ルリちゃんの聞きかじり武器講座　第２回：タック

パンタポルタ連載小説『よろず道場のお師匠さん』（著：井戸正善）に登場するエルフの少女ルリによる武器コラム。

師匠から聞きかじった武器の知識を丁寧にわかりやすく教えてくれます。

隔週木曜日更新、全10回予定！

２．タック　－タック-突くための剣？－

――今日も今日とて話を聞きに来た熊公。そして迎え入れたのはやっぱりルリでした。斎舟はまたもや留守にしているようです。

引き返そうとした熊公でしたが、ルリに帯を引っ張られて道場内へと連行されたかと思うと、すぐさま講座が始まってしまいました。

ご丁寧に茶菓子まで用意されていることに気付いた熊公は、ため息交じりに胡坐をかき、そのまま彼女の話に耳を傾けることにしたのです……。



――戦場での戦闘において、鎧（甲冑）は非常に頼りになる防具でありました。同時に、攻撃側からすればやっかいなものだったのです。
金属の全身鎧が登場する以前でも、チェーン・メイル（鎖帷子）と呼ばれる金属リングを組み合わせた防具が存在し、生半可な刃では通用しませんでした。




――鋭い切っ先がチェーンの隙間に入り込み、そのまま中の肉体へと突き刺さる恐ろしい武器がタックです。
全体の長さは１メートル程度。まっすぐでシンプルな刀身は針そのもので、見た目から『突き刺すための武器』だとわかります。柄は長く、両手で持つこともできるようになっており、鍔の部分も頑丈に作られていて、しっかりと力を込めて切っ先を押し込める構造です。




――金属鎧が登場した当初は、薄い部分や構造的に弱い部分であれば貫通も可能でしたが、鎧の進歩と共に通用しなくなっていきました。
そして、タックをはじめ、鎧の貫通を目的とした刺突武器は姿を変えていきます。刃物が通用しない部分を避け、弱点を的確に突く為の武器となっていったのです。





――日本でも、鎧通しという刃物があります。匕首（あいくち）の一種で、短い刀身は分厚く、鎧の隙間から刺突するのが目的の武器です。
こちらは鎧組討術と呼ばれる戦場での体術の中に組み込まれており、タックとはかなり趣が変わります。戦場では敵に止めを刺すために使用されました。




――費用の面だけでなく、技術面でもこの差は大きいものでした。武器が大量に必要になる戦争において、製造に熟練の技術を必要としない武器は、生産量の拡大という点で非常に有利です。
タックは欧州でエストックとも呼ばれ、下級の雑兵用に大量生産できる武器として生き残ったのです。




――下級の兵士達の防具はチェーン・メイルが精々で、兜も薄い鉄板程度でしたので、帷子を貫通するタックは十分な脅威でした。
　盾も支給されない彼らにしてみれば、壊れにくくて防御にも使える頑丈なタックはまさに命綱だったわけです。




――刺突の恐ろしさは、薄い装甲を貫通することや、深い傷を与えることだけではありません。
自分に攻撃が向けられているかどうかを認識する時、達人であれば重心の移動や足運びを見ますが、それはとても難しいことです。
多くの人は「武器と手の動き」を見て、攻撃を避けたり防御したりするのですが……。




――長い槍を構えて並び前進するファランクス（古代において用いられた密集陣形）は有名ですが、戦時に集められただけの人々に統制を求めるのは酷な話でした。
また、電子機器が使える現在と違い、離れた場所の兵士達に命令を伝えるのも難しいので、自然と命令は単純化した方が都合が良いのです。




――先述のファランクスのように、部隊として槍を扱うのには訓練が必要でした。武器のリーチが長いことは戦闘で有利であると同時に、取り回しが難しくなるという欠点もあります。移動中は分解して運び、戦闘前に組み合わせたりするなどしていたほどです。
対して、タックは多少乱暴に扱っても問題無く、間違えて触れてしまっても刃が無いので大怪我をする可能性が低いのです。
武器の扱いに不慣れな集団に持たせるのに適していると言えます。

◇キャラクター紹介

---

◇参考書籍

『武器と防具　西洋編』
著者：市川 定春

＞Kindle で読む

---