだ。
――付き合いの長かったお前なら知っているはずだ。この魔法を。
ロアが唱えている魔法は、自分の周囲一帯に超高熱の衝撃波を巻き起こすもの。
例のマフラーがどれだけ頑丈だろうと関係ない。鎧に変化させようが殻や繭に変化させ
ようが無駄だ。岩をも溶かす熱量は中の人間を確実に蒸し焼きにする。
――さあ来い、堕ちた英雄よ。貴様を絶望に叩き落すお膳立ては整えたぞ。
正面から感じる人の気配。直後、ロアの喉元に衝撃が走る。おそらくマフラーを槍か矢
に変化させて放ったのだ。刃先には毒でも塗ってあるのだろう。
――安直な手だ。右手と左足を失ったお前に打てる手はその程度だもんなァ。
しかし、渾身の奇襲はロアに通用しなかった。
喉元に投げつけられたものを右手で掴み、握りしめる。暗くて見えないが手触りからし
て槍だろう。強力な一撃だったのだろうが、ロアの喉を潰すどころか、喉に届きもしなか
った。
――無駄だ。
クオンが復讐の準備をしていたように、ロアもまた無為に時を過ごしていたわけではな
い。七年の研究の中で、ロアは二つの魔法を同時に詠唱できるようになっていたからだ。
灼熱の衝撃波と同時に唱えていたのは肉体の硬質化。いまのロアの体は鋼よりも固い。
本当ならば障壁を生みだしたかったが、上位魔法の同時詠唱はいまだ研究中だった。 バ リ ア
――さて、終わりだ。
そしてまさにいま、最後の呪文を唱えようとしたとき……!
「……っ!」
突如、声が出なくなった。呼吸さえも塞がれた。
次の瞬間。目の前の石棺が砕け、先ほどロアが生み出した光が姿を見せる。
そしてようやく気づいた。クオンが投げたものは槍などではなかったことに。
「覚えてるか、ロア。こいつを」
地面に這いつくばったクオンが問いかける。
忘れるはずがない。
それは、旗だった。
かつてロアが仰ぎ見た、クオンを筆頭とする戦士団の印が描かれた旗だった。
「懺悔しろとは言わない。ただ一つ、俺に望みがあるのなら――」
もはやクオンに立ち上がる力はない。
残った右腕と左足で這いながらロアへと近づいてくる。
「死ね。この世のありとあらゆる苦しみを受けて死ね。お前が殺してきたあらゆる人々の
苦痛と絶望を浴びながら死ね。地獄に落ちても永遠に苦しみ続けろ。死ね、死ね。永遠に
死に続けろ。それが俺の望みだ」
じりじり、じりじりと復讐者が迫る。
殺意のたっぷりとこもった、凄絶な笑みを浮かべて。
クオンの手にはロープが握りしめられ、そのロープは旗につながっていた。
――なるほど。触れていなければ操作や変質はできないというわけか。
深刻な状況だというのに、浮かんだのは場違いな分析だ。
――奴は私が回避しないのを読んでいた。ゆえに『投げつけた旗の布部分を操作し、私の
声と呼吸を塞いだ』 。まったく。素晴らしい戦士だよお前は。
旗はさらにロアの口元だけでなく顔全体を覆い、視界をも塞ぐ。
さすがはかつてのリーダーだ。相手の力を過小評価しすぎた自分の負けだ。このまま自
分は呼吸困難で気を失うだろう。その後に薬物を打ち込むなりなんなりして永遠に無力化
すればいい。
――だが甘い、甘すぎる! 砂糖よりもハチミツよりも甘ったるいぞ。英雄よ。
何が復讐だ。何が死刑執行だ。
ロアは世界最高の魔導士だ。研究者だ。人類にとってもっとも価値ある人物なのだ。
戦うだけしか能のない戦士ごときが害していい存在ではない。
クオンの復讐など、ロアの大義の前では䢧䢧人間が人間を超える研究の前では無価値で
しかないのだから。
――覚えているがいい。必ず殺してやる。脳味噌まで筋肉の殺人マシーンが、人間様の英
知に敵うはずがないのだから!
ロアは最後の切り札を隠していた。
それは奥歯に仕込んだ致死毒。巨像さえも殺す猛毒だ。奥歯を思い切り噛み締めること
で、ロアは即座に死ねる。
死んで、セーブポイントで復活する。
――確かに私は負けた。だが、お前は死ぬのだよ、復讐者クオン! 満身創痍の体でどこ
へなりとも逃げるがいい。転移の魔法を使おうが、どこに隠れようが必ず追いかけて殺し
てやる!
奥歯を思い切り噛み締める。
苦い液体が口と喉を通りぬけ、急激に意識が薄れていく。
これで数秒後にはロアは死に、そして復活する。
勝利を確信する中、最期に聞こえたのは――
「人類最高峰の英知を持つ大魔導士ロア。お前は、お前の賢しさゆえに死ぬ」
クオンの嘲るような言葉だった。
――負け惜しみを。
心の中でほくそ笑んだ次の瞬間。
人類最高の大魔導士は――
死よりも恐ろしい場所へと送り込まれていた。
意識が飛び、生き返った瞬間。
ロアは――
煮えた油の中にいた。
「――!」
表皮を耐えがたいほどの激痛が走る。一瞬にして衣類と皮膚が癒着し、筋肉が煮えてい
く。髪の毛は無残に皮膚から剥離した。
まぶたが焼け、目が意味をなさなくなり、鼻も耳も唇も溶けていく。
呪文どころか叫び声をあげることすらできない。口を開けた瞬間に舌も喉も焼けてしま
った。
激痛の中で何かを考えることすらできない。何があった。ここはどこだ。何が起きてい
る。疑問に答えは出せず、ただ生物にとって致命的な高温だけがロアに感じられるすべて
だった。
ショックのせいだろうか、それども脳が損傷を受けたからだろうか。
自分の肉が焼ける音が聞こえなくなり、痛みも失われ――
意識がなくなり、そして――
次の瞬間。再びロアは煮えた油の中にいた。
もはや考えるまでもなかった。
ハメられたのだ。
何度も何度も何度も何度も絶え間なく襲い来る激痛と死と復活の中で思考力さえも失わ
れていく。
魂が削られていく。
心が奪われていく。
折られていく。溶けていく。
そしてやがて、人類最高の魔導士ロアは……
ただ痛みを感じるだけの肉塊へとなっていった。
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