■概説
冒険中は、自然に残された様々 な「痕跡」から正し く情報を読み取ることが重要だ。例えば地面についた「足跡」や森の木々に刻まれた「爪跡」は周囲に何がいるかを教えてくれる。遺跡の壁や天井の跡は、罠や隠し扉を見つけるための重要な手掛かりであることは言うまでもない。
小さな痕跡にも気を配ることが冒険のリスクを最小限に留め、成果を上げる近道だ。
こうした痕跡の中には「幸運の鍵」といえるようなものもある。その一つが「土の道」。主に北方の寒冷域で見られる、まるで草原を一直線に刈り取ったかのような特徴のある痕跡だ。
この「土の道」を見つけたら、よほど先を急いでいない限りはぜひ辿っていくことをお勧めする。なぜならそれは「至高の美味」へと続く道だからだ。
この「土の道」の正体、それはアクリスの食み跡である。アクリスとはヘラジカにも似た草食獣であり、立派な角につぶらな瞳、そして大きくダラリと垂れ下がった上唇からはなんともいえない愛嬌を感じさせる。
草原に生える芝草を主食とするアクリスだが、そのまま地面に頭を下げても「大きな上唇」が邪魔をしてしまい草を食むことができない。そのためアクリスが草を食べる時には、地面に上唇を押し当てながらゆっくりと「後退」するという行動を見せる。そうすることで、上唇がめくれ、芝草を根元から噛みとることができるのだ。
頭を下げて後進しながら草を食べるため、アクリスが通った後には一定の幅で土の跡が残る。僅かに残った草の倒れ方を見れば、どちらからどちらへ進んでいったかは一目瞭然。その方向へ進めば、アクリスを容易に見つけることができるはずだ。
も アクリスの肉は数多の美食冒険家の舌を唸らせてきた極上の味。まさに、出会えることそのものが「幸運」なのである。
■捕獲方法
アクリスの最大の特徴、それは「後肢の膝がない」ことだ。アクリスの後肢には腓骨や脛骨がなく、大腿骨に相当する太い一本の骨が足のつけ根からかかとまで真っ直ぐ通っている。このためアクリスは後肢を曲げられず 、 地面に伏せることができない。つまり、一度地面に倒れてしまうと自力で立ち上がることは不可能であり 、死を待つのみとなってしまうのだ。また、体のバランスも取りづらいようであり、アクリスは眠るときに適当な太さの立ち木に腰をもたれさせるという習性がある。 この習性を利用した「罠」を仕掛けることで、いとも簡単に捕獲できてしまうのだ。
アクリスを捕獲する手順は次のとおりである。
まず、手頃な大きさの丸太を用意する。アクリスの身長と同じくらいの高さで、両手でつくった丸の大きさほどの太さのものがあれば一番良い。
手頃な木が調達出来たら、その一端に10~15メートルほどの長さのロープを結わえ地面にしっかりと立てる。もたれかかっても倒れないよう、少し打ち込んでおくのが望ましい。
準備ができたらロープの端を持って少し離れた茂みの中へと隠れる。アクリスは人の気配を察知すると近づいてこないため、風下側を選んで慎重に姿を隠さなければならない。
首尾よくいけば、夕方ごろにはアクリスが眠りを求めてやってきて、立ち木に腰をもたれさせる。ここで慌てるのは禁物。およそ半刻、アクリスが深く眠るのを息をひそめて待つことが重要だ。
アクリスのいびきが聞こえたら一安心。あとは、ロープを引いて立ち木を倒すだけである。すると立ち木もろともアクリスも倒れてしまう。
倒れたアクリスはもはや立ち上がることができないため、あとは落ち着いてトドメを刺せばよい 。長槍などで離れたところから心臓を一突きし、血抜きのために頸動脈にもナイフを入れれば安全に仕留められるだあろう。
このように、アクリスは 簡単に狩ることができる。しかし、意外に思われるかも知れないが、最大の難関は「トドメを刺す」時にあるのだ。
自力では起き上れないことを本能的に悟っているのか、地面に倒れたアクリスはほとんど暴れることはない。そして人や動物が近づくと、つぶらな瞳を潤ませてじっと見つめるのだ。
このときのアクリスの表情は何とも哀しげであり、心に訴えかけてくるものがある。狩るのを止めてアクリスを起こし、再び草原に放つ冒険者も多いと聞く 。
至上の美味にありつくためには、時に心を鬼にしなければならないこともあるのだ。
■食材への加工・保存
アクリスの解体は、鹿をさばくのと大きくは違わない。内臓を取って皮を剥ぎ、部位ごとに解体するだけである。可能であれば川辺など水が豊富な場所で行うと良いのだが、近くに適当な場所がなければ地面に穴を掘ってその上に吊るして解体をすると良いだろう。地面にたまった血をしっかりと埋めれば、獰猛な肉食獣たちに臭いを嗅ぎつけられるのを防ぐことにつながる 。準備ができたら、まずは腹側にナイフで切れ目を入れ内臓を取り出す。この時、横隔膜に傷をつけてしまうと臭みが回ってしまうため注意が必要だ。新鮮な内臓、特に肝臓、心臓、腎臓、小腸は大変な美味であるため、出来るだけ傷つけないよう慎重に取り出してほしい。新鮮な内臓のうまみにありつけるのは、狩ったもだけの特権だ。
内臓を取り出したら皮を剥ぐ。ナイフを使ってきっかけさえ作れば、あとは両手でつかんで引っ張れば剥いでいくことができる。地面に倒しているのであれば、仲間に足を固定しておいてもらったほうがやりやすい。
自ら食べる場合には、前後の足を切り分け、
アクリスから得られる肉は 小型の個体なら10~20kg程度、大型の個体になるとその倍程度の食肉を手に入れることができる。
■調理例(レシピ)
アクリスの肉は脂身の少ない赤身肉。適切に処理をすれば臭みも少なく、熟成を経なくてもぎゅっと詰まった旨味を味わうことができる。
どのような料理にも合わせやすいアクリスだが、冒険の途上であればシンプルに焼いてで頂くのが一番簡単だ。
もし近くに平らな板状の石があればしめたもの。石で組んだかまどの上に石板を置き、薪の火でしっかりと熱する。石板に脂を塗りつけて、薄めにスライスしたアクリスの肉を載せて【石板焼】にすれば、やや硬さのあるアクリスの肉も美味しく食べることができる。心臓
や小腸なども同じように焼いて食べれば、その旨さに驚くこと間違いない。
手頃な石が見当たらない場合には焚火で炙ることになるが、この時に有用なのが骨付きのあばら肉(スペアリブ)だ。骨の部分に棒をしっかりとくくりつけ、地面につきたてて火にかざす。時折ひっくり返しながらじっくりと炙れば、極上の【トマホークステーキ】の完成だ。
モモ肉がたっぷりとついた骨付きの後肢は、南方の知恵を借りて【ケバブ】にするのがよい。焚火の上に骨付きの後肢をかざしてグルグルと回しながらロースト。そして焼けた表面をナイフなどで削りながら食すのだ。冒険者の友ともいえる薄焼きパンに削った肉を載せてくるっと巻けば、パサパサと味気のない薄焼きパンも美味しく食べられる。もし近くにチコリー
が生えていたらぜひ一緒に巻いて食べて欲しい。
チコリー
の微かな苦みとシャキシャキとした食感が、香ばしく焼かれたアクリスの肉との相性も抜群である。
塩漬けで保存したものは、【煮込み
】にするのが良い。香味野菜や根菜類などと一緒にシンプルなシチューに仕立てても十分に旨い。赤ワインの煮込みも定番中の定番だ。もし手元に「干しいちじく」や「干しブドウ」を持っているのなら、赤ワイン煮込みの中に一緒に入れることをお勧めする。いちじくやブドウの甘味と酸味はアクリスの赤身肉にぴったり。頬を落としていかないよう十分に注意して欲しい。
街に持ち帰ったらぜひ作って欲しいのが【クロケット】。首やスネの肉をひき肉にしたものをしっかりと炒め、ふかしてから潰した芋と混ぜてパンくずをつけて多めの油で揚げ焼きにするのである。
そのまま食べるには硬い首やスネの肉もこうすれば余すことなく美味しく食べることができる。何より、肉の旨味を吸い込んだ芋が美味い。その証拠に、我が家の子供たちもこのクロケットによって芋嫌いを克服した。もし読者の中で芋嫌いなものがいれば、ぜひ騙されたと思ってアクリスのクロケットを食べて欲しい。きっと新しい美食の世界に目覚めるはずだ。
アクリスの肉は脂身の少ない赤身肉。適切に処理をすれば臭みも少なく、熟成を経なくてもぎゅっと詰まった旨味を味わうことができる。
どのような料理にも合わせやすいアクリスだが、冒険の途上であればシンプルに焼いてで頂くのが一番簡単だ。
もし近くに平らな板状の石があればしめたもの。石で組んだかまどの上に石板を置き、薪の火でしっかりと熱する。石板に脂を塗りつけて、薄めにスライスしたアクリスの肉を載せて【石板焼】にすれば、やや硬さのあるアクリスの肉も美味しく食べることができる。
手頃な石が見当たらない場合には焚火で炙ることになるが、この時に有用なのが骨付きのあばら肉(スペアリブ)だ。骨の部分に棒をしっかりとくくりつけ、地面につきたてて火にかざす。時折ひっくり返しながらじっくりと炙れば、極上の【トマホークステーキ】の完成だ。
モモ肉がたっぷりとついた骨付きの後肢は、南方の知恵を借りて【ケバブ】にするのがよい。焚火の上に骨付きの後肢をかざしてグルグルと回しながらロースト。そして焼けた表面をナイフなどで削りながら食すのだ。冒険者の友ともいえる薄焼きパンに削った肉を載せてくるっと巻けば、パサパサと味気のない薄焼きパンも美味しく食べられる。もし近くに
塩漬けで保存したものは、【
街に持ち帰ったらぜひ作って欲しいのが【クロケット】。首やスネの肉をひき肉にしたものをしっかりと炒め、ふかしてから潰した芋と混ぜてパンくずをつけて多めの油で揚げ焼きにするのである。
そのまま食べるには硬い首やスネの肉もこうすれば余すことなく美味しく食べることができる。何より、肉の旨味を吸い込んだ芋が美味い。その証拠に、我が家の子供たちもこのクロケットによって芋嫌いを克服した。もし読者の中で芋嫌いなものがいれば、ぜひ騙されたと思ってアクリスのクロケットを食べて欲しい。きっと新しい美食の世界に目覚めるはずだ。
◎『若き冒険者に捧げる「食」の手引き』
参考書籍:『モンスターランド』(草野巧 著)
第1回:サンダーバード
第2回:クラーケン
第3回:コダマネズミ
第4回:アクリス
作者:Swind(@swind_prv)
メシモノ系物書き兼名古屋めし専門料理研究家。*宝島社より小説『異世界駅舎の喫茶店』1~2巻発売中。
*KADOKAWA MFCよりコミックス第2巻も発売中!
*ナゴレコにて「名古屋めし」レシピも紹介しています。