みなさんは、ブードゥー教(ヴードゥー教)と聞いて何をイメージするでしょうか?
もしかすると、怪しげな呪術や生け贄、あるいはゾンビといった、野蛮で仄暗いイメージを持っている人もいるかもしれません。しかし誤解が多いのがこの宗教です。
今回は『魔術師の饗宴』(山北篤・怪兵隊 著)より、ブードゥー教とその術についての正しい知識をご紹介します。
目次
ブードゥー教の始まりとその場所
ブードゥー教は、中米のハイチで生まれました。ハイチはカリブ海に浮かぶ島々の中で、キューバに続いて第二の大きさを誇ります。1492年にコロンブスが初上陸し、その後、西はフランス、東はスペインに支配されました。
当時の白人たちは、農場で使役するために、アフリカから奴隷となる黒人を連れてきました。その黒人たちがつくりあげた宗教こそ、ブードゥー教です。
このブードゥー教は、もとは黒人たちが祖国アフリカから運んできた宗教が独自の発展を遂げたものですが、中部・南アメリカの先住民、インディオたちの考え方 も反映されています。
さらにキリスト教の影響もあり、ブードゥー教徒は、自らのことを「キリスト教徒でもある」と言うそうです。
彼らの言うとおり、教会には十字架があり、主なるキリストも崇拝されています。
現在のハイチは、ハイチ共和国とドミニカ共和国に分かれていますが、今なおこの宗教は廃れていません。
それどころか、カリブ海の島々や、合衆国南部、ブラジルの奥地にまで広がっているのです。
ブードゥー教における神と「ロア」
「ブードゥー」の意味については、本書では以下のように書かれています。澁澤龍彦によれば、ヴードゥーとは「瞑想 voo」と、「未知なるもの doo」という二つの単語を合わせたもので、瞑想によって真理を見極めるという意味だとされています。しかしロバート・ガバーー(Robert Gover)によれば「宇宙の創造者」という意味で、唯一なる神を表します。 『魔術師の饗宴』p.207ブードゥー教の考え方では、神は遠いもので、人間はその存在を実感できないとされています。
また、神も人間世界に干渉しません。
もしも神が人間と交流をする場合は、「ロア」という霊的な存在に形を変えます。
この「ロア」は、ブードゥー教にとって大切なキーワードです。
「ロア」は多神教でいうところの、神々にあたります。
しかし彼らは個別で力を持つのではなく、その力は、すべて唯一なる神、すなわちキリスト教の神に由来することが他の多神教と異なるところです。
ロアにはそれぞれ種類があり、たとえば、植物やジャングルのロアは「ロコ」、海や水の女神は「エルズリ」と、名前もさまざまです。
至上とされるロアは「ダンバーラ」といって、一般的に緑の蛇の姿で表されます。
簡単に説明すると、ダンバーラは天の星と地の万物を作り上げました。そして、恵みの雨を降らせた際に生まれた虹を妻にして、人間に宿る霊を生み出したのです。
霊はダンバーラのもとから来て、死後またそこに帰ります。ハイチの人々には、霊魂の輪廻転生は当然のこととして根付いています。
本書の著者は、このダンバーラ信仰のために、ブードゥー教が悪魔崇拝とされたのではないかと推察しています。なぜならば、キリスト教にとって、蛇は悪魔の象徴だからです。 もちろん実際のブードゥー教は悪魔崇拝ではありませんし、また、たとえば儀式に人間の生け贄を使うというような噂もまったくのデマです。 儀式の際は 黒い牝鶏や牛、山羊や羊など、他の宗教でも見られるように動物が使われます。
行政や司法まで司る?「ロアの神官」とは
一般人はロアに対して祈りを捧げることしかできませんが、その力を借りることができる存在がいます。それが「ロアの神官」です。
男性は「パパロイ」または「オウンガン」、女性は「ママロイ」あるいは「マンボ」と呼ばれます。
彼らは、ロアを体内に引き降ろして神と一体化し、ロアの力を発揮します。たとえば、火と戦争と家事のロアである「オゴウン」に憑依された者は、火に傷つけられません。
また、ロアの力を借りて、人間の魂を操作することもできます。
もちろん、個人的な意志や判断で邪悪な術を使うことは禁じられています。
人を害するための邪術を行う者は、「ボコール」と呼ばれ、オウガンやマンボとは区別されます。
ただし、悪を知らない善は悪に打ち勝つことができず、善を知らない悪も善に打ち勝つことができないという考えがあり、オウガンもボコールの術を使えます。
では、ロアの神官にはどのような役割があるのでしょうか。
以下に主なものをあげます。
【ロアの神官の役割】
・儀式での神がかりによる予言や助言
・国の内政
・犯罪者へ刑罰として術をかける
このように、ロアの神官たちは、ハイチにとって大変重要な役割を担っています。
彼らは教団もしくは結社といった組織を作っており、社会福祉はおろか、行政や司法をも司り、生活の多くをとりしきります。
対外的・表面的な政府は別にあるものの、内的な政府はこの結社です。
普通、神官が使うブードゥー教の術は、犯罪者への刑罰として使われます。
これについても個人の独断ではなく、すべて裁判により決定されます。
つまり間違った噂で聞くような、野蛮な組織ではないのです。
むしろこの結社の存在によって、秩序が保たれているというわけです。
ブードゥー教の術と「ゾンビ」の関わり
ブードゥー教の術について、もうすこし踏み込んでみましょう。ブードゥー教では、霊魂は4つの要素で構成されていると考えられています。
そのひとつに、個人の人格を形成するもの、魂の本質を意味する「ティ・ボナンジュ」という霊魂があります。
ティ・ボナンジュを操作することによって、その人間を不快にしたり病気にしたり、逆に治療したりできるのです。
ロアの神官による犯罪者に対する刑罰はさまざまですが、重いものには「クー・プードゥル(粉の術)」というものがあります。
この術では、薬剤や毒によって人を害したり殺したり、仮死状態にしたりすることができます。
そして、そのなかでも極刑にあたるのが、「ゾンビ」です。
人間をゾンビにするには、まずはその人のティ・ボナンジュを捕らえます。神官はそのために、フグ毒で有名なテトロドトキシンの粉をその人のよく通る場所に撒いておきます。この毒は猛毒で、すみやかにその人を死に導きます。
その後、埋葬された死者を掘り起こして、さらに術をかけます。
生命活動を断たれた人のティ・ボナンジュは、墓や死体のまわりに漂っており、神官はそれを捕まえて壺のなかに封じ込めます。
ゾンビには、ティ・ボナンジュがないため、意志がありません。
神官は呪術を用いてゾンビに命令を下し、奴隷として使うのです。
つまり、ブードゥー教におけるゾンビは、最大の罪を犯した犯罪者であることを表します。 映画などで見るように、感染したり、また召還されたりするゾンビとはまったく別のものだと考えるべきでしょう。
以上、ブードゥー教の特徴とその術について、簡単にご紹介しました。
何かと悪いイメージが先行しがちな宗教ですが、新しい発見は得られたでしょうか?
本書で紹介している明日使える知識
- 呪術の歴史
- ドルイドの魔力
- ヨーガの超自然的能力
- 仙人とは何か
- 神より伝授された秘法、カバラ
- etc...
ライターからひとこと
ブードゥー教の真の姿は、神や霊魂といった目に見えないものへの畏敬にあふれています。それはわたしたち日本人がいつの間にか忘れてしまった、原始的な自然への信仰心と重なるように感じます。本書では他にも、ブードゥーの儀式の詳細や術についても紹介されています。奥深い思想は、西洋のスピリチュアリズムにも通じるものもあり、興味深いですよ。