一口に妖怪といっても、人との関わり方は様々です。神様のように人間を見守る妖怪がいれば、悪魔のように取り殺す妖怪もいたり、ただ近くに居るだけで特に害も益もない妖怪がいたりします。その中でも特に人と関わり深いのが、「イタズラ好きな妖怪」です。パッと思い浮かぶ代表的なものは、そのほとんどが、殺すまではいかないまでも、驚かせたり困らせたり、なにかと人間に対してちょっかいを出す妖怪でしょう 。
では、そんなイタズラ好きな妖怪の中でも、一番のイタズラ好きは誰でしょうか? 『幻想世界の住人たちⅣ<日本編>』(多田克己 著)の中にも、イタズラをしかける妖怪が多数紹介されています。今回は主な生息エリアを「家」「空」「水」に分けて、それぞれの代表的な妖怪を本書の中から紹介したいと思います。
目次
「家」に棲む妖怪代表、可愛いけれど困ったお子様
家に棲むイタズラ妖怪の代表といえば、座敷童ではないでしょうか。 座敷童は、幼い子供の姿をした二人組の精霊です。彼らの行動は子供そのもので、はしゃいでいるような足音を立てたり 、たまに仲間同士でケンカしたりします。イタズラもどこか子供っぽいものが多いようです。
土蔵にあったはずの食器が、別の場所や別の家の棚に運ばれていたり、食事中に棚の食器を落としたり(何故か食器にリスのような歯跡がついていたりもしました)するのです。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.379しかし、無邪気なだけで無害とは言い切れません。 家主の健康を損ねてしまうほど、イタズラがエスカレートしてしまう事もあります。
寝ているときにイタズラされて睡眠不足になることもあります。たとえば枕を足のほうへ移動させる枕返しを手始めに、体をふとんの上から押し付けたり(ひどいときには呼吸できなくなります)、頭をたたいたり、懐に氷のように冷たい手を入れてきたりと朝まで眠らせてくれません。抵抗しても無駄で、あの手この手でイタズラしてきます。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.379というように可愛いだけでは済まされない面もあるのです。 でも「枕返し」は「可愛いだけ」の部類なのでは? と一瞬思いますが、そうではありません。
平安末期頃に書かれた『大鏡』では、寝ているときに霊魂が抜け出た場合、枕がないと正常に戻れないとして、枕返しには注意するよう記されています。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.384このように、「枕返し」は大変恐ろしいイタズラなのです。
しかしそれは、座敷童の歩く通路を塞いで怒らせてしまったからだという理由もあります。
足音はきまった場所から聞こえます。これはワラシの歩く通路が決まっているためで、人が知らずに通路の上で寝ていると、怒ってイタズラをされます。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.384またイタズラの中には家に降りかかる災難を知らせるものもあります。
大騒ぎして誰かが家を出ていく音がしたときには後で火事になったり、仏壇の香炉箱の灰に小さな足跡があったりすると、必ず家から死人が出ます。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.379このように家やその家族に降りかかる災難を事前に知らせるのも座敷童の特徴です。
さらに、福の神のように棲みついた家に繁栄をもたらしますが、座敷童がいなくなると没落してしまうので、家の主人や家族は彼らに出て行かれないように、ご機嫌をとろうとあの手この手でもてなします。イタズラをしても許すしかない、可愛いけれど困っちゃう面もある、まさに我が子や孫のような存在ですね。
「空」を飛ぶ妖怪代表、日本を操るトリックスター
天狗は山の主のような役割の妖怪です。なので、そのイタズラは自分たちの領域に不用意に入った人間に対する警告でもあります。深山に人間が侵入すると、いきなり大声で「ゲラゲラ」笑って驚かします。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.19
天狗は自分の棲む山に不浄を持ち込まれると、それを嫌って手痛い仕返しをします。ときには石礫ての雨を降らせて警告しました。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.19天狗の行うイタズラの特徴は「姿が見えない」ことです。天狗は様々 な神通力を持っており、それを駆使して自分の力を示すのです。特に得意なのは「幻術」で、姿を消して、人間に幻覚を見せたりや幻聴を聞かせたりして、五感を惑わせます。
何故このような力を持っているのかは、天狗と仏教の関係に深く関わります。
天狗は元々人間で、仏教の僧侶でした。仏教僧は、悟りを開き極楽浄土へ生まれ変わるため、毎日厳しい修行に励みます。
ところが自信過剰であったり、仏の道を誤り、邪心、愛欲の情、この世への執着があるまま悟り切れずに死ぬと極楽に行けず、魔道に墜ちてしまいます。この魔道を「天狗道」と呼び、生まれ変わりの姿も天狗になると信じられていました。『幻想世界の住人たちⅣ』p.11それでも、生前の行いが良かった僧は、他の修行僧を守護したり、山に来る人を助けたりする「善天狗」となり、行いの悪かった僧は他の修行僧を妨げて天狗道に誘い込む「悪天狗」となります。
善天狗の代表例は牛若丸(後の源義経)に武術と兵法を教えた「鞍馬天狗」です。知識を与えたり、武器のつくり方を教えたりして人々を見守ってきました。
鞍馬天狗のように人々を導く天狗ばかりであれば良いのですが、天狗の中には、時に「天狗さらい」という強引な方法を取るものもいました。
江戸時代の頃、子供が神隠しに遭うのは天狗の仕業とされました。どこかにさらっておいて、数ヶ月から数年たった後にひょっこりもとの家に帰すのです。さらわれた子供によると空をあっというまに飛んで移動し、日本各地の名所旧跡を見物させてくれたとか、色々な術や知識を教えてくれたなどと語ります。とても信じられない話ですが、実際そこに行かなければわからない事柄もすらすら話すのです。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.18そして悪天狗はさらにタチの悪い行いもします。元々が人間だったせいか、人間の権力争いを見るのが大好きなのです。
天狗はただじっと山にいたのではありません。人間の権力闘争に興味を持ち、戦乱が拡大し歴史の歯車が混乱してゆくのが楽しみでした。ある権力者が強くなり、日本が統一、平定されそうになると、そのたびに反勢力に味方して、終わることのない戦いを続けさせたのです。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.18こうなって来ると、もう「イタズラ」というスケールを超えているような気もしますが、天狗たちからすれば「イタズラ半分」なのでしょう。まさに日本史に暗躍する「トリックスター」と言えますね。
「水」を泳ぐ妖怪代表、恐ろしいけれど愛嬌がある?
河童のイタズラの特徴は、その怪力にあります。相撲の勝負をしかけたり、川にひきずりこんだりして、自慢の怪力を見せつけます。他にも姿を消すなどの超能力を持ち、特に恐ろしいのは人や家畜の体内に入り込み取り付いてしまう事でしょう。子供などが取り憑かれると、一日中川や沼を見つめ続け、最後には水に入って溺れ死んでしまいます。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.164河童は、座敷童や天狗のように積極的に人間へ恩恵を与えるような話はあまりありません。あっても、陸に出て捕まったところを逃がしてやったお礼や、悪さした所を懲らしめられ、お詫びの印に何かを与える、といったものがほとんどです。ときには「刀傷や接骨によく効く薬」くれる河童もいました 。
『 弥々子河童 』関東の利根川に棲む女河童で、子供や馬を水中に引き込んだり、生け簀の魚や畑の胡瓜 を盗み食いしたりと、かなりの暴れ者でした。しかしこの暴れ者も馬を水のなかに引き込むことに失敗して、侍に捕らえられてしまいました。このとき弥々子河童は、許してもらうかわりに切傷の妙薬を人に教えたともいいます。 『幻想世界の住人たちⅣ』p.173
河童は霊薬の処方に長けているといわれています。また、仲良くなれば魚を獲りやすくしてくれる河童もいるようです。
イタズラの範疇を超えた悪さも度々している河童。それでもどこか愛嬌のある妖怪のイメージがあるのは、やはり「こらしめられて反省する」という行動からでしょうか。ごめんなさいが言える子は、妖怪の童でも憎めないものなのかもしれません。
本書で紹介している明日使える知識
- 山姥
- 酒呑童子
- キムジナー ケンモン
- 天邪鬼
- 小豆洗い
- etc...
ライターからひとこと
イタズラをしかける妖怪にも様々な理由があります。そのなかであえて「妖怪界のイタズラ王」を決めるとしたら……。個人的な意見としては「河童」に一票を投じます。何故なら、座敷童子や天狗には、「進路の邪魔をした」「山を穢した」などの理由がありますが、河童には特に理由がありません。たまたま川で遊んだ、近くを通ったというだけで襲い、懲らしめられて反省します。これはまさに「イタズラ小僧」そのものではないのでしょうか。本書では、他にも全国各地の様々な妖怪が紹介されています。イタズラというテーマで絞っただけでも多くの妖怪がいますので、みなさんも妖怪界のイタズラ王は誰か考えてみるのも面白いかもしれませんね。