作者:東雲佑
動物の異類婚姻譚 ヘビ・キツネ・タヌキ編
。いきなり打ち明けてしまうけれど、僕の父は息子の嫁である我が妻をほとんど溺愛している。男やもめの家に嫁いで同居までしてくれている妻のことが、父は可愛くて仕方がないらしい。また妻は妻で、いかにも僕の父親という印象のある(と妻や親しい友人には言われる)この義父に親しみを感じてくれているようで、嫁舅の付き合いに気遣いはあっても気後れは全然していない。
そうした両者の関係性は、僕が車に跳ねられた一件を経てさらに深まった感がある。
このような家庭なので必然と言えば必然なのだけど、我が家のチャンネル決定権はほとんど妻が握っている。
妻はあの番組が見たいこの番組が見たいと遠慮なく希望を口にするし、父は喜んでそれを承諾する。僕の意見はあまり求められない。
さて、ここからが本題だ。
妻が選択する番組のジャンルは、一にアニメ(義理の父親の前で平然とプリキュア見れる胆力には実に恐れ入る)、そして二に動物番組だ。
その日の夜も、リビングのテレビは当然のように地方の動物園の紹介映像を映し出していた。ツシマヤマネコの繁殖に成功しているという九州の動物園の紹介に、猫好きの妻はちょっと引くほど食いついていた。
動物園のコーナーが終わると、次にはじまったのはヘビ科の生態に迫る特集だった。
この連載にとって大きな意義があったのは、まさにこの部分である。
「そういえば、ヘビにはピット器官っていう熱感知器官があるんだよ。だから両目がなくなっても大丈夫なのかもしれないね 」
お笑い芸人とヘビの触れ合いを見ながら(えらく殺伐とした触れ合いだった)、唐突に妻が言った。
いったいなんの話だろうと僕は悩む。が、すぐに気づいた。
ああ、これは異類婚姻譚の話だ。蛇女房が別れる我が子に目玉を残す定番の形、その話をしているのだ。
昔の人がヘビのピット器官なんて知っているわけないとは思うけど、なるほど面白い。
妻の発想に感心しながらふと父を見ると、父はテレビ画面から露骨に目を逸らしていた。
そこでようやく、父がセロリと同じくらいヘビを苦手としていることに思い至った。
いや、父だけではない。多くの人間はヘビかクモ、そのどちらかに本能的な恐怖を抱くという説を聞いたことがある。ちなみに僕は後者だ(重岡注:私もだ)。
そして同時に考えたのだ。もしかしてヘビが古来より神聖視されてきた理由には、そういうのもあるのではなかろうか?
前置きが長くなってしまったけど、今回の記事はそんなところから出発する。
。動物の異類婚姻譚、それが今回のテーマだ。
神話の昔より、人々の生活の影には常に動物たちの姿があった。動物たちは人間の最も身近な隣人であり続けてきたのだ。
第一回では異類婚姻譚という概念に触れ、第二回ではその定義について考えた。そして本格的にエピソードを取り上げ学びはじめる(はじめようと思っている)この第三回において、『動物異類婚姻譚』以上に相応しいお題があるだろうか? いや、ない。
……とはいえ。
「『動物』って一括りにしちゃうと、なんかまとまりがなくなりそうだなあ。だからってあらゆるアニマルを一つずつ個別に取り上げてくのはちょっと、いや、だいぶ途方もなくなるし……」
限定が必要だ、と僕は思った。取り扱う動物の種類を決めてしまうのだ。
そして。
「……よし、決めた! ヘビと、それからキツネだ!」
短い思案の末にそう決めた。
冒頭でも話題にしたヘビと、日本の昔話の代表選手であるきつね、今回取り上げるのはその二種類だ。その他の動物については、とりあえず次回以降にまわそう。
……そういやこの連載って全五回だっけ。いいのだろうか、こんな悠長なペースでやってて。
「さぁ、まずはヘビの異類婚姻譚からはじめよう!」
えいえいおーと僕がこぶしを突き出すと(ちなみに事故で関節が悪くなって握りこぶしが作れないので猫パンチみたいになっている)、膝上に猫を抱いた妻もまた同じように「おー」としてくれる。結婚の喜びを実感するのはこんな時である。
「それはそうと、なんで今回は私が進行サポートなの?」
妻が細かいことを気にして聞いてくる。独身の気楽さが恋しくなるのはこんな時である。
ここは正直に「そんなもんちょうど暇そうなのが君くらいしかいなかったからだ」と言おうと思ったけど、それで機嫌を損ねられたら困るので慌てて口をつぐんだ。
「……えーと、動物好きでしょ?」
「好きだよ。犬以外は」
「ヘビとかキツネも好きだよね?」
「うん」
「そう。つまりそういうことだ」
つまりそういうことだ――これは実に便利な言葉である。特に話に決着がついていなくても、これを言うことでなんとなく結論は出たという空気を醸し出すことができる。
あまり使いすぎると作家としても夫としても信用を失うだろうが、とりあえず覚えておいて損のないテクニックである。
ということで仕切り直して、まずはヘビの異類婚姻譚である。
我が国に限らず、ヘビという動物は世界中で神聖視されたり、はたまた忌み嫌われたりしている。
脱皮を繰り返すことや生命力の強さが(山育ちの父曰く殺そうとしてもなかなか死なないそうで、それがまたヘビ嫌いの一因になっているらしい)輪廻や豊穣の象徴となっている反面、手足のない姿や毒を持つ性質が恐怖や嫌悪感を抱かせるのだそうな。
「そういえば、君と付き合いはじめた頃にデートで行ったフクロウカフェで飼われてたよね、ヘビ」
「うん、白蛇と斑のが一匹ずついた。首に巻いたりして触れ合えたね」
交際初期、あれは実に良い時代だった、と僕は回想する。今よりもすべてが甘くて、すべてが柔らかかった。まわるまわるよ時代は……これ以上は新紀元社が楽曲使用料を請求されてしまうのでやめておく。
さて、ヘビの話に戻ろう。
触ってみるとわかるのだけど、ヘビの体は全身が筋肉の塊で、これがまあびっくりするほどガチムチしているのだ。
妻が言ったように上記のお店では首に巻いて記念写真を撮ったりできたのだけど、その際に「持ち方に気をつけないと首に巻きつかれて最悪絞め殺されちゃいますからね」と店員さんから注意を受けたのが忘れられない。そりゃ昔の人が畏怖したのも頷ける。
ではこのヘビとの婚姻譚、いったいどのようなものがあるのだろう。調べてみたところ、日本には二つの大きなタイプが存在していた。
一つはヘビが人間の女性の元に通ってくる(要するに夜這いをかけてくる)『蛇婿話』。
立派な美丈夫がうら若き娘のところに通ってくるのだが、この男の素性がわからない。怪しんだ娘の両親は、男の服の襟元に糸を通した針を刺しておくよう娘に命じる。朝になり糸を辿っていくと、はたしてその先では首筋に針の刺さったヘビが死んでいた。
このタイプの話は同じような筋書きのまま日本中に分布している(それこそ北は北海道から南は沖縄にまで)のだけど、話の中で、籠絡された娘たちはほとんど例外なくヘビの子を孕まされている。
妊娠した娘がどうなるのか、なにが生まれてくるのか……結末は様々だけどとにかく共通しているのは、ヘビが『人間の女性を侵犯する存在』として描写されていることなんじゃないかなとか僕は感じた。
その形状からヘビが男性器の象徴ともされてきたとか、神話は男の観点から語られているとか、なんだかそういうことを意識せずにはいられない。
とりあえず『蛇婿話』はここまでにして、ここからは日本の蛇婚姻譚のもう一つの主流、ヘビが人間の男に嫁入りする『蛇嫁話』について。
基本の形はこうだ。真面目だけどもてない男のところに、ある日突然美女がやってきて一緒に暮らし始める。夫婦は幸せに暮らすが、ひょんなことから(見るなと言われていた出産シーンを覗いてしまったり、ヘビが苦手とするなめくじが原因になることも)この妻の正体がヘビであることが露見してしまう。正体のばれた妻は夫のもとを去るが、去り際に自分の目玉を託していく。
「こないだテレビ見ながら君が言ってたの、これのことだよね? ほら、ピット器官がどうのってやつ」
「うん。二回目の読者だよりで似たような話が紹介されてたから。それ読んでそうかなって思ったの」
……本編のクールでクレバーな東雲像が崩れるからこっちで読者だよりの話はしないでほしいなあ。
まあいいや。話を戻そう。
『蛇婿話』のヘビは基本的に忌まわしい存在として描かれていたけど、『蛇嫁話』ではまったくそんなことはない。
ヘビが化けた女房は美しく働き者で、悲しい別れの際に残していく目玉は夫に幸せを呼び込む(乳の代わりに二人の子を育てるアイテムになる場合も多い)。夫から目玉を取り上げた殿様がとんでもない災厄に見舞われたりはするけど、夫にとっては一貫して理想的な妻として描かれている。
「……うーん、『神話は男の観点から語られている』って至言だなぁ」
「さて、ヘビの次はキツネのお話。世界的には意地悪でずる賢い動物ってイメージの強いキツネだけど……」
「それにしたってズートピアでのきつねは嫌われすぎだったと思う」
「あー、うん。海外(というか欧米?)ではなんであんなに悪者扱いされてんだろね」
「ひどいと思う」
「あ、はい……でも逆に、日本では古来より神聖な生き物として信仰の対象となってきたらしいよ」
そう、日本ではキツネは愛される存在なのだ。
たとえば神道ではウカノミタマ(宇迦之御魂神、いわゆるお稲荷様)の使いだし、アイヌでもキタキツネはチロンヌプという名で親しまれ、さらにクロキツネはシトゥンペカムイというもっと神獣的な要素の濃い存在として敬われていたそうな(カムイとはアイヌ語で神の意である。チロンヌプは狩猟対象となる小型の動物全般を指したとも)。
そうした背景には、キツネが稲作の邪魔者であるネズミたちの天敵であったことが大いに関係しているらしい。
農民はネズミ除けのためにキツネのおしっこのかかった石を祀ったらしいし(熊除けスプレーに狼の尿が使われてるのと原理は同じだ)、お稲荷さんに油揚げを供えたのはキツネに居着いてもらうために餌付けをしたのがはじまりだって話もあった。
そんな愛すべきキツネさんたちなので、日本の異類婚姻譚ではかなり扱いがいいし、人と結ばれるキツネたちはみんな善良な存在として描かれている(少なくとも僕が見つけた話はどれもそうだった)。
「なにしろ日本最古の異類婚姻譚はきつねが相手の物語なのである。これは日本霊異記にある『狐を妻として子を生ましめる縁』というお話なのだけど……」
「あ、それ読者だよりで読んだ。こないだかなりがっつりやってたよね」
「……陰陽師の安倍晴明の母親も葛の葉という名の白狐であるとされていて……」
「それも読者だよりで読んだ」
「じゃあまんが日本昔ばなしにあった『きつね女房』って話なら文句ねえだろ! 読者だよりじゃまんがの『ま』の字も出してねえぞ!」
ちなみに僕が見たお話では白狐の奥さんが神通力を使って旦那の農業を助けていた(狐嫁という話は複数あるらしい)。アマゾンプライムビデオで見られるから会員の人は見てみてね。
それから、茨城県には女が化けると書いて女化町(おなばけちょう)という土地があるのだけど、この町の名前の由来がズバリ異類婚姻譚なのである。
命を救われたキツネが人間に化けて恩人に嫁入りし、三人の子供をもうけた。しかし昼寝をしていた時に尻尾が出ていたのを子供に見られてしまい、別れの句を残して泣く泣く家族のもとを去ったという。
「あっ!」
女化町の話をしていたら、突然妻が声をあげた。
「なんだよ? 女化町の話も読者だよりじゃしてないぞ。なんたって昨日はじめて知ったんだから」
「そうじゃないよ。私、その町のこと知ってるんだよ」
は?
「え、まじで?」
「まじで。だって私、茨城の出身だし。そっかぁ、女化町って異類婚姻譚が由来の土地だったんだぁ」
遠く茨城の地を眺める目をしながら妻が言う。
僕はといえば、実在するとは知りながらどこか物語の中の場所と意識していた土地がいきなり現実と地続きになった気がして、少しだけ戸惑った。
戸惑いながら、是非その女化町に行ってみたいと、そう思っていた。
「ねえ、そういえばさ」
女化町へのにわかな憧れに僕がぽわんぽわんしていると、不意に妻が言った。
「キツネがお嫁さんになる話がいっぱいあるのはわかったけど、旦那さんになる話はないの?」
「ああ、いい質問だね」
うむ、実にいい質問である。特別に五点あげよう。
ここで新紀元文庫の『幻想世界の住人たちⅣ』から以下のような記述を紹介したい(新紀元社の連載だから引用し放題なのだ)。
中国では、もともと狐の精と狸の精は一つの精でした。これを狐狸の精といいます。狐狸の精は、不男不女、男女不分、つまり両生具有の精で、男としての名を陳安土、女としての名を遠王といい、男とも女ともつかない顔を持ち、きわめて淫欲な精であったといいます。この精がやがて別れて、陽性で男に化ける狸の精と、陰性で女に化ける狐の精とになったのです。
(幻想世界の住人たちⅣより抜粋)
「難しくてなに言ってんのかよくわかんないけど、要するにタヌキは男にしか、キツネは女にしか化けないってことらしいよ(※重岡注)」
「ふーん。そういえば『狐の嫁入り』って言葉はあっても『狐の婿入り』は聞いたことがないね。玉藻の前(※1)もキツネだし九尾の狐も美女に化ける」
「そうそう。思えばチェフェイ(※2)も白面の者(※3)も女にしか化けなかったけど、それはこういうことだったんだ」
いい気になって解説する僕である。
ああ、今日の僕ってば本当に作家ぽい。素人の妻が相手だったからというのを差し引いてもかなり作家力が高い。もう『作家が教わる異類婚姻譚』とか言わせないぞ!
そんな風に僕が悦に入っていると、次の瞬間。
「それじゃ、タヌキの異類婚姻譚は?」
妻は、せっかくの気分をぶち壊すような質問を投げかけてきた。
。ファンタジー弱者の僕でも『狐七化け、狸八化け』という言葉は聞いたことがある。
キツネが七化けるのに対して、タヌキは八化ける……つまり、こと
しかし、だったらタヌキが人間と性だの愛だのでどうこうなるって話もあっていいはずだ。というか、キツネのそれよりたくさんあって然るべきではないのか。
でも。
「ないの? タヌキの異類婚姻譚」
……ないのだ。問われてはじめて気づいたけど、タヌキの異類婚姻譚なんて、全然思い当たらない。この連載をはじめて以来、これでも異類婚姻譚には結構触れているはずなのに。
「ないの? ないなら、なんでないの?」
そんなもんこっちが聞きたい。
……弱った、完全にお手上げだ。
せっかく今日はここまで誰の手も借りずに頑張ってきたのに、僕はここで終わってしまうのか?
せっかく、せっかく一人で立派にやり遂げられそうだったのに!
*****
「ということで、みんなの意見を聞かせてください」
「なにが『ということで』なんだよ……文脈が全然繋がってねえよ」
一人でやり遂げなくていいのかよ、と先輩作家の笑うヤカン先生が言う。呆れたように、あるいは本気で案じるように。
でもいいのだ。自分一人で解決できそうにないときは意地を張らずに仲間を頼る、その素直さは僕の大切な長所であるはずだ。
そういうことで、僕は作家仲間たちの溜まり場にさっきの疑問を持ち込んでいた。どうしてタヌキの異類婚姻譚はないのだろう?
ああ、集合知とはいかにも素晴らしい。ここでは様々な、実に様々な意見がもたらされた。
「タヌキは人間を見ると逃げたり狸寝入りで死んだふりをしたりするから、配偶者としては不適格だったのかもしらんね。それにタヌキは地方によって『タヌキ』『ムジナ』『アナグマ』と呼び名も様々だし、そのせいで伝承が分散してる可能性も」
最初にそんな意見をくれたのは『異世界居酒屋「のぶ」』の蝉川夏哉先生だった。宝島社で担当が同じ蝉川先生は、いつも作家にとって大切なことを僕に教えてくれる。群馬にゴーゴーカレーが出店したのを教えてくれたのも蝉川先生だった。
『異世界居酒屋「のぶ」』、アニメも絶好調ですよ!
また、この連載の読者にはおなじみの二宮酒匂先生は、伝承として伝わるタヌキの異類婚姻譚エピソードを探してきてくれた。
二宮先生が見つけてくれたのは山形県の民話で、物語の時代はなんと昭和七年、伝承や神話というよりはほとんど怪談として扱われているエピソードみたいだ。
若く働き者の仁蔵という行商人には、直という評判の美人妻がいた。昭和七年の二月、仁蔵は行商に出かけたまま音信不通となり、直の必死の捜索にも関わらず行方は知れなかった。しかし四月になるとひょっこり帰ってきて、それからは働きに出ても毎日夕方には必ず帰るようになった。そうして六ヶ月後、その日も直と仁蔵が楽しく夕飯を食べていると、いきなり暴漢が飛び込んできて仁蔵を棍棒で殴りつけた。実はこの暴漢こそが本物の仁蔵で、さっきまで仁蔵がいた場所には血を流したタヌキの死体があった。
上の方で狐狸の精について引用した『幻想世界の住人たちⅣ』に『狐七化け、狸八化け』の項目もあったのだけど、そこには『狐が人間を誘惑するために化けるのに対して、タヌキは人を馬鹿にするのが好きで、化けること自体を楽しんでいる』というようなことが書かれていた。
それを念頭に置いて考えてみると、この山形の怪談も異類婚姻譚というよりは化かされ話という趣が強い。やはりタヌキは『人と結ばれる存在』ではなく『人を化かす存在』なのだろうか(あんまり関係ないけど『化かす』と『馬鹿にする』って似てるなあ)。
それから、『薬屋のひとりごと』の日向夏先生は「キツネに対してタヌキは生息域が狭いことが伝承が少ない原因になってるかもしれない」とコメントしてくれた。そういえばタヌキは世界的には珍しい動物で、外国の人はタヌキのことを実在しない架空の生き物だと本気で信じているとか聞いたことがある。
生息域で思い出したけど、四国はタヌキの聖地だそうである。それに佐渡ヶ島もまたタヌキ王国だとか。もしかしたら、四国や佐渡にならタヌキの異類婚姻譚もいっぱいあるのかもしれない。
*****
「そういうわけで、今回はここまでです!」
いやー、学んだ学んだ。心地よい疲労感が体を満たしている。まるで最後の一絞りまで力を出し切った試合の直後のような、思い残すことなどなにもない……。
「ちょっと待ってよ」
……来たか。
「確かに作家仲間さんたちの意見はすごくありがたかったけど、でもまだ答えらしい答えは出てないんじゃない?」
妻が優等生みたいなことを言う。結婚は人生の墓場という言葉を意識するのはこんな時である。
「……タヌキは愛情深い生き物で一度雄と雌のペアが成立するとどちらかが死ぬまで添い遂げるらしい。つまりそういうことだ」
「便利ワードを濫用するんじゃありません!」
せめてもう一つくらいはタヌキの異類婚姻譚を探してこようよ! と妻。
「あー、もう。あー、もう! わかってるよ! ちゃんと策は考えてるよ!」
容赦なく投げつけられる正論に、僕の中の中学一年生が反抗期の態度を取らせる。
でも、策なら本当にあるのだ。
これは、まさに最後の策だけど。
「えー、ということで、タヌキの異類婚姻譚についてなにか知っている方がいらっしゃったら、是非メッセージフォームから情報お寄せください。四国や佐渡の読者様、とっておきのタヌキのお話、お待ちしています」
「ああ……とうとう本編で読者だよりな真似をしちゃうんだね……」
「言わないで……とりあえず『平成狸合戦ぽんぽこ』でも借りてこようよ。なにかヒントがあるかもしれないしさ」
「『作家が教わる異類婚姻譚』……」
「うっせえバーカ!」
皆さまおたよりお待ちしております……切実に。
。ところで、僕はひそかにある決心を固めていた。
女化町に行ってこよう。
※重岡注
必ずしも狐は女性、タヌキは男性にしか化けないわけではありませんよ!
僧になって勉強をする伝八狐(でんぱちぎつね)や仏法を人々に説いたりする幸庵狐(こうあんきつね)ですとか、女性に化けた狸を退治したおじいさんの話が残されています。
※1
伝説では鳥羽上皇(1103年〜1156年)の寵姫だったとされる、博識と美貌を兼ね備えた女性。その正体は二尾の妖狐であったとも、はたまた大妖怪の九尾の狐であったとも語られる。
※2
真・女神転生ifにおいて貪欲界を支配するキツネ型のボス。ステージ内の宝箱を開けるごとに戦闘時の能力値が強化され姿も変わるのだが、変身する姿の中で人間形態のものは『狐面の少女』『エロティックな美女』『中国風の鬼女』と女性のものしかない。
※3
藤田和日郎先生の大長編冒険活劇『うしおととら』における最強の宿敵。九尾の狐をモチーフにした巨大な化け物。物語の要所要所で人間型の化身をさしむけることもあるのだが、『斗和子』『偽ジエメイ』と、その内訳はやはり女ばかりである。
*作者紹介*
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。ちなみに、第1話の作中に登場する「先日のエッセイ」とは『名前の中のストーリー』のこと。
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。ちなみに、第1話の作中に登場する「先日のエッセイ」とは『名前の中のストーリー』のこと。
『作家と学ぶ異類婚姻譚』
第1話
読者だより①
第2話
読者だより②
『シェイプ・オブ・ウォーター』特集
本文中でスタジオジブリのアニメ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』に触れたけれど、監督の高畑勲さんの訃報が報じられたのは、まさにこの回の原稿を書いているときでした。
高畑監督、素敵なアニメをたくさん、ありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。