華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。
とはいえまともに剣すら握ったことのない者が、命がけの冒険なんてできるわけもなく、高価な装備を集めたところで、モンスターの胃袋に収まるのがオチでしょう。
だけど武勇伝が作りたい。
そんなときは〈武勇伝代行業〉に依頼するのがオススメです。
☆
「ヴァレリーくんっ! 大丈夫かっ!」
バジリスクに吹き飛ばされたわたしを見て、ロバート様が声をあげました。
幸いにも致命傷にはいたらなかったものの、肋骨が何本かやられてしまったようです。
「ひとまず撤退しましょう! このままでは勝ち目がありません!」
鈍い痛みに悶絶しつながらも立ちあがり、岩陰からクロスボウで援護しているロバート様に指示を出します。
わたしはもはや満足に戦える状態ではありませんし、ど素人のロバート様だけでバジリスクを退治するというのは、あまりにも無謀というものです。
「回避に専念してバジリスクを引きつけます。その間にお逃げください」
「しかし……っ!」
「心配は無用です。あとから合流いたしますので」
嘘でした。
なにせ肋骨が折れているのですから、すぐに体力が尽きてしまうでしょう。
不幸なアクシデント――いえ、悔やんでも悔やみきれない痛恨のミス。
ならば命を賭けて尻ぬぐいするほかありません。
自分は無理だとしても、ロバート様だけは逃がしてさしあげなければ。
だというのに、
「うおおおっ! 今こそ我が武勇の見せどころ!」
彼は得物を剣と盾に持ちかえると、バジリスクめがけて突っこんでいきました。
強引に押しのけられたわたしは、思わず叫んでしまいます。
「……撤退の指示は絶対ですと言いましたよね!」
「こちとら武勇伝を作りにきたのだぞ。ならば逃げるなどもってのほか――おっと!」
「ぎゃあ! よそ見しないでください! 怖くないんですか!」
バジリスクの攻撃が迫る最中で、わざわざこっち見て話す必要がどこにあるのでしょう。
とはいえやたらと剣の腕を自慢していただけあって、思いのほか善戦しています。
そのうえロバート様はわたしに向かって、
「ハハハ。恐れる理由などない。いざとなれば君になんとかしてもらうのだからな!」
ひどい無茶ぶりでした。
しかしそこまで言われてしまったのなら、ご期待に応えるほかありません。
「……しばらく時間を稼いでください! その間に打開策を見つけてみせます!」
わたしはロバート様を背にして、一旦その場から離れます。
大樹の根元――ぽっかりと空いたうろに向かって。
このとき頭によぎっていたのは、数あるバジリスクの逸話の中でもとくに信憑性の低い、ともすれば笑い話にすらならないような、とびっきりの与太話でした。
『――バジリスクはイタチに弱く、その巣穴に放りこむと共倒れになって死んでしまう。彼らの悪臭はバジリスクにとって致命的な毒となるのだ』
はじめて聞いたときは「なんじゃそりゃ」と思ったものですが、手段の乏しい今となっては頼みの綱にするほかありません。
そう、わたしが求めたのは悪臭を放つイタチの置き土産。
地面が硬く埋めるのが億劫だったので、空き瓶に詰めて捨ておいたのです。
「一か八か……与太話に賭けてみましょう!」
イタチの糞が詰まった瓶をうろから拾いあげると、きびすを返して戻ります。
するとちょうど、高らかな声が響き渡りました。
「我こそはロングレッド家の次男ロバートなり! 悪名高きバジリスクよ、相手にとって不足なし! 今こそ成敗してみせようぞっ!」
剣を構えて口上を述べるさまは、怖れを知らぬ英雄のようでした。
しかしその声はわずかに震えていて、ロバート様が決して分別をわきまえずに蛮勇をふるっているわけではないことを、はからずも察してしまいます。
もはや武勇伝をねつ造する仕事、ではありません。
依頼主さまが称賛されるべき勇気を示してくださるのなら。
ならばこのヴァレリー、その行いをまことの武勇伝に仕立ててみせましょう。
「ロバート様! どいてください!」
「承知!」
ボタンのかけ違いが多い旅路でしたが、このときばかりは以心伝心。
バジリスクがアゴの一撃を放とうとした瞬間、ロバート様は横っ飛び。
そこにちょうどわたしの投げた瓶が、大きく開いた口に吸いこまれていきます。
「――ギョバアアアアッ!」
悪臭を放つ糞の詰まった瓶です。
致命的な毒にならなかったとしても、一時的に動きをとめることはできるはず。
わたしとしてはその程度の目算でしたが、思いのほか効果ありとみえて、バジリスクは苦しげにのたうちまわります。
今こそ武勇伝を華々しく飾るべく、最後の一撃をお見舞いするとき。
ロバート様も当然そこは心得ていたのでしょう。
剣を力強く振りおろすと、
「これぞ我が必殺の奥義! ロバートファイナルインパクト――あ」
……刃がぽっきり折れてしまいました。
決めゼリフの途中でしたのにねえ。
しかしバジリスクは本当にイタチの臭気に弱かったらしく、しばらくもだえたあと、そのまま動かなくなりました。
こうもあっさり倒せるなら、ただの与太話と決めつけず、まずは試してみるべきだったのかもしれません。
それはさておき、
「ええと……折れた剣は一応、バジリスクの額にぶっ刺しといてください」
「お、おう」
釈然としていない様子のロバート様がおかしくて、思わず吹きだしてしまいます。
見事なオチもついたことですし、武勇伝としては申し分ないのではないでしょうか。
わたしがそう言うと、彼も苦笑いを浮かべました。
☆
後日。
わたしが王都にある自宅に戻り、バジリスクから受けた傷を癒している間。
ロバート様は社交界でめきめきと頭角を表しているようで、たまにその名を小耳に挟むことがありました。
そしてようやく療養から復帰しようというころ、彼からのお手紙が届きました。
――親愛なるヴァレリーくんへ。
君と過ごした時間は短かったけど、冒険の記憶は昨日のことのように思いだせるよ。
対象をよく調べ、入念に観察し対処する。
あのときの教えを実践したおかげで、若輩の身ながら周囲から認められつつある。
本当にありがとう。
君は武勇伝以上に大切なものを、このロバートに授けてくれた。
……わたしは読みながら、不覚にも涙ぐんでしまいました。
あのときは肝心なところで大失敗しましたし、とても満足にご依頼をこなせたとは言えません。
それでもロバート様がなにかを得られたのなら、これほど嬉しいことはないでしょう。
おまけに文面の最後にあとから付け足したように、
――できることならもう一度、君と冒険をしてみたいのだが。
はて、新しいご依頼でしょうか。
そう思いかけたとき、お手紙の間から、ひらりとなにかが舞い落ちました。
慌てて拾いとってみると、それは王都で大流行中の、演劇のチケットでした。
しばらく考えたすえ、わたしはようやく彼の意図を理解します。
「なるほど……。こういうふうに女性を誘うことも覚えたわけですね……」
年下のくせに、ずいぶんと背伸びしたものです。
むしろ小癪なやり方に染まりすぎぬよう、きつく言い聞かせるべきかもしれません。
なんてことを思いつつ。
わたしは鼻歌を歌いながら、ドレスを新調するべく外へ出かけるのでありました。
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