第1回:『ディプロマシー』と『幼女戦記』で学ぶ地政学
書き手:朱鷺田祐介
本連載はゲーム、小説、コミックなどで世界の創作者(ワールドクリエーター)になる人に役立つ本を紹介していきたいが、まずは、歴史にまつわるものから始めていきたい。
では、歴史を学ぶにはどうすればいいか?
まず、特定の時代に興味を持ち、それを調べてみようという気持ちを持つことだ。例えば、私の幕末知識は新撰組への興味から始まっている。新撰組の隊士を巡る状況から広がって、長州や薩摩、幕府側の諸藩などの話を少しずつ読んでいった。
目次
■『ディプロマシー』というゲーム
現在、私はバンタンゲームアカデミーで非常勤講師をしている。ゲームクリエーターの学校である。通年の授業もあるが、1年の前半は、ゲームの基礎理論を学ぶためにアナログゲームを順番に体験してもらう授業をしており、ちょうど6月は戦略級シミュレーションとして、外交戦ゲームの傑作『ディプロマシー』を2週間かけてプレイした。『ディプロマシー』は、1950年代中盤にアメリカのアラン・B・カマーがデザインし、1960年代初頭から名門アバロンヒル社の主力商品のひとつとして広く販売された。日本でもホビージャパン社より輸入販売されており、2008年には50周年記念版が発売された。
舞台となるのは20世紀初頭、1901年からのヨーロッパである。第一次世界大戦前夜と考えてもらいたい。この帝国主義の時代、ヨーロッパの覇権を巡って、7つの大国、大英帝国、フランス共和国、ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、ロシア帝国、オスマントルコ帝国、イタリア王国が相争うというゲームである。
感覚としては、アニメ化もされた『幼女戦記』の世界もモデルと思ってもらえるとわかりやすい。それぞれの国はこういう特徴を持つ。
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大英帝国:伝統的な海軍国。守りやすいが、大陸本土への進出が課題。宿敵フランスが目の前にいて邪魔。
フランス共和国:唯一の民主主義国家。西側最強の国であるが、長年の宿敵イギリス・ドイツが目の前にいる。
ドイツ帝国:駒が黒くてカッコイイ中央ヨーロッパの大国。ナチスではない。ロシアとフランスに囲まれて苦戦する。
オーストリア・ハンガリー帝国:ハプスブルク家が支配する東欧の貴族国家。ロシア・ドイツ・トルコに囲まれている。
ロシア帝国:でかくて強い。ただし、国がでかすぎて連携が困難だったり、海軍が役立たずだったりで悩ましい。
オスマントルコ帝国:唯一のイスラム勢。上にロシアがいなければ、色々楽ができそうなのに。上にロシアがいなければ。
イタリア王国:歴史が古そうに見えて、王国としてイタリア半島が統一されてから10年足らずの新興国。ゲーム的には最弱で、人数が足りなかったら、まず外せと言われるほど。確実に得られる領地がアフリカ大陸のチュニスだけとか救いがない。
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ヨーロッパ全土という大きなスケールを扱うため、戦争の細部は簡略化され、ゲームの焦点は外交と戦争に向かうのだが、実際に遊んでみると、歴史と地理の関係、外交や政治の難しさを実体験として学ぶことが出来る。
これを遊ぶにあたり、クラスを6カ国に分けて、クラス全体でプレイする。最弱のイタリアは講師が担当し、交渉とプレイングの見本を兼ねて、謀略を持って各国から領地を掠め取り、四方に喧嘩を売るが、これは滅亡コースでもある。イタリアが滅びに近いほど、授業的には成功である。
■バルカンの火薬庫
このゲームの勝利条件はヨーロッパの覇権を握ること(=すべての補給都市の半数(18)以上を支配すること)であるので、まず、序盤の動きとして、周辺の空きエリアの征服から始める。ところが、それぞれの国の配置上、軋轢が起こらずにはおれない。わかりやすいのが、ロシア、トルコ、オーストリア=ハンガリーの間に位置するバルカン半島である。ここにはルーマニア、ブルガリア、セルビア、ギリシアの4カ国があり、1年目、ロシアがルーマニアを、トルコがブルガリアを、オーストリアがセルビアを征服するところまでは定石であるが、ギリシアが余る。
1カ国ぶんの支配権の差は後々大きな差分となるため、ここの領有権で揉める。地中海へ出る海軍基地としても最適な場所なので、互いに相手には渡したくない。ずっと懸案になる。 その結果、ここから戦争が始まる。いわゆる「バルカンの火薬庫」であり、この地域で、オーストリア皇太子が暗殺されて第一次世界大戦が始まるのは、まさに必然と言える。
まあ、イタリアはそこにつけこんで、ギリシアをかっさらい、トルコを抑えつつ、オーストリア=ハンガリーの解体へと向かい、フランスのすきを突く電撃戦でマルセイユに攻め込んで動きを止めたりもする。
『ディプロマシー』をプレイすると、この他、バルカン問題と同様に、ロシアが外洋への欲求をもたらすこと、ドイツとフランスの歴史的軋轢などが実感できる。 後にイタリアとドイツが手を組むのもフランスとの関係からである。こうした地理配置が戦争など歴史の流れに影響することを地政学というが、『ディプロマシー』をプレイすることで、自然と地政学に基づく政治や外交の考え方が理解できるようになるのである。
さらに、交渉、命令文書の発行、軍隊行動の実施という流れを組むことで、政治家と外交官を支援する官僚が何をしなければならないかも分かる。
私が担当したイタリアの場合、謀略戦(というか、はったりと裏切りによるだまし討ち)を展開しすぎるため、各国から警戒され、最後には国際会議に呼ばれなくなる。 想定範囲なので、これを避けるために、交渉になると、まず、各国に挨拶をする。必ず声をかける。会話をする。敵であるから声をかけないではなく、敵だからこそ声をかけ、会話によって相手が取るだろう作戦の情報を収集し、攻撃的な動きを牽制し、全体の推移を自軍に有利に(あるいはできるだけ不利にならない方向へ)誘導する。
これをやっていると、首相が国際会議で談笑するのも仕事なのだとよく分かる。ここで会議の中にいることは重要なのだ。逆に、会話を辞めてしまうと、外交謀略で誤魔化せなくなるので、攻性防御で相手の動きを牽制するしかなくなってしまう。ミサイルを撃ちたがる北朝鮮が今、この状態である。
ちなみに、アバロンヒル社はこの『ディプロマシー』をハイスクールの社会の教材として販売していたという。これは政治感覚の違いが出るというものだ。
■復習予習は『幼女戦記』で
今年はさらに『ディプロマシー』の教育効果が上がっている。アニメ化で知名度が上がった『幼女戦記』を見ることで、まさに『ディプロマシー』で学んだことがより深く理解できるのだ。『幼女戦記』は異世界転生物で、その世界は魔法が軍事転用されているが、第一次世界大戦に似た近代帝国主義戦争の時代で、地形もほぼヨーロッパである。 主人公が属する帝国はドイツの位置にあり、レガドニア 協商連合の政治パフォーマンスを兼ねた領有問題の係争地、ノルデンへの国境侵犯を撃退したことから、周辺国家との戦争に巻き込まれ、戦争は世界大戦へと拡大していく。
フランスにあたる西側の共和国 とのライン戦線は第一次世界大戦の塹壕戦を思わせる。
オーストリアにあたるのはダキアだが、これは第二次大戦のように、帝国航空魔導大隊の電撃戦であっけなく陥落してしまう。 帝国の拡大を嫌った連合王国(イギリス相当)が北方戦線に干渉、共和国を支援する。
アニメ版は前半戦で終わるが、小説ではその後、ロシアに相当する連邦が登場、ドイツにとって鬼門の冬将軍が暴れる他、イタリアに相当するイルドア王国が友達面して、調停を提案し、どさくさ紛れに領地を奪還しようとする。
実に『ディプロマシー』的で楽しい。合わせて見ると、さらに趣深いのである。ぜひ、お試しあれ。
ワールドクリエーターのためのファンタジーブックガイドシリーズ
第1回:『ディプロマシー』と『幼女戦記』で学ぶ地政学
第2回:地形から始まる古代史展望 ~『アースダイバー』から『ブラタモリ』へ~
第3回:明治維新を人材面から読む:榎本武揚と飯田橋の牧場
第4回:戦国日本へたどり着いた宣教者イエズス会