作者:井戸正善
パンタポルタ連載小説『よろず道場のお師匠さん』(著:井戸正善)に登場するエルフの少女ルリによる武器コラム。
師匠から聞きかじった武器の知識を丁寧にわかりやすく教えてくれます。
隔週木曜日更新、全10回予定!
4.スピアー -集団のための武器-
――スピアーは、主に木で作られた長い棒状の柄の先に、鋭い穂先を取り付けた槍です。
槍には鎌や斧状の刃が付いたものもありますが、スピアーには鋭い穂先が付いていて、主に刺突を目的としています。
穂先の形状次第では斬撃も可能ではありますが、刃の長さは20センチ程度ですので、狙って当てるには熟練の技術が必要になります。
――ショート・スピアーは石器時代から存在する武器です。
当初は棒の先に石を削って作った穂先を付けたもので、棍棒や石斧などと同様、原始的な狩りの道具として生まれたようです。
時代を経て、石から青銅、鉄へと素材が変化し、狩猟道具から戦場での武器としての活躍が増えていきます。
――ロング・スピアーは、概ね2メートルから3メートル程度。構造としてはショート・スピアーと変わりませんが、ここまで長くなると室内では使用できず、屋外でも街なかでは使い辛いものとなります。
つまり、ロング・スピアーは戦場にて使用することが前提の武器なのです。
集団で戦闘することに特化したこの武器は、古代メソポタミアの時代から登場します。
――戦闘において、リーチ(攻撃が届く距離)の長さはかなりのメリットになります。相手の攻撃が届かない距離から一方的に攻めることができるのですから、兵士達の士気向上にもつながります。
また、正面に向けて突くという単純な攻撃方法は覚えやすく、振り回す必要が無いので集団の中で味方に怪我をさせる心配が少なくなります。
これが登場した頃……古代メソポタミアだったかしら……に、集団で固まって敵へと圧力をかける戦法が確立したらしいわ。前列の兵士たちがずらりと並んで槍を構えて、後ろに居る兵士達もそれぞれ槍を上に掲げることで、威圧感を出すのよ。
――ハリネズミのように密集隊形になった姿は、離れた場所から見ても恐ろしいものです。
ショート・スピアーに比べて重く長大なサイズになったために、投擲などには不向きになりましたが、その分腰だめで突き出した時に重さを活かした強力な攻撃ができるようになりました。
そして、ロング・スピアーを活かした密集陣形が発達したのが、マケドニアのファランクスです。
――長さは4メートルから5メートル。重量も4から5キロ程度と、ロング・スピアーよりもさらに長く、かなり重くなっています。
ファランクスと呼ばれる戦術は、このサリッサを使うマケドニアで隆盛を迎えます。
重量が増えた為に片手で盾を構えるような余裕は無く、小さな盾を首に提げた兵士達は、16人16列で並び、1列目が前に、2列目が少し上へと穂先を向け、後ろへ行くほどに穂先が上がり、後方では完全に上に向けた形になりました。
――アレクサンドロス大王の死後、内戦のなかでサリッサは「相手よりも長く」とどんどん長大化していきました。結果、部隊の移動速度低下を招き、練度の高い兵たちで構成されたローマ軍によって表舞台から姿を消すこととなります。
以降、しばらくは長柄の槍は活躍せず、騎士が騎乗で扱うランスやハルベルト(ハルバード)などの、斬撃も可能で取り扱いがしやすい長さに落ち着いていきました。
ところが、ファランクスの時代から1500年経ってから、『パイク』という武器が登場するのよ。穂先の形状は同じように刺突を前提としたもので、長さは5メートル以上。長いものだと7メートルくらいになったらしいわ。
――重量はやや軽くなっていますが、充分に長いこの武器は、14世紀から15世紀にかけて、スイス軍をヨーロッパ地域で最強たらしめる武器となりました。
突撃してくる騎兵を迎え撃ち、串刺しにするのです。
銃器が登場して以降も、再装填をしている間に防御に徹する場面などで、銃剣が発明されて射手自身が近接戦闘を行うようになる17世紀後半まで活躍しました。
1対1、もしくは小集団での戦いなら、もっと自在に使えるショート・スピアーか、剣のような武器が有利なんでしょうね。戦争っていう集団での戦いだからこそ、そして平地で大勢がぶつかり合う戦場だからこそ、活躍できたのね。
◎ルリちゃんの聞きかじり武器講座
第1回:サーベル
第2回:タック
第3回:ショテル
◇キャラクター紹介
【ルリ】
道場主である斎舟の一番弟子を自負するエルフの少女。
斎舟が居ない間は道場の留守を任されている。
生活のほとんどを稽古と研究に費やしているという努力家な一面も。
本名はイービルベアードといい、熊獣人に魔族の血が混じった大男。
“モノ溜まり”と呼ばれる場所に流れ着く、異世界からの漂流物を回収して売買することを生業としている。
2人の活躍する小説『よろず道場のお師匠さん』もよろしくね!
◇参考書籍
『武器と防具 西洋編』
著者:市川 定春
>Kindle で読む
*作者紹介*
井戸正善(いどまさよし)。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が1~9巻まで、Kラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
井戸正善(いどまさよし)。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が1~9巻まで、Kラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。