「大口亭」の主人、ダーナン。デイル暦1,302年に彼がウォーターディープの地下「アンダーマウンテン」と呼ばれる迷宮から生きて帰り、その出入口の穴の上に「大口亭」を建てたことは、この酒場ならすぐに聞ける話だ。今が1,489年であることから、ヒューマンである彼が200年近く生きているというだけでも、彼が手に入れた秘密の価値は計り知れない。
ダーナンがアンダーマウンテンについて口に出すのは、実力不足の冒険者が大口を降りようとするときだ。彼が説明しない地下の様子について知るのは、それを目にするPCたちということになる。
そこには、「石壁の通路がつなぐ部屋部屋」からは想像もつかない、広大な空間が何層も重なっている。依頼されての事であろうが個人の理由であろうが、アンダーマウンテンの探索には時間がかかり、冒険者たちは(生きていれば)何度も大口亭の出入り口から街へ戻り、獲得した物品を売ったりして処分し、必要な用具を買い、再び大口を降りることになる。某試練場と街での行き来を思い出す諸氏もいるだろう。
『ウォーターディープ:狂える魔道士の迷宮』は、巨大迷宮に挑むアトベンチャーではあるが、入ってそのままということでは済まないのだ。その地上のウォーターディープにいる人々との絡みもある。地下に眠るアイテムを持ち帰るという単純なことから、魔法的な事柄の探索、人探しなどをPCたちは頼まれる。このあたりの依頼は、もちろん生きて帰って、何かを渡したり報告したりする必要がある。浅い階層には悪名高いスカルポートや、市街地には来られないがウォーターディープという都市の社会では要人である人物がいたり、種族の旅団やモンスターの群れが各所、階層ごとに入り込んだり、管理者によって召喚・配置されていたりする。
森、沼地が広がっている階層があれば、要塞が築かれている場所もある。各所には、それにふさわしい住人がおり、そして問題がある。そして迷宮のどこかには管理者が――これだけの迷宮を管理するだけの力を持つ誰か――がいる。このアドベンチャーが、5~20レベル向けということから、その脅威は推しはかることができるはずだ。この巨大迷宮は、冒険者たちの戦闘力、サバイバル能力にとどまらず、探求心、冒険心の強度、「どこで引き返すか」という冷静な判断力までも、厳しく試す場所なのだ。
『ウォーターディープ:狂える魔道士の迷宮』には、このようなアドベンチャーとしての魅力のほかに、ふたつの意義も備わっている。
「ヴォーロのウォーターディープ旅行ガイド」でも「狂えるウィザードのハラスターと弟子たちがこのダンジョンを手に入れ、作り変え、掘り広げた。彼らは今もダンジョンの中に住んでいるという。」と書かれている、アンダーマウンテンの詳細――デイル暦1,489年時点で、どの階層に何があり、誰、何がいて、どうしているのか――が明記されていること。
もうひとつは、ものすごい数の戦闘遭遇が載っていること。DMがアドベンチャーの自作をする際に、戦闘遭遇の内容を必要なレベルに合わせて抜き出し、自分のストーリーと組み合わせることのできる材料が豊富だということだ。登場するクリーチャーも多岐に及んでおり、『モンスター・マニュアル』をこれほど活用するアドベンチャーもそうはないはずだ。
『ウォーターディープ:狂える魔道士の迷宮』は、迷宮探索やPCのレベルだけでなく、内容、登場クリーチャーにおいてもD&Dらしさを体験できる優れたアトベンチャーにしてサプリメントと言える。
※記事中の日付は記事公開時のものです。
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