みなさんは第157回の直木賞に選ばれた小説をご存知ですか?
三人の男の人生に現れては消える少女の影――深い愛の物語が読者の心をとらえた『月の満ち欠け』(佐藤正午 著)です。タイトルにもなっているとおり、人間の生死と月の満ち欠けをなぞらえたような作品です。
このように、幻想的な月の満ち欠けは、創作の中でもよく比喩として用いられますよね。
現代では、月が満ち欠けを繰り返すのは太陽との位置関係によるものと科学的な説明がされています。ですがこうした科学的解釈抜きに、自分の精神的な浮き沈みを月の満ち欠けに重ねてみたことはありませんか?
科学的な知見を持たなかった古代の人々は、太陽や月を伝説や神話というかたちで伝えていました。今回は、そんな月の満ち欠けにまつわる世界各地の伝承をご紹介します。
目次
月の満ち欠けが起こる理由①太陽に身体を削られていた⁉
最初に紹介するお話は、アフリカ南部に住むサン人の間で語られている神話です。この話の中では、月が満ち欠けするようになったのは太陽によるものと語られています。ただし現代の科学的な説明と同じものではありません。怒りのあまり、ナイフで月の身体を削る恐ろしい存在として登場するのです。
とはいえ太陽もはじめから怒っていたわけではありません。月が太陽に失礼を働いたのが事の起こりです。月の行いに対し、太陽は尋常ではない怒りを見せます。「思い知らせてやる」と叫びながら、ナイフで月の身体を削っていったのです。
どれほど時が経過しても、太陽の怒りは一向に治まる気配がありません。月の身体も徐々に細くなっていきます。このままでは死ぬかもしれない、死んだら子供はどうなるのかと、月は切実に悩むようになります。そして太陽と和解するために妥協案を提示しました。それは肉がついて丸くなるまで削るのを待って欲しいというものです。
この提案に太陽もようやく冷静さを取り戻します。
そして月の提案通りに、月が丸々と太るまで身体を削るのを待ったのです。
こうして月は満ち欠けを繰り返すようになったというのがサン人の神話です。月の満ち欠けには太陽が関係していると、サン人は気付いていたのかもしれませんね。
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月の満ち欠けが起こる理由②-老婆に自身の肉を与えた
次の神話はナイジェリア地方に伝わるものです。この神話には、太陽の代わりに人間が登場します。ある時月は、小屋に住むひとりの老婆を見つけました。その老婆は貧困に苦しみ、食べるものさえありません。そんな彼女を助けるために、月は大地に降りたのです。
月が老婆に提供したのは自分の肉でした。老婆は嬉しそうに月の肉を頬張ります。この様子に月は満足し、老婆のもとへ毎日通うようになりました。こうして自分の肉を差し出し続けた結果、月はみるみる細くなり、光も弱くなっていったのです。
月の変化に人びとは不安を感じるようになりました。そして老婆の噂を聞きつけた人びとは、噂の真相を確かめようと小屋へ押しかけました。そこで月の肉をナイフで削り取ろうとしている老婆の姿を目撃したのです。
突然の人間の登場に、月は驚いて空へと帰ってしまいました。その後二度と大地に降りてくることはありませんでした。しかし肉を削られた記憶だけは刻み込まれてしまったということです。
月の満ち欠けが起こる理由③-太陽と月の夫婦喧嘩
カナダに暮らすイヌイットという先住民族も、月の満ち欠けに関して独自の神話を語り継いでいます。彼らの神話では、月と太陽が夫婦とされています。ただし円満な夫婦とはいえませんでした。太陽は癇癪持ちで、たびたび月を叱り飛ばしてしまうためです。
神話の上では、太陽と月はカメによって造られたとされています。カメは、天空を通るときは別々に行動するようにと太陽と月の夫婦に言いました。
しかしある日、月は遅刻をしてしまい、太陽と鉢合わせてしまったのです。
月と鉢合わせたことを太陽は烈火のごとく怒りました。その余りの剣幕に月は萎縮し、月の放つ光さえも薄らいでしまいます。
カメは月を元の大きさに戻しましたが、輝きはとり戻せませんでした。
これ以降、月は太陽のことを思い出すたびに月の満ち欠けを繰り返すようになったのです。