作者:東雲佑
ベテランライターと語る異類婚姻譚
◇対談スケジュール
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東雲から塩田先生への質問
対談がはじまってから、あっという間に1時間が過ぎていた。
歓談、談笑、そして雑談。脇道にもたっぷりそれながら話してきた時間の中で場はすっかりリラックスしている。
そしてもちろん、そこにあったのは素晴らしく楽しい対話の1時間だった。
重岡 それでは後半戦、よろしくお願いします。
女史にならい、よろしくお願いします、と残る2人も言う。
重岡 まずは東雲先生。事前に塩田先生にお送りしていた質問を。
後半戦の1発目は僕から塩田先生への質問タイムだった。あらかじめお互いに質問を相手に出題してある。
東雲 ええっと、どれから行こうかな。
といってもお出しした質問は2つしかないのだけど。
東雲 よし、じゃあまずこっちから。
狐について、日本人と狐の関わり
異類婚姻譚、特に我が国の異類婚姻譚の話をするなら、なんといっても狐は重大な関心ごとである。
塩田 狐って、古くは狐も狸もいっしょくただったと思うんですよ。動物はいるけど動きが早くてよく見えない、分類もされてなくて、曖昧模糊としてる。それが個別に意識されるようになったのは、中国から狐の妖怪話が来てからなのかな。早くて600年代くらい。
東雲 『日本霊異記』が日本で最古の説話集って読んだんですが、あれが出来たのが、ええと……。
塩田 800年代ですね。あとは食べ物として捉えられていた側面が大きいと思うんです。特にアイヌあたりは神様(カムイ)扱いもしてもらえない存在だったし。……だから、恐らく日本全体で見ていってもそんなに敬意を払われる対象ではなかったのでしょうね。名前自体も中国から来たんだと思うんです。狐狸、言葉自体もいっしょくたじゃないですかと。
これ、次の質問にも関わって来ちゃうんですが。
それじゃあもうひとつのお題も提示しておこう。
狸の異類婚姻譚ってないのでしょうか?
塩田 狸の話がないっていうのも、狸を狸として個別に認識してなかったから話がなかっただけで、全体として見ると狐の話も、実は狸だったかもしれない。
東雲 狐の中に狸も含まれていた、と。
塩田 はい。日本の場合は狸も狐も、
話を戻しますけど、狸も狐も元々はそんなに恐れられていなかった。そこに中国から「九尾の狐」みたいなお話が入ってきて、あーすごい妖怪なんだと、格があがったんじゃないかと思うんです。
だけど狐に対して狸は置き去りになっちゃって、神様として扱われることもそんなになくて、だから異類婚姻譚としてもそんなに発展しなかったんじゃない……かなあ。まあこれはそういう説があるということで、なんとなくの印象ですけど。
東雲 そうか、さっきのギリシャの王様じゃないけど、神の子供を名乗れば箔がつく。狸だと箔がつかない。異類婚姻譚にするメリットがなかった。
塩田 見た目ユーモラスな印象がもともと持たれていたのかもしれないし、あとは江戸時代に置物の狸のイメージがすごく大きくなっちゃって、それで決定づけられちゃったのかも。日本の昔話が大きく発展・流布されるのは江戸の文化の中でですから。
重岡 そういえばこの前うちの近所でハクビシン見たんですよ。狸がいるのかと思ってびっくりした。
塩田 ハクビシンも狢と呼ばれていたんですよ。
東雲 狸と同様に。ハクビシンも狢に含まれる、と。でもハクビシンは雷獣の正体って説もあるし、だと狸より……なあおい、狸より雷獣の方がかっこいいぞ?
重岡 なんで私を見るんですか!?
一同、爆笑。
塩田 あと、狢にはほかに猿とかも混ざってると思うんですよ。
東雲 へー、狢って思ってたよりずっと広い言葉なんですね。
塩田 そうですね。あとは、狸の異類婚姻譚ということで私も探してみて、こんな話がありました。あるお寺に毎晩かわいい女の子に化けて出てくる狸がいるんだけど、和尚さんにあっさり見破られちゃうみたいな。
東雲 やっぱり狸って見破られちゃうとこまでセットな感じありますね。もうなんか、狸は最後マヌケを晒すのがお約束みたいなところがあるんですかね。
塩田 ありますね(笑) 物語に登場する動物としてはどことなく不遇な。
東雲 逆にマヌケを晒さないならキツネでいいじゃんみたいなのもあったのかな。物語の内容に沿って狐か狸かのキャスティングが変わったみたいなのも。キツネだから綺麗なお話で狸だからマヌケな話が多いのではなく、綺麗なお話だから主人公をキツネにして、マヌケな話だから狸を出すみたいな。
塩田 かもしれないですね。狐は中国から九尾狐の伝説と同時に大妖怪のイメージが伝わりましたし、変身する姿も優美で。だから同じような話が狢の段階であったとしても、これはいい話だからキツネ、これはおマヌケだから狸、みたいにディテールが後付けされたというような。
東雲 すごい。逆転の発想だ。この発想に辿り着けたのはすごく大きい。
そういえば僕ら現代の作家だって「この話はいいエピソードになりそうだからヒロインは美女にしよう」みたいなのはあるのだ。これはそれと同じか?
塩田 それが定説であるとは言えないけど、そういう解釈も成り立つ。そのくらいに考えていただければと。
塩田先生から東雲への質問
塩田 ではそろそろ私の番ですね。
東雲 お、お手柔らかにお願いします。
連載や作品を拝見しているとさまざまな神話や伝説にも触れていらっしゃるようですが、どのようなきっかけがありましたか? また、どこの神話がお好きですか?
塩田 きっかけはさっきお聞きしたので、どこの神話がお好きかで、いいかな。
東雲 はい。ええと、特に好きなのはフィンランドの神話叙事詩の……知ってる?
重岡 なんだろう?
塩田 カレワラですね。
東雲 はい。カレワラ。これ、個人的に世界一平和な神話だと思ってるんですよ。一人を除いて悪人が存在しなくて。一人だけ物語世界の邪悪さを全部押し付けられて担わされたような奴がいるんだけど、そいつ以外はみんな根は善人なんだろうなみたいな。
たとえば主人公はワイナミョイネンっていう大魔法使いの爺さんなんだけど、こいつも……まあやってることは悪質なんだけど。
重岡 悪質!?
東雲 悪質……なんだけど、全然悪気がないというか。たとえば可愛い女の子見かけて「わしのものにしたい!」って追いかけまわしたら、女の子が入水自殺しちゃったり。あとは親友の鍛冶屋と女の子の取り合いしたりとか。
重岡 悪気はないけどタチが悪いじゃないですか!
東雲 いやほんとその通りなんだけど、でも作中の空気がとにかく平和で。鍛冶屋と女の子な取り合いをしたワイナミョイネンも、あとで鍛冶屋と女の子が婚礼をあげるときは全力で盛り上げようとする。
そういえば、カレワラって全然メガテンに出てこないですよね。
塩田 あ、出てこないなあ確かに。面白いんですけどねえカレワラ。
東雲 なんでだろう。神話のルーツ的に主人公の爺さんがオーディンと被るからかな。それともマイナー過ぎるのかな。
塩田 それもあるかもしれないけど……もしかしたら、名前が長過ぎて入らなかったんじゃないかな。
東雲 あー、確かに。カレワラの登場人物、確かにみんな名前が長い。なるほど、そんな涙ぐましい事情があったのか……。
塩田 あくまでも僕の想像ですけどね(笑)
上の質問とも関連しますが、ギリシア神話には割と否定的なニュアンスで書かれていることが多いようですが、どんな理由でそう思われるようになったのでしょうか。
塩田 じゃあ次、ギリシア神話はなぜ嫌いなのか。
東雲 いやいやいや、そんな嫌いじゃないっすよ!
塩田 連載で読んだ限り、そんなに嫌いだったんだと思いましたよ(笑)
笑顔で僕を問い詰める塩田先生である。
いやいや、ほんとに嫌いとかじゃないんですよ!
東雲 あ、でも、ゼウスはクズだなあとは、思います……。
重岡 うん、ゼウスは……。
よかった! 仲間がいた!
東雲 なんていうか、こう、ちょっとかわいい人間いたから構って、構い過ぎて死んじゃったとか、抵抗されたから怒って不幸にしちゃったとか……。なんかギリシャの神さまの人間への干渉の仕方は無責任というか、無責任通り越して小学生男児が虫をいじり殺しちゃうのに通じるイメージすらあって。
で、物語を読んでる俺が「これゼウスが悪いじゃん!」って思っても、ゼウスは基本なんにもお咎めなしなんで。
重岡 うんうんうん。
東雲 あれですね。悪いのはギリシャ神話じゃなくてゼウスですね。
塩田 うーん、気持ちはわからなくもない!(笑)
わかってもらえた!
塩田 ただ、ギリシア神話 って長い年月をかけて熟成されきってるんで、噛めば噛むほど面白いものでもあるんですよね。だから、ゼウスが嫌いだからってギリシア神話を遠ざけちゃうのはもったいない気もしますよ。
東雲 ううう、食わず嫌いしないで食べます……。あ、そういえば、ギリシャ神話と日本の神話って。
塩田 ええ、似てますね。
東雲 ですよね。それで、これ何で読んだか忘れちゃったんですけど、狛犬のルーツがケルベロスだとかって聞いたんですけど、これは本当なんでしょうか?
塩田 うーん、概念的には近いものがあると思うんですよ。門番としての立ち位置とか。ただケルベロスが伝わって狛犬になったとかは、たぶんないんじゃないかなあ。
東雲 イザナギとオルフェウスもそうだし、なんか共通点がやたらありますよね。これはどちらかがどちらかに伝わったとかなのかな。
塩田 うーん、一概には言い切れないけど、なんらかの伝播はあったんじゃないかと僕は思ってるほうです。ただ、あったって言い切っちゃうとオカルト寄りになっちゃうので。
そりゃそうだよなあ。ギリシャと日本じゃ地理的にとんでもない隔たりがある。
塩田 いえ、あまり古代の世界って地理関係ないんですよ。
東雲 え、そうなんですか?
塩田 はい、意外と距離が隔たってても……まあこれは僕の持論みたいなものなんですけど。
東雲 はい。
塩田 古代って、すごく物語の価値が高くて、旅人が伝えてくる物語はものすごく珍重されたと思うんですよ。
古代は物語の価値が高かった。
それは、あまりにも琴線に触れる言い回しだった。
塩田 物語が、通貨に近い価値を持ってやりとりされてたんじゃないかと。だから、それを聞いた人が自分なりにアレンジして他の人に伝えたりとかも
東雲 物語の価値が高かったってフレーズ、ゾクゾクくるな。通貨というのは、文字通りお金として? 物語を語ることで、こう、なにか……。
塩田 そう、代償を得る。ご飯をもらうとか、泊めてもらうとか。当時の物語とはそれだけ価値のあるものだと僕は思っていて、だから遠くまで、距離を越えて伝わっていた。
東雲 なるほど、なるほど……うわー、この話聞いたあとだったら、図書ドラは今よりもっと良くなってたんだろうなあ!
図書ドラ――宝島社文庫から発売中の拙著『図書館ドラゴンは火を吹かない』の主人公はまさに旅する語り部、物語師の少年なのだ。
東雲 物語の価値が高かったって、これ、図書ドラで使わせていただいてよろしいですか?
塩田 ははは、いいですよ(笑)
やったー!
現代の異類婚姻譚に期待すること
重岡 では最後に、現代の異類婚姻譚に期待することっていうの、なにかあれば。
塩田 現代だと、私が面白いなと思ってるのは、『有頂天家族』。
東雲 森見登美彦先生の。
重岡 あー、いいですね! 今度『ペンギンハイウェイ』も映画になるんですよね森見登美彦!(2018年7月18日当時)
重岡女史のテンションがにわかにあがる。
女史にしろ我が妻にしろ、俺の周りの人はみんな森見登美彦が好きなのだ。そして俺をそっちのけにして森見登美彦作品の話題で盛り上がるのだ。
……誰も俺と一緒に北野たけしの映画を見てくれない。
塩田 なかなか女性で北野監督の映画が 好きって人は(笑)
……そうだなあ、現代の異類婚姻譚か。なんとなくライトノベル方面でいうと、(異類婚姻譚)は『ロードス島戦記』でひとつ完成しちゃった趣があります。そこから派生した作品が多いというか。……なので、これからもっと独特な作品が出てきたら、なんてのは期待してますね。
東雲 あ、じゃあこれからはじまる俺たちの異類婚姻譚小説に期待していただければ!
重岡 なるほど! ご期待ください!
最後にここで、一同またも爆笑である。
東雲 お会いできて今日、本当に光栄でした。
塩田 いえいえ、そんな。
東雲 あー、すごい楽しかった!
塩田 お力になれたならよかった。連載も楽しみにしてますよ!
東雲 はい!
重岡 はい!
塩田先生、今回は本当にありがとうございました!
―――――
◇特別コラム
塩田信之さんによる『神話世界への旅』出張版!
対談の内容を踏まえ、パンタポルタだけの特別コラムとして「異類婚姻譚」について語っていただきました。
*ゲスト紹介*
塩田信之(しおだ のぶゆき)。ゲームブックにはじまり、ゲーム攻略本やゲームシナリオ等を手がけるゲームライター。パンタポルタでも取材記事をお願いしたことがある。⇒【レポート】中世風英国パブ『オールド・アロウ』を訪ねて
塩田信之(しおだ のぶゆき)。ゲームブックにはじまり、ゲーム攻略本やゲームシナリオ等を手がけるゲームライター。パンタポルタでも取材記事をお願いしたことがある。⇒【レポート】中世風英国パブ『オールド・アロウ』を訪ねて
*作者紹介*
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。2018年9月には、宝島社文庫で文庫化された。
『図書ドラ』をイメージした楽曲「Liekki」(曲詞:yukkedoluce)も人気。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。2018年9月には、宝島社文庫で文庫化された。
『図書ドラ』をイメージした楽曲「Liekki」(曲詞:yukkedoluce)も人気。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。
▷『作家と学ぶ異類婚姻譚』