作者:東雲佑
異類婚姻譚の定義って?
あもう読んでくれた方もいらっしゃるかと思うのだけど(そしてそんなところまでチェックしてくれたあなた、ありがとう)、この連載の末尾に載っている僕の作者紹介には『東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている』と記されている。親愛なる担当編集、皆さんにもきっともうおなじみとなったであろう重岡女史が書いてくれたこの紹介文を、実のところ僕はかなり気に入っている。
なにしろ『ファンタジー』ではなくて『幻想小説』を得意としてくれているのが嬉しい。僕のことを理解してくれているなぁと、そんな信頼感を覚える。
そう、僕は幻想小説が得意な書き手なのである。
……というか、正直ファンタジーが苦手なのだ。書くだけでなく、それこそ読むのもそんなに得意じゃない。
ラノベ作家の癖にこいつとんでもないこと言ったなと、そう思われた方もおられるだろう。だけど事実だから仕方ない。
この際だから宣言しておくけど(というか白状しちゃうけど)、僕にはファンタジーの適性がまったくない。いくつもの設定、無数の情報、そして数多の固有名詞を理解し、記憶し、把握しておかなければいけないファンタジーはあまりにもロジカル過ぎて、論理的な思考力なんてからっきしの 僕はついつい感覚と感性の分野である(と僕は思う)幻想小説に引きこもりたくなる。
そんなファンタジー下級戦士の僕なので、この連載ではたくさんの人たちの助けをお借りすることになる。担当編集の重岡女史に、二宮先生をはじめとした作家仲間たち。
それにもちろん、あなたたち読者の皆さま。
いつもこの連載に付き合ってくれて、ありがとうございます。これからも一緒に学んで一緒に笑って、そしてなにか気になることや知りたいことがあったら、その時はお気軽にメッセージ送ってください。
そして、お願いだから「この人作家の癖に……」とか言わないでね思わないでね!
あ異類婚姻譚をテーマに連載をもらった僕だったけれど 、原稿を書くために調べれば調べるほど、この題材の手強さを思い知ることになった。
第一に、明確な定義というか、いったいどこからどこまでを扱えばいいのかも判然としないのだ。
「雪女、鶴の恩返し、はまぐり女房……エルフヒロイン、モンスター娘、メイドロボ……ん? メイドロボって異類婚姻譚か?」
メイドロボはオーケーとして、そこから少し踏み込んでAIとかになると、これはちょっと違う気がしないか? いや、でも異種ではあるし。いやでも……。
「……姫騎士とオーク……ゴブリンと女冒険者……異種姦……」
ほれみろ、一人で悩み続けてたもんだからだいぶ煮詰まって来た。
とにかく、このままだとテーマからどんどん遠ざかってしまう(さらに言うとCEROレーティング的なものがZなことになる)。
僕は一人で悩むのをやめて自分以外の意見を求めることにした。
「AIって異類婚姻譚に入ると思う?」
だが、ここでも意見は割れた。
ある人は「異種と婚姻する譚なら異種婚姻譚だろそりゃ」と言った。
またある人は「従来の意味での異類婚姻譚には含まれないが、これからの時代の異類婚姻譚には含まれていいと思う」と言った。
そして皆様もご存知の二宮酒匂先生(我が親愛なるヘミングウェイ!)の意見は「入らない」だった。
「AIは人間が生み出したものでみんな『知ってる』つもりになってる。つまり未知性がないから、異類婚姻譚の相手にはならないと思う」
「未知性」
二宮先生の言葉を反復したあとで、僕は同じ言葉を心の中で繰り返す。未知性。
「まあ人間の想像力は勝手に未知性を作り上げてしまうところがあるから、そうなれば異類婚姻譚が成り立つ余地もあると思うけどね」
「うん」
『未知性』というキーワードを得たことにより会話はさらに盛り上がるのだけど、その中で印象的なやりとりがあったので紹介したい。
「科学全盛の現代、もしも新しい異類婚姻譚(誰もがフィクションだと了解して楽しむ創作物としてではなく)が生まれるとしたら、その相手はもうストレートに神くらいしかいないのかな」
そう問うた僕に、二宮先生は否と答えた。
「神も現代では死んでる。宗教がこれだけ分析されると、未知なるものが生きていられる時代ではなくなった」
なるほどと頷くと同時に、時代という言葉に思考の焦点をあててみる。
だったら異類婚姻譚の定義もまた、時代によって変容したりするのかな。
「AIとかメイドロボとかはこう、私の中では異類婚姻譚ではなくピュグマリオン型って分類になりますね」
「ぴゅぐまりおん」
またはじめて聞く言葉だ。イルイコンインタンにしてもそうだけど、僕はちょっと物を知らなすぎかもしれない。
「ギリシア神話の一エピソードです。現実の女性に失望したピュグマリオンという男は、自らが思う理想の女性を彫刻し、そうして自分で作り出した彫像に恋をしてしまう……人間が人間の被造物 に恋をしてしまう話は、これはこれで結構あるんですよ。歌劇のコッペリアとか」
コッペリアという名前を聞いた瞬間、どういうわけか僕の脳裏には『ファイナルファンタジーⅣ』のカルコブリーナ(※1)が現れた。違う、お前じゃない。
このように、悲しくなるほどファンタジー下級戦士な僕に次に話を聞かせてくれたのは、オーバーラップ文庫で活躍中の柳野かなた先生だった。
『最果てのパラディン(※2)』の読者様たちには言うまでもないだろうけど、柳野先生はファンタジーの達人である。また、神話観・宗教観にただならない見識と哲学を持っていて、それを証明するかのように『最パラ』の世界には見事な多神教の信仰が息づいている。
「異なる世界に属して異なる文化を持った存在が、なにかしらの理由でこちらの世界と触れ合って嫁に来たり婿に来たりするから『異類婚姻譚』なのだと思うのですよ。東雲先生が疑問に思われたように、AIだと『違う世界の存在』って感じがしないですもんね」
異なる世界、異なる文化。
未知性に続いて、ここでも異類婚姻譚を読み解くためのキーワードが手に入った気がする。
「でも異なる文化というとさ、高度に発達した科学の世界でアンドロイドがアンドロイドのコミュニティとか築いてたら、話は少し変わってくるかな?」
「あ、そこまでいくと異類婚姻譚ですね、アンドロイドとの恋」
「それから、異なる世界っていうと我々には異世界転生が身近だけど、転生やら転移やらした主人公が現地で結婚したら、人間同士でも異類婚姻譚?」
「あー、あー、なるほどそう来ますか。面白い発想するなあ。そうか、異世界ものには異類婚姻譚の要素が……」
そのようにして僕たちの議論(という名のおしゃべり)は白熱していく。
この日柳野先生と話した内容はかなり多岐にわたっていて(時間もだいぶ長かった。忙しいのに付き合ってくれた柳野先生には感謝するばかりだ)、とてもじゃないが一度には書ききれない。
中にはこの連載に新たな課題を投げかけるようなくだりもあったので、次回以降、何度かにわけて紹介していきたい。期待しててね。
「そういや、ねえやなさん、オークと姫騎士は異類婚姻譚じゃないよな」
会話の終盤、僕は軽い気持ちで言ってみた。台詞の最後にクエスチョンマークがついてないことからもおわかりいただけると思うが、質問ではなく完全にジョークのつもりの発言だった。それは違うだろ! と笑ってツッコンでもらうのが狙いの。
が、しかし。
「あー、あれも現代の異類婚姻譚ですね! 元はRー18ネタだったのに気づいたら一般ネタにまでスライドしてますし。オークが意外と紳士だったり文化的なのも定番です」
えー、そんな豚骨臭い異類婚姻譚もアリなの?
。二宮先生や柳野先生の助言もあり、異類婚姻譚の定義を求める僕の探求はかなり捗った。二人の友人には感謝してもし足りない。
だけどそっちが捗る一方で、どんな記事を書けばいいのか、どんな形でまとめればいいのか、その構想は茫漠として全然掴めない。
いったいどこまでカバーすればいいのか、そしてどこまでカバーしていいのか。複雑に入り組み、時に相乗し、また時には相反する、そんな異類婚姻譚の論理、論理、論理……感覚派の僕はロジックに溺れそうになる。
指針は立たない。方向性は見失われる。
そして自信は崩壊する。
「やっぱり僕には、このテーマはちょっと荷が重すぎたかもしれない……」
そんな弱音を吐いた時、一通の新着メッセージを受信ボックスに発見した。
ここで二宮先生、柳野先生に続く、今回3人目の導師が登場する。
「わ、希先生からだ……!」
メッセージの送り主は希先生(希の一文字で『まれに』とお読みする)といい、以前はレイルソフトのシナリオライターとして活躍し、最近では小学館ガガガ文庫から『妖姫のおとむらい(※3)』を上梓している業界の大先輩だった。
心中秘かに同志と慕うこの大先輩に、僕は数日前に助言を求めるメッセージを送っていた。果たして、若輩者の後輩に助太刀の刃は届けられたのだ。
希先生からのメッセージは連載が決まったことへのお祝いで始まり、次のように続いていた。
〝さて異類婚姻譚についてですが、これの民俗学的宗教人類学的意味については、自分は門前の小僧なのでスルーさせていただくとして、物書きからするとこれは「身分違いの恋」の派生だと思うのです〟
それからご自身に大きな影響を残した作品として、泉鏡花の戯曲『海神別荘』を紹介してくれていた。
この『海神別荘』は富と引き換えに海の貴公子(恐らくは龍神であろう、と注釈があった)への生贄に捧げられた娘の物語だという。紹介の最後に、先生は人とは異なる価値観・死生観を語った海の貴公子の台詞を引用し、〝この時代において人外のモノを人外たらしめる『異なる精神性』を描破した鏡花の面目躍如〟とこれを評した。
この他にも希先生はいくつかの作品を紹介してくれていたけれど 、最初にそうと断っていた通り、専門家的な視点からの各作品への言及はどこにもなかった。
そこにあったのは一貫して『物書きとしての視座と言葉』、そして『小説家としての感性』だけだった。
「……なるほど」
思わず声が出た。
今回、僕は『異類婚姻譚』を定義で縛り上げるために柄にもなく論理を求めた。そのこと自体は決して間違っていなかったと思う。
だけど、論理に縋ろうとする余り感性を否定した、それは大きな間違いだった。
「二宮さん、やなさん、希先生……今回はみんなから大切なことを教えてもらった。どなたか一人欠けてもこの答えには届かなかった」
ありがとう、ありがとう、3人の導師に心中感謝の言葉を繰り返す。
方向性は定まっていた。
「それで、いったいどういう答えを得たの? どんな方向性に決めたの?」
夕食時、ほっともっとの 袋を漁りながら妻が聞いてくる。ちなみにお弁当屋さんに行ったのは僕だ。働けないんだからこれくらいはしなくては。
「つまりさ、最終的には僕は作家なんだよ。学者でも専門家でもなく」
「うん、知ってる。みんな知ってる。私も知ってるしお義父さんも知ってる」
のり弁の白身フライに別売りのタルタルソースをかけながら妻が言う。こっちも見ないで。そういう反応って傷つくなぁ……。
「だからえっと、要するに三本柱なんだよ。知識も大事だし、考える事も大事。でも最後に学んだことをどう解釈してまとめるか、それは僕の作家としての感性とか……えーと……」
「個性?」
「そう! それ!」
冷たい反応から一転、今度はお手本のような内助の功だった。結婚の喜びを実感するのはこんな時である。
……あれ、もしかして僕は飼い慣らされてるのか?
ま、まあいいや。
「完全な定義とか完璧な正解とか、そういうのは学者さんや専門家に任せよう。大事なのは僕が作家で、この連載が『作家と学ぶ異類婚姻譚』だってことだ。だったら、僕の感受性や僕の個性は必要不可欠だよ」
「感受性とか個性を出し過ぎた結果、正解から逸脱しちゃったら?」
「……な、なるべくそうならないように頑張る」
急に声が小さくなる僕である。
「で、でも、もし僕が間違ってるって思ったら、読者もそれぞれ自分のイルイコンインタン論を作り上げてくれたら、それこそ『一緒に学ぶ』じゃないかな」
「なるほど。そう言われてみるとそんな気もする」
若干詭弁を弄した感が自分ではあったのだけど、意外にも妻はすんなり納得してくれた。
なんだか気分が良くなって来たぞ。ふふん、とか笑ってみてやろうか。
「ふふん、そうだろうともそうだろうとも。では手始めに君のイルイコンインタン論を僕に披露するがいい。君の中で『異類婚姻譚といえばこれ!』って物語をこの作家先生に聞かせてみるがいい」
「グレープくん」
はい?
「もう死んじゃったけど東武動物公園で飼育されてたフンボルトペンギン。けものフレンズのフルルってキャラクターのパネルに恋をして一日中一緒にいたの。グレープくんの容体が悪化した時はフルルのパネルも一緒に運ばれて、最期はフルルに看取られながらこの世を去ったの」
いい話だよね、純愛だよね、と妻は言った。その声の調子はなんだかうっとりしてて、少なくとも僕をおちょくってるとかそういうことではないらしかった。
……い、異類婚姻譚って奥が深い。こんなん定義しきれるわけないよ。
※1
『ファイナルファンタジーⅣ』に登場するモンスターで、こいつも人形の姿をしている。登場時の演出や気味の悪い見た目などからトラウマとして刻まれたプレイヤーも多いと思う。僕もその一人だ。
※2
オーバーラップ文庫
著者:柳野かなた
イラスト:輪くすさが
緻密に創り上げられた世界観と濃密なシナリオが売りの非常に骨太なファンタジー。神の臨在する世界が舞台でありヒロイン枠もまた神様が占めるという、神婚譚的な異類婚姻譚の気配を強く放つ作品。
※3
妖姫のおとむらい
ガガガ文庫
著者:希
イラスト:こずみっく
純文学の手法と文体でライトノベルに挑んだ、ファンタジーというよりは幻想小説と呼びたい和風伝奇ラノベ。乙女の姿形とは裏腹の妖艶な魅力を醸し出すあやかしの姫『笠縫』と、そんな彼女に色気ではなく食い気で魅了された青年の物語。
*作者紹介*
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。ちなみに、第1話の作中に登場する「先日のエッセイ」とは『名前の中のストーリー』のこと。
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。ちなみに、第1話の作中に登場する「先日のエッセイ」とは『名前の中のストーリー』のこと。
『作家と学ぶ異類婚姻譚』
第1話
読者だより①