これまでのあらすじ
「――あんたのおじさんが白鳥と結婚したのは知ってるよな?」
突然訪ねてきた謎の女子高生・栗林夕声から告げられたのは、信じられないような言葉の数々だった。はたして中二病の妄想なのか、それとも……
「――あんたのおじさんが白鳥と結婚したのは知ってるよな?」
突然訪ねてきた謎の女子高生・栗林夕声から告げられたのは、信じられないような言葉の数々だった。はたして中二病の妄想なのか、それとも……
作者:東雲佑
ハローハロー、グッモーニン! さぁ、時刻は朝八時を回りました。龍ケ崎市のみなさま、おはようございます!
ラジオ竜ヶ崎『どらごんちゃんねるモーニング』、お相手はわたし
お便り、リクエストは番組サイト及び公式Twitterで受付中。今日もたくさん、ラジオと仲良くしてくださいね。
八時台最初はウェザーとトラフィック、お天気と道路交通情報です。そのあとは市役所からのお知らせと、それから龍ケ崎市商工会からのご案内もお伝えしちゃいます。今日もジモティな情報、どんどん発信していきますよー!
でもその前に、今朝の一曲目、いってみよう! えー、こちらはラジオネームよだかさんからのリクエストで、
引っ越しの翌日は土曜日だった。新生活一日目にはまずうってつけの、よく晴れた三月の第二土曜日だ。
テレビ台の横にラジカセが置いてあったのでスイッチを入れてみたところ、周波数が合わせられていたのだろう、地元のコミュニティFMが流れはじめた。地方ラジオのワイド番組にしては妙に若くてかわいい声のパーソナリティが(まるでアイドル声優みたいだ)、ひたすら地元に特化したトークを展開している。それも、なんだかものすごく楽しそうに。
溢れてるなあ、と感心して僕は思う。溢れてるなあ、地元愛に。
そして、続いて決意する。僕も溢れさせるぞ。この街への愛を。
なにしろ今日からは僕もこの龍ケ崎市の一員なのだ。
だから、溢れるぞ。そして、まみれるぞ。
ということで、午前中は『どらごんちゃんねるモーニング』をお供に荷解きの続きをすることにした(ついでなので番組公式Twitterもフォローして、さらについでに筋肉少女帯の『ソウルコックリさん』をリクエストしておいた)。
実家から送った荷物はそう多くはない。というか、かなり少ない。
先にも書いたけれど、叔父夫婦はほとんどの家具・家電をそのまま僕に残してくれていた。テレビとラジオだけでなく、冷蔵庫も乾燥機付きのドラム型洗濯機も、それに炊飯器や電気ケトルまで。おかげで、僕が実家から持ってきたり新たに買い足したりする必要はまったくと言っていいほどなかったのだ。
ありがたい、と素直に感謝する僕である。そしてさらにありがたい事には、叔父夫婦の残していってくれたものは、そのほとんどが丁寧に洗浄掃除されていた。
断言してしまうけど、この気遣いは絶対に叔父のものではない。叔父は良い人だし大好きな人だが、こんな風に細やかな配慮ができる人ではないのだ。
となれば、消去法的に残される答えはひとつ。本当に、あの叔父にあの奥さんはもったいない。
――叔父の奥さん。
「……なにが白鳥だ。馬鹿馬鹿しい」
昨夜の出来事を思い出して、ちょっぴり腹を立てる僕であった。
昨日その場では気づかなかったけど、よくよく考えてみれば、昨夜のあの子の言葉は叔父夫婦への侮辱に他ならないではないか。妖怪変化と仲良くしていたとか、動物と結婚したとか、そもそも人間じゃないとか。
一風変わっているのは認めるけど、僕は叔父もその奥さんも人として好きなのだ。だから、二人のために怒るのは僕の役目であり義務でもある。
まったく、なにがタヌキだ。なにがキツネだ。けしからん、まったくけしからん。中二病はともかく、他人にまで変な設定をつけちゃいかんよ。
ひとしきりプリプリと腹を立てたあとで、僕は荷解きの作業を続行する。仕事の資料や趣味の小説に漫画など、荷物の半分以上が本だった。だから(お約束だけど)ついつい読み始めて作業が滞ってしまったりする。
十時過ぎに仕事のパートナーから引っ越し祝いの電話があった。新しい住まいのことや街の雰囲気のことが話題に出た後で、抜け目なく『仕事のインスピレーションには役立ちそうか』と確認される。余計なお世話である。
インターフォンが鳴ったのは十一時少し前だった。
「こんにちは」
『今側』の玄関に出てみると、昨日挨拶に伺ったお隣の若奥さんが立っていた。
「今日はね、近所の神社でお祭りがあるんですよ」
「お祭り?」
「そう、毎年二月最初の
もう三月だけど、今のカレンダーじゃなくて旧暦に合わせるらしいから、と若奥さん。
「昨日教え忘れちゃったから、言っておこうと思って。よかったら行ってみてね。屋台とかもたくさん出るから」
雑木林に沿って道を歩く。お隣さんの説明によると、件の神社までは十分も歩けば着くらしい。
「この道を真っ直ぐ行くとT字路にぶつかるから、そこを左に折れて、あとは真っ直ぐ。看板も出てるし迷いっこないですよ」
僕がお礼を言うと、若奥さんは実に可愛らしい笑顔で会釈して帰っていった。彼女を見送ると僕は家に引っ込み、普段着のジーンズとポロシャツに着替えてすぐに出かけてきた。
ゆるやかにカーブする一本道を歩きながら、僕が考えていたのは昨夜のあの子のことだった。
栗林
叔父夫婦に関する戯言には腹が立ったけれど、不思議と嫌悪感は少しもなかった。他人を自分の中二病設定に巻き込むのはどうかと思うし、彼女のおかげでせっかくのピザはひと切れしか食べられなかった(おかげで今朝はひどい空腹と共に目を覚ました)。
しかしそれらの問題を差し引いても、彼女はきっと良い子なのだろうと僕は思う。根拠というほどの根拠はない。強いて言うならば、ご飯を気取らず美味しそうに食べる女の子に悪い子はそうそういないはずだからだ。
それに、夕声というのはその、とても素敵な名前だ。風流でどこかしら雅やかで、なのに牧歌的で、温かくて。
昨夜彼女の名前を褒め忘れたことを、今さらになって悔やむ。もしもまた会うことがあったら、その時は忘れずに褒めよう。
そんなふうに考え事をしながら歩いていると、いつのまにかお隣さんの言っていたT字路にたどり着いていた。そしてこれもお隣さんの言っていた通り、信号機のすぐ下には看板も立っていた。
『女化神社 500メートル先』
「オンナカ神社……?」
それとも、ジョカ神社? いずれにしろだいぶ変わった名前だ。
じょか、じょか……中国の神話に登場する人間を創造した女神で、
……あれ、ジョーカー?
最近、どこかで聞いたような気がする。だけどそれがどこでだったかは、どうしても思い出すことができない。
ともかく、思い出せないことにはそれ以上こだわらず、僕は歩みを再開させる。
こうして歩いてみると、ニュータウンほどではないけれどこのあたりにも結構家がある。とはいえ、やはり新品ピカピカの家というのは一軒もない。どの家も歳月の洗礼を受けて色褪せていて、それが生み出す空気というか雰囲気は、なんだか懐かしく心地よい。とても。
セピア色の町。
さてそこからはもう、神社は本当に目と鼻の先だった。看板に従って少し行くと片側二車線の幹線道路があって、その道を渡りきると、向かう先から
風変わりな名前に反して、ジョカ神社は(暫定的にそう読むことにした)意外なほど立派な神社だった。広い境内や鎮守の森ももちろんだけど、まずもって印象的なのはその表参道だ。400メートルかあるいは500メートルはあるかもしれない長い長い参道が、一直線に社殿まで伸びている。
参道にはいくつもの鳥居が建てられていて、その様子が京都の伏見稲荷を想起させる。そういえばここもお稲荷さんの神社だってお隣さんが言ってたっけ、と僕は思い出す。
境内はお祭りの活気に満ちていた。
立ち並ぶ屋台や出店を眺めながら、ぶらぶらと歩く。
焼きそばや大判焼き、それにじゃがバターに鳥の手羽先。それらお祭りではおなじみの食べ物の屋台がそこかしこにあって、しかしそれ以上に目を引くのは個性豊かな出店の数々だ。
農具や草木の苗、乾物やら唐辛子を商う出店に、洋服や帽子の出店まで。わかめ、ちりめん、川エビ、しらすを並べた店からは磯の香りが強烈に漂う。多様性に満ちた出店の数々、その様子はお祭りというよりも昔ながらの市を思わせて、僕にはそれが面白かった。
参道の終点、社殿の側の屋台で鳥の唐揚げを買った。アツアツの唐揚げを頰張りながら歩いていると、女子高生らしき女の子たちが巫女さんを囲んで記念写真を撮っている場面に遭遇した。
自撮り棒のスマホに向かってピースサインの女子高生、そして巫女さん。おいおいお前もピースするんかい、と僕は心の中でツッコミを入れる。
と、その時。不意にその巫女さんと目があった。
巫女さんはしばし僕を凝視した後で、女子高生のグループから離脱して、真っ直ぐこちらに歩いてくる。
それから、僕に向かって笑った。知己の気安さと親しみを込めて。
「おっす、ハチ。祭りは楽しんでるか?」
「……夕声さん?」
僕がそう呼ぶと、だから呼び捨てでいいって、と巫女さんは言った。僕の背中をバンバン叩きながら。
巫女装束にばかり目が行っていて気づかなかったけれど、それは、間違いなく昨夜の女子高生。
栗林夕声だった。
「なぁにぃジョーカー? それカレシぃ?」
さっき夕声と一緒にいた女の子たちがこちらにやってくる。ジョーカーと呼ばれた夕声が、そんなんじゃねーよ、と笑って反論している。
『ガッコの友達はボイスとかジョーカーとか呼ぶから』
昨夜の彼女の言葉を思い出す。それから、どこでジョーカーを聞いたのかも。
続いて、もうひとつ連鎖的に蘇る。
『あたし、近所にある神社で世話になってんだけど』
謎めいた点と点が今、線で繋がった。
つまり、彼女がお世話になっている、ついでにジョーカーというあだ名の由来となった神社は、他ならぬこのジョカ神社なのだ。
しかし、星座よろしく線で繋がる点は直後、もうひとつ煌めいた。
「つかジョーカーって読み方それ、何度も言ってるけど間違ってっからな」
それも、赤星並みの特大の点が。
「いいか、ここはオナバケだ。女に化けるでオナバケ。いい加減覚えろよ」
そのようにして謎のオナバケは謎のベールを剥ぎ取られたのだった。いとも唐突に。
▷『女化町の現代異類婚姻譚』特設ページ
▷『作家と学ぶ異類婚姻譚』特設ページ
*作者紹介*
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。2018年9月には、宝島社文庫で文庫化された。
『図書ドラ』をイメージした楽曲「Liekki」(曲詞:yukkedoluce)も人気。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。2018年9月には、宝島社文庫で文庫化された。
『図書ドラ』をイメージした楽曲「Liekki」(曲詞:yukkedoluce)も人気。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。