特殊部隊とは、通常の部隊では手に負えない「特殊なケース」が発生した場合に備えて作られた部隊です。問題を解決するためには、敵地深くにパラシュートで降下したり、潜水艇を使って水中から忍び込んだりすることもあります。見る人によっては、戦闘のみに特化した、マシーンのようにも映るでしょう。しかし特殊部隊の任務は、マシーンではつとまりません。実は「人の心」が重要になる任務が多いのです。
『図解 特殊部隊』(大波篤司 著)では、特殊部隊の役割や特殊部隊の装備なども紹介しています。今回はそんな特殊部隊にも、「人の心」が重要な理由についてお話します。
目次
特殊部隊と心①-「人の心」が求められる任務
特殊部隊の任務には、暗殺や誘拐といった大きな声では口にできない任務も含まれています。法律で禁止されている銃器や装備などを使用しているケースも少なくありません。そのため「公式」には、特殊部隊の存在や、彼らに課されたダーティーな任務を認めていない場合もあります 。認めないことで、非合法な任務や危険な装備などの問題も知らないとしているわけです。
ただし近年では、特殊部隊について対テロリストを主任務とする秘密部隊として、認めることもあります。特殊部隊の存在を公にする代わりに、具体的な編成や装備などの情報を制限することによって「敵」に事前の対策を取られないようにし、情報の少ない相手とは戦いたくないと思わせることが目的です。
そのような特殊部隊ですが、任務が全て非合法なものというわけではありません。代表的な任務として、軍隊系の特殊部隊の行う、民心獲得工作があります。 民心獲得工作とは、作戦地域周辺の民衆や有力者を味方につけるための任務です。地元の地形や気候の変化など、地元民しか知らない情報を教えてもらうことが主な目的になります。敵対的なゲリラ勢力に対する牽制にもなりますし、作戦地域の地盤を固めるためにも、重要な任務のひとつなのです。 民心獲得工作では、非合法な手法を使うことはできません。現地の人々の信頼を得るために、「人の心」での対応が必要になります。
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特殊部隊と心②-民心獲得工作の難しさ
民心獲得工作は、頭で考える以上に難しい任務です。こちらが相手を見ているのと同時に、相手もこちらをつぶさに観察していることを忘れてはいけません。加えて、こちらには守らなければならないルールがあります。礼節、宗教、しきたりなど、全てを相手に合わせる必要があるのです。もし失敗すれば、民衆 の信頼を得られないだけではなく、復讐されることもあるでしょう。
実際に民心獲得工作において、問題が発生した例があります。イラク戦争以降の中東にて、特殊部隊の男性兵士がイスラム女性に接触したことが宗教的にタブーに触れ、特に女性の人口比率の高い地方集落で 地元住民の抵抗や反感を招く結果となったのです。そこでアメリカ軍は「CST(Cultural Support Teams、文化支援チーム)」という女性部隊を結成、特殊部隊をサポートしました。この部隊がなければ、村の信頼を得ることはできなかったかもしれません。
民心獲得工作が成功したにも関わらず、国際情勢の変遷により、その後仲良くなったはずの相手が敵に回り、戦うことになったケースもあります。2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロでは、タリバンがアメリカに対し牙をむきました。このタリバンを、かつてアメリカはアフガニスタンにて行っていた民心獲得工作で、支援していました。 このように民心獲得工作は、必ず上手くいくというものではありません。その場では仲良くなっていても、敵に回るケースもあります。これらのリスクも踏まえた上で、軽蔑などの負の感情を表に出さず、「人の心」をもって地元の人と接する。これが民心獲得工作の難しさです。
特殊部隊と心③-警察系の特殊部隊での「人の心」
警察や内務省といった、国内の治安維持をつかさどる組織内に設けられる警察系の特殊部隊においても、「人の心」は重要になります。元々警察系の特殊部隊は、その性質から都市部での行動が多く、コミュニケーション能力は不可欠です。特に「犯人との会話」は、警察系の特殊任務の中で、最も「人の心」を試される任務のひとつと言えるでしょう。この背景には、警察系の特殊部隊では軍隊系の特殊部隊のような、超法規的な行動が許されないという事情があります。「難しい作戦だから多少の犠牲はやむを得ない」と強弁することはできません 。そのため「犯人との会話」専門のチームを設けている部隊さえ存在します。治安の維持を目的としてつくられた組織なだけに、犠牲者をだすわけにはいかないのです。 こうした状況に対応するためにも、警察系の特殊部隊でも「人の心」が必要なのではないでしょうか。
本書で紹介している明日使える知識
- 女性は特殊部隊に入れるか?
- 民間軍事会社とはどんな組織?
- 外人部隊はあらくれ者の集団?
- 特殊部隊の隠れ家「セーフハウス」とは?
- 特殊部隊は装備も特殊?
- etc...
ライターからひとこと
特殊部隊と言われると、銃器を構えていたり、盾で身を守っていたりと、戦闘のシーンをイメージする人がいるかもしれません。そのイメージは決して間違ったものではなく、特殊部隊の持つ側面のひとつではあります。しかし特殊部隊は、戦闘のためだけに存在しているわけではありません。民心獲得工作や犯人との会話など「人の心」が重要な任務も、忘れてはいけない特殊部隊の、もうひとつの顔と言えるでしょう。本書には、特殊部隊の隊員には「人の心」も重要な理由だけでなく、特殊部隊はなぜ秘密にされるのか、部隊名はどうやってつけられるのかなど、特殊部隊について様々な角度から紹介されています。