はあ? おまえ、本気で言ってんの?
へんな扉? があって、開けると鎧の店があるって?
ハイハイ。もーちょっと面白い設定考えよーな?
そして妄想と現実は分けよーな。
本気で異世界転移 に備えて鎧とか用意してるとか、鎧の店探してたら不思議な扉が現れて~とか、いくら俺らがリアル中2でも、マジで言ったらひくわー。
正直よく俺も考えるよ。授業中とか暇だよなー。
おまえ何系? チーレム系? 内政系? そそ、ムダ知識サイトとか見ちゃうよな。
いや、ちがくて。
もしホントにあったとしたらぜーったいあやしいヤツだね。詐欺とかマフィアとか。よくてテレビかなんかだよ。
そして何で探すのが鎧の店なんだ? ふつー武器だろ。それか魔法とかスキルとかさー。
鎧とか地味すぎ。
今から? 行くわけないだろ。金ないし。っていうか、ホントに異世界なんてないって言ってんの。
ってこれ? ナニコレ? はああああ?
まて、まってくださいうわバカ開けんなっ……
目次
1軒め 古代の防具やさん――古代の西洋の代表的な鎧
ああん? また小僧っこか。たまには美人なねえちゃんがこねえかな。まあ適当に見てけや。
金がねえ? 安くあげたいってんなら「ブレス・プレート」だな。
ブレス・プレートはあれよ、昔も昔、古代メソポタミアとかの大昔からあるやつでさ、胸だけプレートで守っときゃいいってやつ。
人間、どこやられたら死ぬかって言ったら、まず頭だろ。で、そっちは被り物で防ぐとして、体守るとしたら大事なのは心の臓だろ。胴体はでかくて敵も狙いやすいしな。
まあ、ブレス・プレートったって、木の板のやつとか、革のやつとか、鉄板のやつとかいろいろあるぜ。前だけでなく背中側にもついていたりな。それは予算に応じてだな。
それじゃ怖いってんならこれだな。青銅製の古代ギリシアの鎧だが、首から股までがっちりガードするやつから胴体だけのタイプまでいろいろあるぜ。さらに足とか腕とかに別にパーツも付けて、盾でも持つのよ。そしたら完璧だろ。
ああ、おまえら戦車とか乗んのか? 乗んねえならこの鎧は重すぎて無理だな。
歩いて戦うやつは、これじゃとても移動できねえんだよ。軽くするってんなら、青銅じゃなくて布で作った「リネン・キュラッサ」ってのがあるぜ。布製だが、太ももまでカバーされてて、そこそこ防御力はあると思うぜ。古代ギリシアがローマになっちまうまでは、あそこの兵士はこれがメインだったからな。
ああ、この辺りは古代ローマの鎧だ。あいつらは身軽に動くことが大事だから、そんなに重い鎧は使わなかったな。
最初に使ってたのは「ロリカ」だな。
ローマに王様がいたころに兵士が着てたやつでさ、革製でこう、体にぴったりフィットするやつ。しかも表面はムキムキの筋肉の形になってんのよ。ガチムチマッチョに見えるようにさ。王様がいなくなるころには、士官とか、ちょっとえらいさんの着る鎧になってたな。
んで、次に使ってたのは「ロリカ・ハマタ」な。
こいつは金属の輪っかをつないだチョッキとかシャツみてえな形の防具でな、ローマの正規軍に使われなくなっても周りの国では使ってたな。
んで、紀元1世紀中頃からローマ帝国の最後まで正規軍が使ってたのが「ロリカ・セグメンタータ」だ。
セグメンタータは「断片」の複数形でな、肩と胴に沿うように長方形の金属板を幾つも曲げて繋げて並べたやつ。んで、股の前にも鉄板を垂らして急所を守るんだよ。馬に乗るやつ以外はみんなこれ着てたな。
革にちっちぇえ鉄板とかを鱗みてえに縫い付けるやつだよ。
ヒッタイトやアッシリアの時代のものは板の上下を縫い合わせたやつで「ラメラー」だとか、ビザンチンやフランク王国のものは金属の小札を付けたやつで「ジャザラント」とか、細かく言うと種類はいろいろあるがな。
古代ギリシア、ローマじゃあ軍旗を持つ特別な兵士とか士官とかが着てたっていうから、目立つことは目立つんだろ。なんか、日本の鎧にもそんなのあったな。
まあ、あれだ。「人」を「守る」って考えたら、どこでも同じような結論になるんだろ。
ん? ああ、いいぜ、買わなくても。
次に来るときは美人なねえちゃんもつれて来いよ。
2軒め 中世の防具やさん――騎士全盛時代の鎧
はあ、そうですねえ。ここにあるのは、十字軍のころの騎士様たちが着ていた鎧ですね。
どれもチェーン・メイルじゃないかっておっしゃられましても……ほんとにみなさん、10~15世紀ぐらいの間、ずーっとこれ着てらしたんですよ。
チェーン・メイルは刀剣類の攻撃を防ぐには有効ですからね。
でも、殴られる衝撃は防げないので、この下に「クロス・アーマー」を着るんですよ。
布団みたいに綿が入ってる布の鎧ですね。「アクトン」とか「ジポン」とか種類はいろいろありますよ。
騎士様はこのクロス・アーマーを着て、チェーン・メイルを着て、上にワンピースみたいな外衣の「サーコート」を着るんですよ。大変ですねえ。
ええ、そうですそうです。古代ローマの「ロリカ・ハマタ」もチェーン・メイルの一種ですね。
もともとはケルト人が作ったものらしいですが、ケルト人で着られたのはよっぽどのお貴族様だけだったみたいですよ。ローマ人は軍隊の兵士全員が着ていたのにねえ。
その後ローマ帝国がなくなってもあっちこっちで長く使われてましたね。
ロリカ・ハマタは腿ぐらいまでのチェーン・メイルですけど、十字軍のときに騎士様が着ていたのは裾の長い「ホーバーク」ってやつですね。
こいつは北方のノルマン人が入ってきたときに着ていたチェーン・メイルです。裾が長いとあったかいじゃないですか。だから北方で長いのが使われていたんでしょうねえ。で、十字軍の目的地の中東も、ほら、夜は冷えるじゃないですか。だから長いのがよかったんでしょうね。
でもさすがに動きづらかったのか、やっぱり裾はだんだんと短くなっていきましたね。
裾の短いチェーン・メイルは「ホバルジェオン」とか「ホウバルジェオン」って言うんですよ。短くなって足が出るかわりに、足にチェーン・メイルと同じ素材のやつをくっつけたり、履いたりしてましたね。なかには、頭からつま先までチェーン・メイルで包む人もいましたねえ。
お帰りですか。ええ、結構ですよ。次のお店はこちらの扉ですね。
またのお越しをお待ちしております。
3軒め 近世の防具やさん――西洋鎧の完成から終焉まで
なにい? チェーン・メイルより防御力が高い防具はあるかって?もっとガチガチにしてえのか。何と戦うか知らねえが、命は大事にしろよ。
んじゃ、これ着てみるか? 「コート・オブ・プレート」だ。チョッキの中に鉄板を入れてあるぜ。これをチェーン・メイルの上から着な。
あん? ボウダンベストみたいだって? そんなのあったか? ボウダン、ああ、防弾な。ずっとこっちで店出してたから忘れっちまったぜ。おまえらは「あの」扉から来てんだもんな。
ごつごつしてカッコ悪いって? いいじゃねえか、チェーン・メイルだけじゃあ止めきれねえ攻撃も防げるぜ。それが大事だろ。
ああん? この鉄板をキレイに並べた鎧はどうかって? この「ブリガンディーン」は、確かに見た目がイイが、こりゃパレード用よ。
もっと防御を固めたけりゃ、「プレート・メイル」もあるぜ。
胴だけじゃねえ、腕、肘、膝、脛なんかも鉄板を革バンドで付けてくのよ。膝あてが「パウレイン」、肩あてが「エーレット」だな。エーレットには紋章とか十字架とかも描けるぜ。パーツを複合するってんで「コンポジット・アーマー」とも言うな。
あっちこっちがバラバラでめんどくせえって? わがままなやつだな。
パーツをある程度一体化したやつもあるぜ。「プレート・アーマー」だ。着てみるか? ……よろよろしてんなあ。こいつは18~25kgってとこだな。こんだけ鉄板使ってりゃ、あたりまえじゃねえか。
プレート・アーマーはな、かの有名な百年戦争のときに登場したのよ。イタリアのミラノが本場でなあ。ミサグリア家って知ってるか? プレート・アーマーといえばあそこだな。世界中に代理店があったんだぜ。ミサグリア家のやつは、丸みがあって量産型で実戦的だったが、ドイツ式のやつは一点一点最高の技術を使って作られた手作りで、表面に打ち出しの線が入ってきれいなもんだったな。まったく、ドイツ人ってやつは職人気質だよな。でもよお、こいつもイングランドのロングボウ相手じゃちょーっと分が悪いぜ。
じゃあ防御力の一番高い鎧は何かって?
そりゃあ、「コンプリート・シュート・オブ・アーマー」、“完璧な甲冑”と呼ばれた「フィールド・アーマー」じゃねえかなあ。プレート・アーマーでは関節部分がチェーン・メイルだったがよ、こいつは関節部分まで金属で覆ってるのよ。
フィールド・アーマーっつうのは馬に乗るやつ用で、馬の鎧とペアなんだぜ。歩くやつ用は「コンバット・アーマー」だな。こいつの防御は鉄壁だ。でもなあ、これ、だいたい40kgぐらいあんのよ。プレート・アーマーでよろよろしてるようなやつには着られねえわな。
そんだけ重かったらさ、着て動ける時間とかも限られるだろ。そこで、自称「最後の騎士」とか言ってたマクシミリアン1世様が専用の工場で改良したのが、「マクシミリアン式甲冑」ってわけよ。みろよ。表面を波型に加工してあるんだせ。そうすると、薄い鉄板に強度が出て、しかも刃先を受け流す効果もある。よく工夫されてるぜ。もっとも、軽量化したって言っても35kgだけどな。ちなみに日本の伊達政宗所用と言われる「黒漆五枚胴具足」は、兜まで入れて22kg だぜ。
でもよ、こういう鎧が使われたのもマスケット銃のときぐらいまでだ。
17世紀の「キュイラッサー・アーマー」はな、マスケット銃に対抗するために、より鉄板を分厚くしたんだが、そうすると重量オーバーだってんで、下半身や可動部分の鉄板をできるだけとっぱらって、胴と腕、下も膝ぐらいまで、それも前側だけにしたんだ。
んで、キュイラッサー・アーマーからさらに肘とか肩の鉄板を減らして「カラビニエール・アーマー」に、さらにイギリスでは胴体のみになって「アークゥィバス・アーマー」になったんだ。
こいつらは騎兵用だな。
アークゥィバス・アーマーはクロムウェルの軍隊とかが使ってたな。左手にだけでっけえ籠手の「ゴーントレット」を付けて、盾みてえに使ってたのよ。
しかし、マスケット銃がライフルになると、それも終わりさ。
そもそも「鎧を付ける騎兵」ってものがいなくなっちまったからな。んで、鎧は使われなくなっちまったってわけさ。
ん? ああ、帰んのか。まあ、気に入った鎧があればまた来てくれ。
お帰りはこっちの扉だぜ。間違えんなよ。変なとこ入ったら帰れなくなるぜ。
ここは……元の道……か?
あった、な。鎧の店。
ああ、俺が、悪かった。
世の中不思議なことがあるもんだなあ……ってそれですむかよ!
なんだよあれ! どこだよ!なんで帰ってこれてんだよ!
ああ、ダメだ。とりあえず帰るわ。
混乱しすぎて……ああ、また明日、学校でな。
それまでに今日のこと、考えとくわ。
っていうか、あの鎧、全部値段ついてなかったな。
いくらかぜんぜんわかんねーんだけど。
っていうか、円使えねえだろ絶対。
◇◇◇
参考資料:『武器と防具 西洋編』(市川定春 著)
※他の鎧の説明も見てみたい、図付きで見てみたい、もっと詳しく知りたいという方は、ぜひ本書を手に取ってみてください!
- 古代ギリシアの鎧
- ハーフ・アーマー
- パレード・アーマー
- トーナメント・アーマー
- etc...