作者：井戸正善
パンタポルタ連載小説『よろず道場のお師匠さん』（著：井戸正善）に登場するエルフの少女ルリによる武器コラム。
師匠から聞きかじった武器の知識を丁寧にわかりやすく教えてくれます。
隔週木曜日更新、全10回予定！
7．バグ・ナーク － 暗器（隠し武器）の世界 －
今日はこれ。バグ・ナークという武器よ。
４センチメートルくらいの獣の爪みたいな刃が５つ並んで、両端に穴が２つ。うーん。これまでのやつとはまるで違うな。どうやって使うんだ？
両端の穴に指を通すと、手の平側の指の下に爪が並んでいる形になるでしょ？ この状態で相手を撫でるように斬りつけるのよ。
なるほど。手の中に隠し持つ武器ってわけか。
――バグ・ナーク（バグ・ナウ）はインド発祥とされる暗器であり、歴史上で数度、暗殺の場面で登場しました。
手の内に隠した爪は周囲からは見えない状態になり、人差し指と小指にリングを嵌めているような見た目になります。
武器を持っていないように見せかけ、油断した相手に鋭い爪を突き刺す。あるいは引っ掻くという攻撃を行います。
素手だと思っていたのに、いきなり至近距離でざっくりやられるわけだ。爪を隠せる動物みたいだな。
今まで見てきたサーベルやスピアーに比べればリーチは短いし、鉤爪は先端こそ鋭いけれど、いわゆる刃にはなっていないものね。でも、鈍い刃は傷を荒くして治癒しにくくするし、何条もの傷が同時に刻まれれば、出血も酷くなるわね。
――ずらりと並んだ鉤爪を、手の平と指で相手に押し付けるように攻撃するバグ・ナークは、一撃で相手の命を奪うようなものではありませんが、深刻なダメージを与えるには十分な形状をしています。
平手で叩かれたと思った時には、数本の爪がざっくりと刺さっているのですから、攻撃を受けた相手は相当混乱するでしょう。
隠匿性は低くなるけれど、ナイフが付いたものもあるわよ。
ずいぶんと凝った曲線が施されたナイフだな。
“ビチャウ”と呼ばれる、サソリの尾を模した形状なの。こちらは曲線を活かした鋭い切れ味で、バグ・ナークで弱った相手に止めを刺すためのものよ。
――ロウソクの炎を模したようにも見えるビチュワは、バグ・ナークを装備した際に親指側に刃があるものと小指側にあるもの、あるいは両方にあるものと多様です。
通常のナイフと違い、バグ・ナークの指輪が完全に嵌っている状態では、戦闘の状況によって順手や逆手に持ち替えることができないので、やや使い勝手は悪くなります。
ですが、『すでに弱った相手に止めを刺す』という使用目的においては、それほど問題にはなりません。
しかし、どうしてこんな武器が登場したんだ？ ナイフでも小型のやつなら隠し持つのは簡単だろう？
こういう武器の利点は、攻撃をする予備動作がわかりにくかったりすごく短かったりする部分にもあるの。
予備動作？
剣なら斬りかかる時には振りかぶって、突きをする時には引くでしょう？ メイスでも振りかぶるし、ナイフでも一度抜いて構える必要があるし。
――多くの武器が携帯の状態から攻撃に移る為に鞘から抜いたり構えたりという動作が必要で、さらに攻撃に移る為の動作が必要な物がほとんどです。
訓練などで素早く、わかり難くすることはできますが、熟練の技術が必要になりますし、打撃武器などは威力が激減してしまうことになります。
このバグ・ナークなら、“相手を撫でる”だけだもの。一瞬で攻撃に移れるし、何より動作が攻撃しようとしているようには見えないのが利点ね。
撫でるだけと言っても、振りかぶらないと刺さらないんじゃないか？
そこでこの形状が生きてくるのよ。叩きつければ威力はあがるけれど、これは相手に押し当てて、ぐりっと押し込むの。
聞くだけでも痛そうだ。思い切りやってもらった方がよっぽどいいな。
――バグ・ナークはそっと相手に触れるようなゆっくりした動きでも、大きなダメージを与えることができます。もし首に押し付けることができれば、それだけでも致命傷になるでしょう。
刃を押し込む、か。今まで見てきた武器とは違うんだな。
でも、このバグ・ナークは別の使い方もあるのよ。というより、新しい使い方が生まれたと言うべきかしら。
投げつけるとかか？
それは形の問題で難しいと思う……。
――バグ・ナークの形状から“握りしめて使う”方法が生まれ、現在ではこちらの方が一般的に創作の中で登場するようになってきました。
３本の鉤爪が付いたバグ・ナークを手に嵌め、握りしめた拳の指の間から鉤爪が飛び出す格好で使うやり方です。
こっちのやり方は、しっかりと拳を握るからすっぽ抜ける心配がないのよね。それに握り方や形状次第で、正拳突きや掌底で鉤爪を叩き込むような格好になるから、鉤爪の効果はとても高くなるわ。
……いずれにせよ、俺の手には小さすぎるな。
ふふっ、手の大きさに合わせて特注しないといけないわね。
――暗器としての使用特性には変わりありませんが、そっと近づいて暗殺をする武器のイメージから、打撃を強力なものにする補助武器へと扱いが変わっています。
武器の使用法が変化したり多様化したりすることは決して珍しいことではありませんが、歴史上実際に暗殺で用いられた暗器であることと、特定の武術で使用される武器というわけでは無く、正確な技術の継承がなされなかったことが原因でしょう。
武器そのものの形状だけが広まって、使用法が広まらなかったわけね。
しかし、どうして握りしめるって発想になるんだ？
一つは、指輪を通しただけだと抜けてしまう可能性を考えてのことでしょうけれど、似たような“指を通して握りこむ武器”の存在があるからだと思うわ。
似たようなのがあるのか。
ナックル・ダスターとか、鉄甲（琉球古武道の武器）とか……。もっと単純な話をすれば、石を握って殴りつけたときの打撃力を上げるとかね。
――硬い物を拳の中に握りしめていれば、拳の関節が衝撃を吸収するのを押さえて打撃の力が効率よく相手に伝わるというのは古くから知られていることです。
ナックル・ダスターは４つの輪に人差し指から小指までの指を通して握りこみ、手の中に収まった金属が衝撃を効率よく伝え、指輪が指を保護してくれる武器で、日本でも目にすることがあります。
バグ・ナークの形状は、指輪で本体を握りこむようになっているので、自然とイメージが被ったのかも知れません。
どちらの使い方にしても、武器が見えないというのは脅威なことよ。剣や槍、棍棒なら見た目でどんな使い方をしてくるか予想ができるし、対処方法も思いつくけれど。
殴るのか斬るのか、突くのか引っかけるのか……確かに形を見れば大体想像はつくな。
バグ・ナークの使い方についての変化も、そういう部分にあるのかもね。撫でるように手のひらで押しつけるなんて、他の武器じゃそうそう見ない使い方だし。
まあ、近くなら殴った方が早いって思うしなぁ。
それは熊公が刃物に頼らなくていいくらいに馬鹿力だからじゃないの……。
――暗器の目的は、先述の通り携帯性と隠匿性にありますが、他にも“戦う技術がない者でも不意を突いて目標を倒せる”ことを目的としている場合があります。
バグ・ナークも、武闘派では無い人物や女性、子供などが自衛の為に持ち歩いていた記録があります。手に装着して平手で叩くだけでも充分なダメージを与えることができるので、技術が無くとも使える武器として使われたわけです。
バグ・ナークをお互いに装着して戦う試合も行われていたそうよ。ひどい傷を負うから、次第に行われなくなったそうだけれど。
短いといっても刃がある以上、当たり所によっては死んじまう。試合というより殺し合いになっちまうからなぁ。
そういう意味では、小さくてもやっぱり武器なのね。どう？ リーチが短くて小さくても、これだけ使えるものなのよ。
暗器がどれだけ恐ろしいか、よーく分かった。だから今度は、逆にリーチが長いのを見たいな。
それじゃ、今度は弓にしましょう。
おお、初めての遠距離武器だな。エルフから弓の話を聞けるのは貴重だな。
そうでしょう？ 楽しみにしていて。
◎ルリちゃんの聞きかじり武器講座
第１回：サーベル
第２回：タック
第３回：ショテル
第４回：スピアー
第５回：ウォー・ハンマー
第６回：メイス
◇キャラクター紹介
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【ルリ】
道場主である斎舟の一番弟子を自負するエルフの少女。
斎舟が居ない間は道場の留守を任されている。
生活のほとんどを稽古と研究に費やしているという努力家な一面も。
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本名はイービルベアードといい、熊獣人に魔族の血が混じった大男。
“モノ溜まり”と呼ばれる場所に流れ着く、異世界からの漂流物を回収して売買することを生業としている。
２人の活躍する小説『よろず道場のお師匠さん』もよろしくね！
◇参考書籍
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『武器と防具 西洋編』
著者：市川 定春
＞Kindle で読む
＊作者紹介＊
井戸正善（いどまさよし）。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が１～９巻まで、Ｋラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
井戸正善（いどまさよし）。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が１～９巻まで、Ｋラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
