映画やドラマなどでは、ヴィクトリア朝の頃を中心としたイギリスの使用人(メイド)の姿が描かれることが多いですが、実はイギリス以外の欧米諸国でも、多くの使用人が雇用されていたことはご存知ですか?
『図解 メイド』(池上良太 著)では、使用人の職種や給料、余暇や老後など、使用人にまつわる世界や歴史背景をわかりやすく解説しています。今回はその中から、イギリス以外の国での使用人事情についてご紹介します。
目次
ドイツの使用人~虐待に悩む者も多かった~
資料の中にみられるドイツの使用人の職種には、次のようなものがあります。男性使用人……執事、近侍、騎馬官、給仕、料理人、御者、馬丁、猟番、庭師、先駆け
女性使用人……侍女、家政婦、料理女中、乳母、家女中
全体的にイギリスの使用人の職種と大差なく、また男性よりも女性使用人の比率が高いこともイギリスと同様です。
ドイツの使用人事情の特徴として、使用人たちは「家」を構成する一員としてなり、ドイツの伝統的な家父長制の中に組み込まれていたということが挙げられます。彼ら彼女らは名目上、雇用主の被保護者ということになっていましたが、実際には法的にも使用人への虐待がある程度認められていました。実際、当時の女性使用人の手記には、雇用主からの度重なる暴力に悩む様子を記したものも残されています。
おまけに使用人の仕事は給料もあまりよくはなかったため、中には副業として売春をせざるを得ない女性使用人もいる有様でした。
他国の使用人とは異なる点として、19世紀に入っても農業奉公人の数が多かった点も挙げられます。「農業奉公人」とは、農作業も含めた種々の労働を担っていた使用人のことです。ほとんどのヨーロッパ諸国では、この農業奉公人は時代とともに姿を消し、代わりに農作業を含まず家の中のことだけを担当する「家事使用人」が増加していきました。ところがドイツでは長い間農業奉公人が存在し続けたのです。
フランスの使用人~仕事は過酷だが立場は対等~
各資料の中にみられるフランスの使用人の職種には、次のようなものがありました。女中頭、部屋付き女中、乳母、子守女中、料理女中、雑役女中、掃除婦、門番、庭番、邸宅管理人、料理長、給仕長、銀器係、受付、従僕 など
これらの様々な職種の中で、特に発言権が強かったのは料理人や料理女中、乳母、部屋付き女中です。
ドイツとは異なり、フランスでは雇用主と使用人の関係は平等で、時には雇用主に対して強い発言をすることすらありました。
雇用主と使用人との関係が平等なものになったのは、18世紀以降のことです。それまでの使用人は封建的な扱いを受けていましたが、フランス革命以降に起きた大改革によって、職業人としての地位を確立することができました。
また革命で貴族や僧侶が没落したことから、貴族階級から当時のプチ・ブルジョワ階級へと雇用主の階級も変化しています。ただしプチ・ブルジョワ階級の給料では職種別に多くの使用人を雇うことができなかったことから、フランスでは雑役女中の数が増えることとなりました。
使用人の仕事じたいはドイツやイギリスと変わらず過酷で、大抵の場合1日中休む暇もなく働かされ、社会的な地位もそれほど高くはなかったといいます。
給料も決して多くはなかったため、収入を補うために売春を行わざるを得ない女性使用人もいました。
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アメリカの使用人~使用人と人種の歴史~
最後にアメリカの使用人事情についてみていきましょう。植民地時代のアメリカでは、料理人などの専門職を除き、一般的に使用人の明確な職種区分はありませんでした。分業制ではなく、一人ひとりの使用人が様々な内容の仕事をこなさなくてはならなかったため、効率が悪いことも多かったといいます。
アメリカの使用人事情の特徴として、時代により使用人の人種が異なることも挙げられます。
18世紀当時、使用人は年紀奉公という形で雇用されていましたが、その多くがアイルランド人女性を中心とした移民でした。彼女たちは決められた期間中はありとあらゆる労働を課せられる代わりに、年限いっぱいまで働けば、50エーカーの土地か、それに見合うだけの給料を約束されていました。
19世紀になると、使用人の人種はアメリカ出身の白人女性が中心となります。雇用契約は1か月毎というとても短いものとなり、解雇された場合、その日の夕方にはお屋敷を出て行かなくてはなりませんでした。そのため当時の雇用主と使用人の関係性は、とてもドライなものだったといわれています。
やがて19世紀後半になると、今度は使用人の多くをアメリカ出身の黒人女性が占めるようになりました。いくつかある理由のうち最大のものとして、時代とともに白人女性は様々な職業に就けるようになったのに対し、黒人女性が就くことのできる仕事はごく限られていたということが挙げられます。
このように、欧米の使用人事情は国によって全く異なるものでした。創作物などにイギリス以外の国の使用人を登場させる際は、その国の歴史や時代背景も少し加味してみると、よりリアリティのあるキャラクターが描けるかもしれませんね。
本書で紹介している明日使える知識
- 家事使用人の主な雇用者
- 言葉からわかる階級
- メイドの制服の成立
- 使用人の結婚と恋愛
- 写真と使用人
- etc...