例えば、目の前に、いままで世界に存在した ありとあらゆる種類の刀剣があったとして、その中から、「好きなものを選んでいい」と言われたら、あなたはどれを選ぶでしょうか。
大きいもの、小さいもの、細いもの、太いもの……ポイントはいろいろあると思いますが、剣を「切るもの」と考えているあなたには、湾刀をおすすめします。
目次
湾刀とは? ご説明しましょう。知っている人はとばして下さい。
そもそも、刀剣の形は、大きく2種類に分けられます。刃の部分(刀身)がまっすぐなものと、湾曲したものです。
まっすぐなものは直刀、湾曲したものは、湾刀や曲刀といわれます。武士の刀、いわゆる「日本刀」も、刀身が反っているので、湾刀の一種です。
刀剣は種類が多いので、大きくまとめてしまうといささか乱暴になりますが、ざっくりと言って、直刀は「切る」ほかに「突く」といった用途に向いており、湾刀は「切る」用途に特化しています。湾刀でも、日本刀のように湾曲がゆるいものは半曲刀ともいわれ、「突く」用途でも使えるようになっていますが、「突く」ことを突き詰めると、レイピアのような、細く、まっすぐで、切っ先が鋭い刀剣になります。
よし、選ぶなら湾刀にしよう、と決断したあなたのために、今回は、世界の代表的な湾刀を、いくつかご紹介します。
ペルシア生まれの湾刀、ヨーロッパへ行く
代表的な湾刀といえば、「シャムシール」です。これはペルシアの湾刀で、英語ではシミター、日本語では、三日月刀と訳されたりします。14世紀の挿絵にも見られ、中世のペルシアの代表的な刀剣でした。シャムシールは「ライオンの尻尾」の意で、剣の柄 の先端が丸く突き出しており、ここは「ライオンの頭」と呼ばれます。
ペルシアでは、もともと直刀が使われていましたが、振り下ろして切る用途に適した変化
の結果、ゆるく湾曲した刀身の外側に刃があり、柄が刀身とは反対側に湾曲する形のシャムシールが生まれました。
このシャムシールは、近世ヨーロッパの騎兵が使う片手の剣、「サーベル」の起源の1つになったとされています。サーベルは、ヨーロッパ各国、広い時代で使われたため、形も様々です。直刀タイプもありましたが、シャムシールのような外側に刃を持つ湾刀タイプも広く使われていました。
サーベルは現在も、主に軍隊の儀礼用の服飾品として使われています。日本の自衛隊でも、式典などで、湾刀のサーベルを装備した姿を見ることができます。
また、ムガル帝国で使われた「タルワー」(タルワールと呼ばれることもあります)や、近世のトルコで使われた「キリジ」「カラベラ」もシャムシールと同じような、ゆるく湾曲した刃を持つ湾刀です。
タルワーもヨーロッパに渡りサーベルに影響を与えたとされています。キリジは「キリチ」としてロシア帝国のコサック兵連隊に使われたり、カラベラはポーランドの代表的な刀剣として知られるようになるなど、ヨーロッパで使われた湾刀の歴史には、遠く大陸生まれの出自を持つものが少なからずあったのです。
神話時代から見られるさまざまな 湾刀
シャムシールは中世の刀剣でしたが、それ以前から湾刀は広く使われていました。中国には、青銅器の時代から湾刀が存在し、主に南方の民族で使われていました。紀元前5世紀頃の呉の国で作られた湾刀が有名だったため、その後の時代の湾刀も、詩的な表現として「呉鉤(ごこう)」と呼ばれます。
湾刀は唐の時代に広く流行し、「柳葉刀(りゅうようとう)」は、その標準的な刀剣です。シャムシールよりだいぶ幅が広く、ゆるく湾曲した刀身が柳の葉に似ていることから、この名前で呼ばれます。創作などでよく中国のギャングが持っている「青龍刀」と呼ばれる刀剣はこの柳葉刀のことです。
ちなみに『広辞苑』で「青竜刀」をひくと、これとは違う刀剣の説明が見つかります。「柄の上端に青い龍の装飾を施した薙刀(なぎなた)形の刀」とあり、これは『 三国志演義』の関羽が使ったことで有名な、両手で振り回す大型の武器です。竜の装飾と月形の刀身から、「青龍偃月刀」とも言われます。
また、ルーブル美術館に収蔵されている、古代メソポタミアの英雄ギルガメッシュの像も、片手にナイフサイズの湾刀を持っています。
これは古代メソポタミアあたりで用いられた「コピス」(ケペシュとも呼ばれます)です。コピスは斧から発展したといわれる湾刀で、刀身の半ばから湾曲しており、横に振ることにより、盾を持った相手でも、盾を避けて攻撃できる効果がありました。エジプトやシュメールなど広い地域で使われており、切っ先は尖っていないので、突くことは考えられていません。
このコピスの末裔とされているのが、ネパールのグルカ族が使う「コラ」です。9~10世紀に生み出されたもので、湾曲の内側に刃がついており、切っ先 が平らで幅広く、真ん中が山形に尖るのが特徴です。この特徴的な切っ先は、振り下ろした際に威力を増す効果があります。
同じグルカ族が使う湾刀に、「ククリ」(グルカナイフとも呼ばれます)があり、こちらも幅広い湾曲した刀身の内側に刃がついています。ククリは勇猛で知られるグルカ兵の現役の装備品でもあります。
また、古い湾刀といえば、古代ギリシアの「ハルパー」もあります。刀身が極端に湾曲しており、内側に刃の付いた鎌のような形をした短剣です。鎌剣と訳されることもあります。ギリシア神話で、ペルセウスがゴルゴンの首を落としたのも、このハルパーでした。
アフリカ大陸における両刃の湾刀
これまで挙げてきた湾刀は、湾曲の外側か内側、どちらかにしか刃のない片刃の剣でしたが、湾曲の内側と外側、両方に刃のある両刃のものもあります。エチオピアの「ショテル」です。
レイピアを曲げたような、強く湾曲した細い刀身に、尖った切っ先を持っています。外側に刃があるので、直接切ることもでき、内側の刃では盾を構えた相手を、盾を避けて攻撃することもできます。歴史は浅く、ショテルという名前も19世紀のイギリス人冒険家ピアースによって命名されました。
同じアフリカ大陸で、スーダンやザイールの部族が使う「マンベリ」も、両刃の湾刀という点ではショテルと似ていますが、ショテルの刃が細いのに対して、少し幅広く、先端に鉤爪がついていたり、手元に突起があったりします。
本書で紹介している明日使える知識
- ブロード・ソード
- フランブルジュ
- バスタード・ソード
- ハンガー/カットラス
- レイピア
- etc...
ライターからひとこと
以上、湾刀のごく一部を紹介してみましたが、お気に召すものはみつけられたでしょうか。『武器と防具 西洋編』(市川定春 著) では、直刀はもちろん、ここで紹介しなかった湾刀も、まだまだたくさん紹介されています。もし冒頭のように好きな刀剣を選ぶ機会に恵まれたら、本書を一度じっくり読んでから選ぶことをおすすめします。火器全盛の今の世の中では、趣味品となってしまった刀剣ですが、火器がない、使えないとなれば、俄然頼れる武器でもあります。自分に合った刀剣を、ひそかに決めておくのも無駄にはならないかもしれません。