作者：井戸正善
パンタポルタ連載小説『よろず道場のお師匠さん』（著：井戸正善）に登場するエルフの少女ルリによる武器コラム。
師匠から聞きかじった武器の知識を丁寧にわかりやすく教えてくれます。
隔週木曜日更新、全10回予定！
８.ショート・ボウ － 戦場に降り注ぐ雨 －
今回は初めての遠距離武器になるわね。弓の中でも特にポピュラーな“ショート・ボウ”について話すわね。
ショートってのは短いって意味だろう？ 全体の長さのことか？
その通り。大体1メートル弱くらいのものをショート・ボウと呼ぶわ。師匠の故郷である日本ではもっと長くて2メートルを超える長弓（ロング・ボウ）がメジャーらしいのだけれど、世界的な標準はこっちのショート・ボウね。
――弓そのものは世界中で見られる武器です。離れた場所に居る相手を攻撃することができ、量産もしやすいので戦場でも基本的な武器として活躍しました。
ですが、弓は本来、狩りの道具として生まれたものです。
投石で届くよりも離れた場所にいる獲物を仕留めることができ、腕前が上がれば毛皮につける傷を最小限に止めることもできます。
便利な狩猟道具だから、そのまま戦闘でも使われたってわけだな。
そうね。弓が使われ始めたのは石器時代かららしいの。狩猟が主だった頃の村落同士の争いなのだから、武器として使えるものは何でも使ったという感じかもしれないわ。
石器時代ということは、昔の矢じりは石だったんだな。
――木を削って作った本体に、動物の腱などで作った弦を張ったものが初期の弓でした。 矢は削り出した木の棒の先に石の矢じりを付けたものです。現在も、遺跡などから出土した矢じりを博物館で見ることができます。木の部分は消失してしまうのですが、石の部分は残るのです。
石製とはいえ非常に鋭利で、しっかりした弓で放てば、野生動物の硬い皮も貫けたでしょう。
弓はどんどん進化して、単純な木の削り出しで作られたものから、革や植物の蔓などを組み合わせて作ったコンパウンドボウになっていくの。
素材を変えると、どう変わるんだ？
剛性が上がって頑丈になるわ。それに、弓本体が頑丈なら弦を強力に張りつめることができるから、放つ矢の速度も精度も上がるのよ。
ああ、弦をぎゅうぎゅう引っ張って付けるんだったな。確かに弓本体が脆かったら折れちまう。
――古代ギリシャ時代にはクロスボウが登場し、初心者でも射撃が容易であることから弓にとって代わる遠距離武器となるかに見えましたが、連射性や射程に関しては弓に及ばず、最終的には別兵科扱いになりました。
こうして、新種や新技術が生まれたり、地域や時代で素材や形状に若干の変化が見られたりといった歴史を辿りましたが、弓本体に弦を張り、矢じりと羽根が付いた矢を放つという大まかな構造については現在でも変化していません。
師匠がいた世界では古代エジプトっていう古い時代の壁画にも描かれているの。それも狩猟じゃなくて戦闘のシーンでね。
大昔から戦闘に使われたってわけだ。でもよ、剣とか槍と違って、弓だとこう、矢を番えて構えて、弦を引いて狙いを付けて撃つ……って流れがあって、時間がかかるよな？ これって結構不利だと思うんだが。
そうね。その点は否定しないけれど、それ以上に射程の長さは魅力的なのよ。
――弓矢は多くの戦争で活躍し、小規模な争いでも必要不可欠な武器でした。
防衛線であれば自陣地や城塞などから群がる敵に向かって撃ちこみ、平地での集団戦では矢の雨を降らせて敵の数を減らし、怪我を負わせ、戦闘の意思を殺ぐのです。
これが達人クラスの射手であれば、乱戦になる前に敵将を討ってしまうこともありました。
戦闘が始まる前……というより、戦闘そのものが弓での攻撃で始まるわけだ。
まずは矢を射かけて敵の数を減らし、できれば足止めして、有利な形で騎兵や歩兵が敵に突撃するというのが、基本的な戦闘の流れね。
最初に弓矢でどれだけ効果が出せるかってところが重要なんだな。
集団戦闘だと、狩りをするのと違ってみんなで一斉に敵が集まっている場所に射るのが基本になるから、正確性よりもどれだけ連続で射られるかどうかって話になるわね。
それじゃあ、弓矢は結構簡単に扱える武器なのか？
そういうわけでもないの。
――弓矢を放つには訓練が必要です。
慣れなければ、矢を前に飛ばすことすらできません。弦を引く手の位置や放し方など、どれかでも間違えば矢が落ちるか明後日の方向へ飛んで行きます。
狙撃は当然難しいですが、離れた相手が居る場所まで届くように矢を放つのも難しいのです。
だから、各地の軍隊では弓専門の部隊が存在するのも珍しくなかったのね。
それにしても、そんなに遠くまで飛ばせるもんなのか？
ショート・ボウだと大体100メートルくらいまでが有効射程ってところかしら。もちろん、弦を強く張った強靭な弓であればもっと遠くまで飛ばせるでしょうけれど、その為には腕力とか背筋力とか、ものすごい力が必要になるわ。
力と技術、両方必要なんだな。
ヨーロッパのショート・ボウだと、集団相手に矢を浴びせるときに全身を使ってステップを踏むように勢いを付けて飛ばしたりするのよ。そうやって短い弓でも飛距離を稼いだのね。
――まっすぐに相手を狙う場合は、50メートル程度が限界だと言われており、革鎧などの防具を貫通させるには、もっと近くに居る必要があります。
距離が離れれば威力が落ちるのは投擲武器に共通する弱点ですが、45度の仰角で撃ち出せば飛距離が伸び、打ちおろすように上から突き刺さる矢は、重力が味方してくれます。 盾で防ぐにしても雨のように降り注ぐ恐ろしいもので、鎧で覆われていない足や腕に刺さったり、乗っている馬に刺さったりするなど、軍団に大きなダメージを与えます。
ロング・ボウのような長い弓だと飛距離も威力も上がるけれど、短いことで集団で密集したまま射ることができるのが大きな利点ね。
固まって行動するのに長いと邪魔になるってのは、前にも似たような話が出たな。ん？ ということはショート・ボウだとロング・ボウと違って馬上でも使えるってことか。
その通りよ。弓騎兵とか呼ばれる兵科になるのだけれど、馬で素早く近づいて矢を射かける攻撃をしたり、素早く有利な位置取りをしたりするのね。
有利な位置取りって、どういうものなんだ？
――投擲武器にも共通しますが、弓は相手よりも高い位置を取ると格段に有利となります。
高い位置から低い位置に撃ちこむ形になれば、射程も威力も向上しますし、反撃を受けにくいからです。
再装填に時間がかかる初期の先込め銃などでも同様ですが、弓手はとにかく敵が接近してくることを注意しなければなりません。ですから、物理的に接近が難しい高低差のある地形で、しかも上位を取ることができれば、一方的な攻撃が可能になります。
弓騎兵なら、接近されそうになっても素早く撤退できるって利点はあるわね。
しかしなぁ、馬に乗って弓を射るなんて、そう簡単じゃないだろう。
実際、遠くの敵を狙うのは無理だと思った方がいいわね。機動力を得た分、射程が落ちるって感じかしら。
一長一短あるんだな。そう都合よくはいかねぇか。そう言えば、今までの武器は権力の象徴とかになっていたが、弓はそういうのはないのか？
権力よりも、もっと神秘的なイメージが強いみたい。神様の持ちもので、魔を払うとか、寄せ付けないとか、ね。
――ギリシャ神話やヒンドゥー教の神話などで度々登場する弓矢は、破邪の象徴としてしばしば活躍しています。
日本でも破魔矢・破魔弓などが存在し、弦を指ではじいて鳴らすことで魔を払うことができるとされています。
どうかしら。剣や槍とは、色々と違うのがわかったかしら？
想像していた以上に使い方に幅があるんだな。単に遠くの敵を狙う物だとしか思っていなかったんだが、狙いが集団やら個人やらで狙い方が違うとか、馬に乗って使う方法とか面白かった。
それは良かった。じゃあ、使い方に幅があるって話が出たから、次は『防御に使う剣』を紹介しましょうか？
剣なのに防御？ ちょっと想像がつかないんだが。
ふふっ。楽しみにしていてね。
◎ルリちゃんの聞きかじり武器講座
第１回：サーベル
第２回：タック
第３回：ショテル
第４回：スピアー
第５回：ウォー・ハンマー
第６回：メイス
第７回：バグ・ナーク
◇キャラクター紹介
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【ルリ】
道場主である斎舟の一番弟子を自負するエルフの少女。
斎舟が居ない間は道場の留守を任されている。
生活のほとんどを稽古と研究に費やしているという努力家な一面も。
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本名はイービルベアードといい、熊獣人に魔族の血が混じった大男。
“モノ溜まり”と呼ばれる場所に流れ着く、異世界からの漂流物を回収して売買することを生業としている。
２人の活躍する小説『よろず道場のお師匠さん』もよろしくね！
◇参考書籍
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『武器と防具 西洋編』
著者：市川 定春
＞Kindle で読む
＊作者紹介＊
井戸正善（いどまさよし）。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が１～９巻まで、Ｋラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
井戸正善（いどまさよし）。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が１～９巻まで、Ｋラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
