『魂を喰らう墓』は、シンドラ・シルヴェインという名の引退した女性冒険者からの依頼で、プレイヤー・キャラクター(PC)たちが“死の呪い”の原因と真相を求めてチャルト半島に出向くところから始まることを紹介した。
公式のアドベンチャーは、多くのプレイヤーやPCでのプレイを考慮して、能力のある風来坊が頼まれごとを解決するかたちや、パーティーのPCレベルが高くなると、人知れぬへき地で戦い、強敵の本拠地を攻略する話が多い。
『魂を喰らう墓』では、PCたちを物語に紐づける工夫がある。「背景の選択とキャラクターの導入」というページにおいて『プレイヤーズ・ハンドブック(PHB)』にある「背景」ごとに、この事件への導入が用意されているのだ。トラブルを起こして逃れようとするのに好機となる依頼であるとか、色々な形でシンドラと知り合いであるとか、組織の中でまず“死の呪い”について指示されシンドラの依頼を受ける機会であるとか、などである。DMに確認し、自分のキャラクターの背景と結び付けよう。このことで冒険の当事者感が増すはずだ(PHBのほかに、『魂を喰らう墓』付録Aにある背景「考古学者」「人類学者」、『Sword Coast Adventurer's Guide』掲載の「学院出の学者(Cloistered Scholar)」「相続者(Inheritor)」「組織の工作員(Faction Agent)」「歴戦の傭兵(Mercenary Veteran)」用の導入もある)。
プレイするPCのレベルの幅広さ
『魂を喰らう墓』は5レベルからスタートできることをすでに紹介したが、「高レベルで開始する」という項目の中に、"5レベルで開始する"、"9レベルで開始する"というガイドラインがある。1レベルからの対応なので、5レベル決め打ちでなく、作成したばかりの1レベルから、ほかの冒険をこなしてきた4レベルまでのPCまで、どこから始めても大丈夫だ。一方で、11レベルまでのアドベンチャーなので9レベルで開始すると、PCたちがかなりスピーディーに、ヒロイックに活躍するキャンペーンとして遊ぶこともできる。というのも、チャルトの設定にはモンスターや戦闘によるもの以外の危険も多数あるからだ。
探険するジャングルの中での移動距離や位置確認のルールがある(もちろん"迷う"ルールと表裏だ)。
南国ということを反映し、自然にある河川や地面で発見できる水は、煮沸しない限り飲用に適さない。PCたちはナイアンザル港から出てジャングルへ分け入るにあたり、水と食料についての考慮を必要とする(一部『ダンジョン・マスターズ・ガイド(DMG)』のルールも参照する)。
病気もある。それも自然によるものだけでなく、魔法的な病も。
ジャングルを探険して歩きまわる中では、アドベンチャーとして意味がある場所での遭遇とは別に、ランダム遭遇も発生する。雑多な都市であるナイアンザル港でのランダム遭遇や、野良の動物や恐竜、モンスター(特にアンデッド)、他の団体構成員、地元の部族・種族などジャングルでのランダム遭遇のほか、一部の場所には専用のランダム遭遇の表が付録に収録されている。すべてが戦闘になる遭遇ではない。現地の住人だったり、探険で失敗した遺体だったりもする。なお、ジャングルに徘徊するゾンビは、どうして発生したのかは冒険の中で知ることができる歴史的な事象によるものだ。
アドベンチャー全般を通して、パーティーたちと異なる目的や仕事でチャルト半島に入り込んでいる勢力や団体があり、ナイアンザル港に限らず組織各々の目的のためチャルトのあちこちに拠点を築き、様々なはかりごとを進めている。
そもそも、ナイアンザル港も清廉潔白とは言い切れない7名の「商人王」たちの統治下にある。かれらはそれぞれ、港で売買される各種商品の専売権、つまり独占の利をもち、それを背景に支配権を行使する。そこには経済的な力と武力と両方がある。物品によってはPCたちが彼らに睨まれたり、権益の侵害で敵対する事態すらあり得る。
ナイアンザル港での情報収集ですぐにわかる様々な言い伝えと遺跡のうわさなどを追いかけるには、これらの要素と対面せざるを得なくなるだろう。
楽しいプレイ・スタイルで遊ぼう
これら多数の危険は、いうまでもなくPCのレベルが低ければ脅威として重大で、レベルが高ければ軽くなる。プレイヤーとDMは相談し(最終的にはDMが決定し)て、適正レベルでプレイすることで危機にそなえる手間をかけるのを楽しんでもよいし、こまかいルールは使わないか、あるいは高いレベルのPCでスマートに世界の危機の謎を解き、解決に突き進むプレイ・スタイルをとってもいい(それでも終盤は手ごたえはあるはずだ)。通して遊ぶと、チャルトという特殊な土地の設定の面白さと並行して、フォーゴトン・レルムの諸勢力とその目的や手段も判明したり、D&Dというゲームで伝統的な神や敵の存在なども知ることになる。コア・ルールがD&Dの集大成的な性格を備えているのと似て、『魂を喰らう墓』はアドベンチャーとしても総合的な面白さが結実しているのだ。
『魂を喰らう墓』"まえがき"から
紹介の最後に、『魂を喰らう墓』から"まえがき"を紹介して、「面白そう!」と思っていただこう。『魂を喰らう墓』は、死と、死を免れようとする者たちの物語である。D&Dのアドベンチャーの多くがそうであるように、愉快なものになるようにデザインされている。言葉が愉快だとか絵が愉快だというより、むしろ実際にプレイした経験が愉快なものになるように。プレイヤーのまずい判断、不幸なダイスの目、失敗した計画、思わずあげた奇声、愚かな醜いモンスター、死んではならない時に死ぬPC。こうしたものの中に人を笑わせる力はある。まるで馬の曲乗りをする道化者のように、冒険者もしばしば、生存と成功のためにたいそう愉快なことをやってのける。
このアドベンチャーは単なる危険なダンジョンを超えたものだ。これを愉快なものにするため、我々はかのD&Dに影響を受けたアニメイション・シリーズ『アドベンチャー・タイム』の原作・総監督、ペンドルトン・ウォードを招いた。ペンドルトン、略してペンは物語の名手であり、ユーモラスなキャラクターとそれに付随する物事を軸に、意義ある物語を組み上げる法を心得ている。そして彼は、D&Dのプレイヤーは面白いおもちゃがあればそれを使って自分たちで話を愉快にできるということをよく知っている。ペンの助けを借りて、我々は伝統的なD&Dのスタイルにもとづき、しかもそこに変った“ひねり”を加えて、状況が英雄たちにとって苦しい時にもDMとプレイヤーは笑わずにいられないような、そんな物語を組み立てようとした。ダンシング・モンキー・フルーツで愉快な気分にならない人には、空中に打ち上げられるゴブリン村があり、口からゾンビを吐くアンデッド・ティラノサウルスがある。そしてもちろん墓そのものもある。墓にはあっと驚く致命的なしかけがいくつもあるのだけれど、それを目にしたプレイヤーは思わずプッと吹きだしたり、ゲタゲタ笑い出したりするだろうし、してほしいのだ。
最後にプレイテスターの方々に心からの感謝を捧げる。彼らは『魂を喰らう墓』を誰にとってもいっそう面白い経験となるようにするために力を貸してくれた。彼らの忌きたん憚のない乱暴な意見(それはどのくらい乱暴かといって本書中のどんな罠にも負けないくらい乱暴だった)は実に有益だった。私はここに自信を持って断言する――彼らのキャラクターの死は決してムダではなかったのだと。
――クリス・パーキンス、2017年5月(*1
(*1 Christopher Perkins. r Wizards of the Coast デザイナー。
※記事中の日付は記事公開時のものです。