作者:井戸正善
パンタポルタ連載小説『よろず道場のお師匠さん』(著:井戸正善)に登場するエルフの少女ルリによる武器コラム。
師匠から聞きかじった武器の知識を丁寧にわかりやすく教えてくれます。
隔週木曜日更新、全10回予定!
1.サーベル -刀身を曲げるのは何のため?-
(図)
――サーベルと言っても、その形状は様々で、共通することといえば『片手で持つ前提の柄』『柄に手を守る護拳(護指)パーツがある』『片手で振り回せる程度の重量』くらいで、長めでやや細身の剣であることくらいでした。
――突く動作を行ったときに、直刀であれば力が切っ先に集中しやすくなります。ですが、こと斬る動作になると、叩きつける形になりやすく、刃の鋭さを活かせません。
逆に曲刀の湾曲した刀身であれば、突きの際に切っ先を的確に突き出すのは難しくなりますが、振り下ろすだけで対象を“撫でる”形になり、刃の鋭さを充分に活かすことができます。
――サーベルは、主に兵士たちが馬上から攻撃する目的で使用されました。そのため、同じく馬上の相手や、地面に立っている相手にしっかり届く程度の長さがあり、尚且つ左手に手綱を持ったまま、右手一本で振り回せる程度の軽さが要求されたのです。
馬の勢いそのままに刺突して敵を貫いたり、通り過ぎながら撫で斬ったり、あるいは馬上から振り下ろして叩きつけるような攻撃が主な動きになります。
ただし、ランスのように抱えて持つわけではないので、勢いよく激突した際には、よほどの腕力がなければ支えきれなかったでしょう。
――サーベルはヨーロッパにおける軍用の刀剣として長く使用され、17世紀頃から戦場の主役が銃に置き換わる20世紀初頭まで、戦場における兵士たちの基本的な装備の一つでした。
銃による戦闘が基本になった後でも、階級を表すものや指揮のためなど、象徴的な武器として残り、現在でも儀礼用として多くの軍や自衛隊などが使用しています。
また、警察組織でも使用され、日本では明治から太平洋戦争終戦までの警察官が日本刀に似た半曲刀型のサーベルを使用していました。
――刀身全体の形の特徴とは別に、サーベルは刃の形状でも複数の種類がありました。主に突き刺す目的の直刀に多かった両刃(刀身の両辺が刃になっている)タイプ、刀のように片刃(反りの外側にのみ刃がある)タイプ、そして切っ先から途中まで両刃になっている中間のタイプです。
日本では両刃タイプの布津御霊剣のような形状から始まり、剣太刀という刀身の切っ先から半分程度まで両刃へと変化し、日本刀という片刃の形状に落ち着きましたが、サーベルは全ての形状が同時期に存在しました。
鋭い刃の部分は脆いのよ。だから突きを目的にするなら槍のように鋭く突き刺すために両刃の方が都合が良いけれど、叩きつけたり斬りつけたりする動きに耐えるためには、刀身の厚みを確保できる峰の部分がある方が良いの。
――いわゆる“鍔迫り合い”の形になったとき、片刃であれば刀身そのものを後ろから押し込むことができますが、自分の側にも刃が向いている両刃では難しくなります。食い込む痛みに耐えればできなくもないですが、刃が滑ったときには自分の手を斬る羽目になるのです。
そのため、突きが主目的の直刀ならば両刃、斬ることを主目的とした曲刀ならば片刃、突きも斬りもこなせる半曲刀は、切っ先を突くための両刃にしていることが多いのです。
――時代や国によって多少違いはあれど、槍と剣が戦場の主役であった頃の騎兵であれば、槍と盾を持ってぶつかり合い、混戦になってからサーベルの出番となるのが基本だったはずです。
余裕がある軍隊であればいざ知らず、粗末なサーベルだけを与えられ、それが破壊されたり紛失したりした場合には、戦場に落ちている武器を拾って戦うということも茶飯事だったようです。
日本でもヨーロッパでも、もちろん私たちが住むこの世界でも、戦場って一対一で戦う場じゃないのよね。四方八方に人がいて、誰が敵だか味方だかって状態なのよ。無我夢中で戦うのから、師匠みたいに熟練の人じゃないと、剣の違いに合わせて戦うなんて難しかったでしょうね。
――サーベルだけでなく、ヨーロッパにおいて細身の剣にはナックルガード(護拳)が施されたものが数多く見られます。
刀における鍔のような目的もありますが、物によっては最接近時に“殴る”ことに使用する場合もありました。殴打でのダメージを上げるためのトゲが付いているものまでありました。
必要よ。考えてもみなさい。敵と向き合った時に相手に一番近い場所にあるのは手指よ。つまり一番攻撃を受ける可能性が高い場所にあるの。……刀での斬り合いもそうだけれど、鋭い剣を使った戦場にはね、あちこちに指が落ちているって言われているんだから。
◇キャラクター紹介
【ルリ】
道場主である斎舟の一番弟子を自負するエルフの少女。
斎舟が居ない間は道場の留守を任されている。
生活のほとんどを稽古と研究に費やしているという努力家な一面も。
本名はイービルベアードといい、熊獣人に魔族の血が混じった大男。
“モノ溜まり”と呼ばれる場所に流れ着く、異世界からの漂流物を回収して売買することを生業としている。
2人の活躍する小説『よろず道場のお師匠さん』もよろしくね!
◇参考書籍
『武器と防具 西洋編』
著者:市川 定春
>Kindle で読む
*作者紹介*
井戸正善(いどまさよし)。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が1~9巻まで、Kラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
井戸正善(いどまさよし)。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が1~9巻まで、Kラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。