気配りのある作品造り2
前回は第5版の公式アドベンチャーでの"敵の事情"の作り込みについて紹介した。今回は性別や年齢の扱いを見てみよう。性別や年齢は、キャラクターの個性の重要な要素のひとつになりうるが、近年は人権意識の進歩に応じて、娯楽で架空を扱う作品・製品においても考慮すべき項目となっている。
D&D第5版の導入は「スターター・セット」で行うことが多く、プレイには作成済みのキャラクターを使ってもらう。その際にキャラクター・シートを見て「年齢と性別はどこに書くのですか?」と質問される人が大抵テーブルに一人はいる。
「スターター・セット」の作成済みキャラクター・シートには「年齢」「性別」の欄は設けられていない。あえて性別の区別をさせるのは、ヒューマン以外の種族の名前の例が男女別に挙げられていて、「この名前だから男性/女性」とできるくらいでしかない(個性を出すために、あえて反対の性別だとして「男だ/女だ!」と叫ぶ、という遊び方もある)。計算されるデータではないので、ゲームのキャラクターとしての能力に「年齢」「性別」は無関係だ。
同封のアドベンチャー「ファンデルヴァーの失われた鉱山」でも、依頼者のグンドレン・ロックシーカーはPCたちの性別によって態度や言うことが違うといったことは書いていないし、PCたちが若いから/年寄りだからどう、ということもない。「スターター・セット・ルールブック」にも「年齢」「性別」についての記述はない。
このことを『プレイヤーズ・ハンドブック』(以降"PHB")でも見てみよう。キャラクター・シートを見ると「年齢」の欄は2枚目の上寄りに欄がある。では、PHBで年齢をどのように説明しているかというと、P.17「種族的特徴」の項目説明に「年齢」がある。それは種族らしさとしての"成人年齢と寿命"と、能力値の高い/低いことのフレーバーでの理由のひとつとして扱うことができる、と述べられている。年齢が具体的なキャラクターの能力に影響することはない。種族ごとの解説でも「年齢」の項目は2~3行と短い。ほかには、P.121の「その他の身体的特徴」で"キャラクターの年齢、および髪、眼、肌の色を選ぶこと。"とあるだけである。それらはあくまで「その他の身体的特徴」であって、それらによるデータの差異はない。
性別はというと、同じP.121 に「性別」の項がある。短いので引用しよう。
男性と女性のどちらのキャラクターをプレイするにしても、そのことで特段の利益や不利益が生じることはない。より広範な文化における生物学的性別、社会的性別、および性的な振舞に関する先入観に対し、君のキャラクターがどのように従うか、あるいは従わないかについては考慮すること。例えば男性のドラウのクレリックはドラウの社会における伝統的な性的役割分担に反抗するものであり、それは君のキャラクターがドラウの社会を捨てて地上に向かう理由となりうる。
性別の別はデータとしての差異にはならず、ゲームの中での文化的なこととして考えるよう明確に書かれている。「キャラクターの詳細」の項の文中で、キャラクター・シートに記入欄がなくデータに影響がないのに「名前」の直後に「性別」が配置されている意味は重要に思われる。ランダム決定表を備えた「身長と体重」より前であり、「その他の身体的特徴」、秩序・混沌、善・悪、そして中立という「属性」よりも前なのである。
なお、『ダンジョン・マスターズ・ガイド』までを見通しても、罠や魔法で年齢に触れるものがほんの少数、登場するが、性別で処理を分けるものはない。もっと基本的なところで言えば、衣類・宝飾についての男女別もないのだ。
ではルールでなくアドベンチャー・シナリオではどうか。
まず『モンスター・マニュアル 第5版』と、アドベンチャーに独自に登場するクリーチャーの説明には、クリーチャーによっては風俗・繁殖の説明として男女の違いが解説されるクリーチャーもあるが、データ・ブロックには性別も年齢も項目がないので、ゲーム・データとしての差異はない。
前述の「ファンデルヴァーの失われた鉱山」をはじめとして、第5版公式のアドベンチャーの説明・解説などの文章において、年齢性別による対応・処理が異なる部分はない。
では、アドベンチャーの世界の内での設定ではどうかと言えば、ドラウは男性が性別で身分差別される社会体制であるが、それは悪しき文化であり、PCのキャラクターが反発するものとして用意されている。これは倒すべき悪役が邪悪であるのと同じ意味だ。一方で、NPCの反応で、DM向け説明として性別による別を書き分けているところはない。街のNPCは年齢性別関係なく接するし、共通語を理解するヒューマノイドの敵であっても、年齢性別に関する毒舌を発揮する者はいない(DMが悪辣さを増すために独自に加える悪口は別として)。
『大口亭奇譚』を見ると、「死の国サーイ」において様々な種族の女性NPCの数が他の収録アドベンチャーに比べてかなり多いことがわかる。このアドベンチャーは第5版のテスト版である「D&D NEXT」用に発表された、店舗イベント「D&Dエンカウンターズ」向けのもので、収録作ではいちばん最近製作されたものだ。
『魂を喰らう墓』では、依頼人をはじめナイアンザル港で紹介される名前のあるNPCや、半島の様々な場所で起きている事態の原因やリーダーにも女性NPCが多数いて、探索の情報のキーとなるNPC(某ばあや、登るのが大変な高所にいるソージャ・ナバーザ、歳降りたアーラコクラの長、レッド・ウィザードたちや指揮官)や、船の船長、海賊の一味、蛇人間の高位司祭にも女性NPCが設定されている。
『ウォーターディープ ドラゴン金貨を追え』においては、ウォーターディープの公開執政官、覆面執政官、法務官、都市警備隊員、ブラックスタッフ、ハーパーの要人、貴族家を取り仕切る夫人といった権威・権力を行使する立場の女性も多数いるし、その中には地位だけでなく、データ・ブロックにある脅威度が高い、立場にふさわしい実力通りのデータを持つ者もいる。ドラウのグループは男女混成だ。NPCでヒューマンだけでなくハーフリング、ティーフリング、シールド・ドワーフ、ロック・ノームといった種族の女性も登場する。同性同士でカップルと設定されているNPCもいる。
このようなNPCたちに年齢も書いてあることが多いが、それによってデータがどう、ということはない(もしかしたら、フォーゴトン・レルムにおいて女性に年齢を尋ねても、どうと言うことはないかもしれない!)。
「ダンジョンズ&ドラゴンズ」というタイトルの知名度、影響力(新バージョンの発表は、米国では全国区のTVニュースに取り上げられる)があるために、「中世ヨーロッパ」という年齢・性別(そして宗教、人種、血筋)による差別が当然であった時代をモデルにしつつも、現代の作品としてルール、データ、アドベンチャーとも配慮されて製作されているのが見て取れる。
※記事中の日付は記事公開時のものです。