多くの人が就寝時に使っている枕。
その昔、枕には安眠へ導くためだけではない、重要な役割があるとされていました。
今回は、妖怪「枕返し」と、私たちのよく知る「枕」にまつわる伝承をお話しましょう。
目次
枕返し誕生の背景①枕の語源
枕は、『古事記』や『万葉集』にも「万久良(まくら)」と出てくるように、古くから用いられてきた睡眠の用具である。 『神秘の道具 日本編』p.434
日本最古の歴史書である『古事記』や、7世紀後半から8世紀前半にかけて編纂された『万葉集』には、すでに「まくら」の記述が存在します。
その時代から、国内に枕が存在していたことが分かりますね。
この頃の枕には、私たちが普段使っているようなやわらかい枕だけではなく、木や石などの堅い素材で作られたものも存在しました。
また、やわらかい枕は「括り系枕」と呼ばれ、篠や稲藁、蔓、管などを束ねて作られています。
マクラの語源については、「真座(まくら)」からきたもので神が降臨する場所のこと、あるいはタマクラ(魂倉、魂座(たまくら))の縮まったもので「魂の容器」を意味するものという説が有力である。 『神秘の道具 日本編』p.435
眠っている人間の魂は肉体から離れやすいと考えられていたため、浮遊した魂が悪霊にとらえられたり、あの世に行ってしまったりするのを防ぐ神聖な道具とされていたのです。
また、日ごろ信仰している神が「枕神」として現れ、神の意思を伝えると考えられていたことからも、「枕は神が降臨する場所」と考えられていた所以がうかがえます。
この枕神は、物事の前兆を示す夢のお告げや夢占いを司っていると考えられていました。
枕返し誕生の背景②死に関連した枕の風習
人の魂を宿し男女の情愛のシンボルともされる枕は、同時に使用者の死後もその魂を宿し続ける。枕が人の死や葬式などと関係が深いのはそのためである。 『神秘の道具 日本編』p.437~438
このような信仰は、現在でも行なわれている「枕経」「枕飯」「北枕」の風習に見ることができますね。
枕には離れている恋人同士を夢で会わせる力があるとされ、男女の情愛のシンボルともされています。
枕返し誕生の背景③危険な妖怪「枕返し」の伝承
「枕返し」は、家の中に現れる妖怪が、人の睡眠中に枕をひっくり返すことをいう。 『神秘の道具 日本編』p.438
妖怪「枕返し」は、寝ている間に枕をひっくり返したり、枕を蹴って頭から外したり、北枕に向きを変えたりと様々ないたずらを仕掛けます。
枕には使用者の魂が宿るとされていたので、投げたり踏んだり蹴ったりしてはいけないものという俗信が存在しており、枕をひっくり返す行為は、肉体と魂とのつながりを断ち切る、とんでもないことだと考えられていました。
じつは、睡眠中に枕をひっくり返されるいたずらによって命を落としたという話は、日本各地に存在しています。
こうした事件や枕への信仰が重なって、枕返しが生まれたのかもしれませんね。
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