『エイリア綺譚集』
(高原英理 著)国書刊行会
(高原英理 著)国書刊行会
January 23 , 2019
親愛なるお姉さまへ
新しい1年が始まったわね。わたくしは今月から始まったアニメ『ケムリクサ』に大ハマり中よ。考察ポイントがたくさんあってとても面白いわ。
ところでお姉さまは、今年の目標はもう決めていまして? わたくしの目標は、お姉さまにもっと幻想文学を好きになってもらえるようにすることよ。今年もわたくしのお手紙を、楽しみにしていてね。
2019年最初にお姉さまに紹介する1冊は、「これぞまさに幻想文学」と思わせる王道を行きながらも、同時に今までにない新しい感覚も呼び起こされる幻想小説集『エイリア綺譚集』よ。
この作品集は10の短篇作品とひとつの中篇作品で構成されているの。どの作品も独特な味わいがあって、しかもそれぞれに中井英夫や江戸川乱歩など幻想小説の書き手として有名な作家へのオマージュも垣間見ることができて面白いわ。
“月光が闇にしみ渡るような夜だ。僕は家の者が寝入ったのを見計らって外へ出た。部屋の窓から降りると、たいした音ではないのに足音がひどく気になって、爪先立ちに庭を歩き、柵を越え。”
一番はじめの作品「青色夢硝子」の冒頭部。謎めいた美しいタイトルと相まって、読者はこれからいったいどこへ連れて行かれるのか、わくわくするでしょう?
内容も、ボルヘスの『アレフ』を思い起こさせるような、摩訶不思議な魅力に溢れているのよ。
短篇作品の中でわたくしが一番気に入ったのは、「憧憬双曲線」よ。16歳なのに80歳を越えた老婆のような見た目になってしまう、不治の奇病にかかった双子の姉の面倒を見て暮らす孤独な少女・亜理恵。
なんの楽しみもなく生きていた彼女が、ある日の夜ふと窓の外を見てみると、そこには月光に照らされた端正な顔の男が一人。彼と視線を交わし合ったその夜以来、亜理恵の心に変化が現われるのだけれど……。
物語の後半から男視点の語りで様相が一変。孤独に生きる者の切なさが染みる作品よ。
著者が覚書で“中井英夫の幻想的短篇をめざした。”と書いている通り、たしかにあの『とらんぷ譚』シリーズの中の一篇としても通用しそうな完成度だと思うわ。
そしてなんといっても特筆すべきなのが「ガール・ミーツ・シブサワ」よ。元々は批評畑出身である著者の手腕が遺憾無く発揮された、澁澤文学の読者必読の傑作中篇なの。
交通事故で死んでしまった35歳の女性編集者が語り手。
18歳の頃の姿(しかも当時ハマっていたゴスロリの恰好)で天使になってしまった彼女は、先輩天使から成仏するためには執念を晴らさなければならないと聞かされる。
いつの時代でもどこの場所でも行けるという天使の特権をいかし、好きな作家に会おうと決心した彼女は悩んだ末に澁澤龍彦のもとへ行くことに決める。なぜなら澁澤は彼女のゴスロリ的教養の師匠だし、「イイ奴」らしいので。
ということで早速意識を集中し、有名な澁澤邸の書斎にワープ。もちろん天使なので語り手の姿は誰にも見えないのだけれど、いろんな人に囲まれて慕われる澁澤の様子を見て回り大いに楽しんでいくの。
なかでも三島由紀夫との愉快なやりとりや、鮮烈な死を遂げた彼に対する世間からの批判を悲しむ澁澤は印象的よ。
この作品の語り手は女性なのだけれど、澁澤には今の時代からすると見過ごせない女性差別的な文章が残っていて(その最たるものが『少女コレクション序説』)、彼女は反発を覚える反面、澁澤の「少女=人形論」に強く惹かれたことも否定できない。
それというのも、彼女いわく、澁澤の書く女体についての文章には、世間一般の男性が思い描くような生々しいいやらしさというものがなく、どこか愛さずにはいられない爽やかな「人でなし」感があるからなのね。
わたくしも一端の「澁澤乙女」として深い共感を覚えたわ。
全篇を通じて、著者の並々ならぬ幻想小説への愛とこだわりを感じられたわ。ぜひお姉さまも、新しくそれでいてどこか懐かしい幻想的な世界に浸ってみてね。
愛を込めて
アイリス
◇書籍紹介
鬼才高原英理三十年の軌跡。これを知らずに幻想文学を語ってはならない。
鉱物、結晶、月、星、夢、夜、夏、少年少女、世界改変、書物、詩。いくつものモティーフを重ねつつ、ときに重厚、ときに軽妙、それぞれが全く異なる現代日本幻想文学の至高点。幾多の具眼の士から絶賛された珠玉の既発表作10篇に遊び心あふれる書き下ろし中篇『ガール・ミーツ・シブサワ』を加える。
(公式HPより)
定価:2,916円
発売日:2018年11月
▷Amazon
◇アイリスの夢百夜
第一夜:『アイリーンはもういない』
第二夜:『飛ぶ孔雀』
第三夜:『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』
第三夜:『ホール』
Irisについて
グルノーブルで700年続く名家に生まれ、不自由のない幼少時代を過ごす。
大好きな姉が2年前にイギリスへ嫁いでしまい、アイリスは従者と共に1年間日本へ留学することになった。
遠い島国から、姉へ向けて毎月一通の手紙を書いている。お気に入りの本の感想を添えて……。