■概説
冒険者にとって最大の敵、それは「空腹」である。飢えは冒険者の力を奪い、判断力を鈍らせ、やがて死の淵へと追い詰める。腹が減っては厳しい道のりを乗り越えるのは困難だ。当然、冒険に出かける前には必ず携行食を用意する。しかし、実際の冒険では「食糧=荷物」。できるだけ荷物を軽くしたいという思いから、携行する食糧は必要最低限としがちであるのは読者ならお分かりであろう。
その少ない食糧を持たせるために必須となるのが「現地調達」。その中でも「新鮮な肉」は特別だ。焚火で豪快に焼き上げれば野趣あふれる脂と肉の旨味が堪能でき、しっかりと煮込めば滋味に富んだ栄養をたっぷりと取り込むことができる。その旨さは、厳しい冒険を続けていくうえでの活力源となる。
とはいえ、むやみやたらに危険を冒すまでの必要はない。食糧調達はあくまでも余力の範囲内で行うべきであり、特別な理由がなければ冒険中に狙う 対象は野鳥や野兎といった小型動物が基本となる。旅程の途上で頻繁に見かける彼らなら、少々すばしっこいとはいってもそれなりに経験を積んだ冒険者であれば容易に捕獲できるであろう。
そんな食用小型動物の中でもぜひ覚えて頂きたいのが「コダマネズミ」だ。主に山間の森林に生息する小型の魔獣で、体長20~30cm程度が標準と言われているものの、大きなものでは70cmほどの個体も確認されている。木の根や実を食べて暮らしているため、その肉質は臭みもなく柔らかい。 とりわけ秋には木の実をたっぷりと食べて良質の脂を蓄えており、大変美味なものとなる。
にもかかわらず、コダマネズミを食べたことがある冒険者 は存外に少ない。その理由のひとつ は「ネズミ」という名のイメージの悪さであろう。ドブネズミの例を持ち出すまでもなく、ネズミといえば悪疫を運んでくる不衛生なイメージが強い。ついつい忌避してしまうのも自然な反応だ。
しかし、山林に住むコダマネズミは不衛生ということはない。彼らは相当の清潔好きのようで、きれいな沢や泉で水浴びをしているコダマネズミの姿も見られる。地面の穴や茂みを巣としていたり、木の根や実を餌としていたりと、生態から見ても「ウサギ」と同等に考えて良いであろう。
そしてもうひとつの理由は、コダマネズミの「自爆体質」にある。人間を含めた大型生物を目前にすると何と自ら爆発するという不思議な性質を持っているのだ。一説には、自らの身を挺して周りの仲間に危険を知らせるためと言われているが、本当のところは分かっていない。冒険者にとって爆発自体が危害となる心配はないものの、肝心のコダマネズミが木端微塵になってしまっては食べるどころではない。そのため通常の小型動物に比べると捕獲の難易度が少々上がってしまうのが難点だ。
しかし、苦労に見合うだけの価値は必ずあると断言しよう。
コダマネズミが美味であるという事実、それは我が冒険者人生の中でも五指に入る素晴らしい「発見」であったのだ。
■捕獲方法
コダマネズミの捕獲において、唯一かつ最大のポイントは「自爆させる前に仕留めること」である。「突然飛び出てきて、瞬く間に爆発する」と思われているコダマネズミだが、それは我々人間が彼らの存在に気づかずに驚かせてしまっただけに過ぎない。野鳥や野兎が一目散に逃げるのと同じように、コダマネズミは「飛び出て爆発」しているだけなのだ。
逆に言えば、こちらの存在に気づかれる前にコダマネズミを仕留めてしまえば爆発することはない。そのため遠方から弓で仕留めることが第一の選択肢となるであろう。この場合は出来るだけ頭部を狙うこと。小さい頭を狙うのは少々骨が折れるが、トレーニングの一環としてはちょうど良いかもしれない。
また、コダマネズミに気づかれないように近づき、ナイフなどで狩るのも選択肢となりうる。これもまた、気配を断つ訓練にもってこいである上、身を傷つける心配が少ないのも良い。コダマネズミ程度であれば一刺しで仕留めるのも容易であろう。
いずれの場合も、捕獲した後は素早く腹から頸動脈にかけて切り裂き、血抜きを行うとともに内臓の処理も行っておく。こうしておけば、爆発の原因となるガスも自然と抜けて、細かな肉片に代わる心配もなくなるのである。
■食材への加工・保存
コダマネズミの捌き方は、野兎のそれと大きくは変わらない。最初に、可食部として適さない前後の足の膝から先は切り落としてしまう。続いて、内臓を抜いた腹側からナイフを入れてきっかけを作ったら、手でメリメリと引っ張っていけば簡単に皮をむくことができる。多少つっかかってもナイフで切れ目を入れれば大丈夫だ。毛皮はまるで洋服を脱がせるようにきれいに剥がすことができるが、ウサギの皮と違ってこれといった使い道がないので残念ながら処分せざるを得ない。
皮をはがしたコダマネズミは、きれいな水で血を洗い流した後、頭を落とせば食肉として使える状態となる。大型の個体の場合は調理に合わせて前足・もも・胸・腹とバラしていけば良い。
なお、コダマネズミの場合は仕留めた直後でも十分に味が乗っているため、鮮度の良いうちに調理してしまうのが良い。新鮮な内臓は臭みも少なく、捌いた直後であれば塩焼きなどにして食べることもできる。特に肝臓と腎臓は大変な美味であり、野趣あふれるその味わいは一度食べると病み付きになること間違いなしだ。
調理例(レシピ)
まず試して頂きたいのが【丸焼き】である。標準サイズのコダマネズミであれば串に刺して焚火にかざすのが最もシンプルな調理法だ。味付けは塩でも十分だが、香りづけに香草を使うのも良い。
豪快にかぶりつけば弾けるような肉汁が口の中に溢れ、噛みしめるほどに旨味が広がってくる。鶏の胸肉に近い食感と、淡白かつ上品な味わい。一度食べてみていただければ、ウサギの近縁種であるということを納得頂けるであろう。
個人的に最も美味な部位は肋骨周り。ここは小骨が多いものの、しっかりと焼いて骨ごと噛みしめれば淡白な肉質に骨の髄の旨さが加わり、命を喰らっているという満足感にいっそう浸ることができる。
また、大型の個体を仕留めた際には、部位ごとに切り分けて【シチュー】にするのも良い。身を外した骨を軽く焼いてから湯の中に沈めると、じきに美味しいフォン
が取れる。ここに根菜や芋、
ポワロ―
(これらも冒険の途中で入手しやすい食材である)を加えてしばらく煮込めば滋養たっぷりなシチューの完成だ。このシチューに保存食の堅焼パンを浸せば柔らかく食べやすくなる上、どっしりとした食べごたえにお腹も満足すること請け合いである。
多くの個体を仕留めることができた場合には、即席の保存食を作るのもひとつの方法だ。例えば、塩をまぶしてから一晩干したコダマネズミの肉を、細かく砕いたビーチ
や
オーク
のチップで熱をかけながら燻せば、歩きながらでも手軽に美味しく食べられる【燻製】が出来上がる。
ひと手間かける余裕があれば【リエット】を作っておくのも良い。骨から外したコダマネズミの肉を香味野菜とともに皮脂で一晩煮込み、細かく潰して容器の中で固めれば完成だ。容器の表面にできた脂の層が空気を遮断し、いつまでも美味しい状態を保ってくれる。堅焼きパンに塗って食べれば、その美味しさもひとしおだ。
最後に、もし手元に赤ワインがあるのであれば【シヴェ】を作るべきである。シヴェとは、水の代わりに『赤ワイン』と『血液』を使った煮込み料理。刻んだポワロ―
をじっくり炒めてからコダマネズミ骨付き肉とレバーを加え、赤ワインと血液でじっくり煮込んだら出来上がりだ。
その味わいはまさに濃厚の一言。血と聞くと生臭いように思われるかもしれないが、新鮮な血液には臭みは少なく、赤ワインの風味と相まって、冒険中に食べられる料理とは思えないほどコクのある仕上がりとなる。もし調達できるなら香草類や香味野菜、キノコなどを加えると、より複雑となった香りがいっそう食欲を刺激し、深みのある味わいは山の中にいるとを忘れるほどの恍惚をもたらすであろう。
ただし、シヴェを食べた後はよく口の中を洗い流すこと。万が一口元が真っ赤に染まったまま街へ入ってしまえば番所へ連行されてしまうのでくれぐれも注意してほしい。
まず試して頂きたいのが【丸焼き】である。標準サイズのコダマネズミであれば串に刺して焚火にかざすのが最もシンプルな調理法だ。味付けは塩でも十分だが、香りづけに香草を使うのも良い。
豪快にかぶりつけば弾けるような肉汁が口の中に溢れ、噛みしめるほどに旨味が広がってくる。鶏の胸肉に近い食感と、淡白かつ上品な味わい。一度食べてみていただければ、ウサギの近縁種であるということを納得頂けるであろう。
個人的に最も美味な部位は肋骨周り。ここは小骨が多いものの、しっかりと焼いて骨ごと噛みしめれば淡白な肉質に骨の髄の旨さが加わり、命を喰らっているという満足感にいっそう浸ることができる。
また、大型の個体を仕留めた際には、部位ごとに切り分けて【シチュー】にするのも良い。身を外した骨を軽く焼いてから湯の中に沈めると、じきに美味しい
多くの個体を仕留めることができた場合には、即席の保存食を作るのもひとつの方法だ。例えば、塩をまぶしてから一晩干したコダマネズミの肉を、細かく砕いた
ひと手間かける余裕があれば【リエット】を作っておくのも良い。骨から外したコダマネズミの肉を香味野菜とともに皮脂で一晩煮込み、細かく潰して容器の中で固めれば完成だ。容器の表面にできた脂の層が空気を遮断し、いつまでも美味しい状態を保ってくれる。堅焼きパンに塗って食べれば、その美味しさもひとしおだ。
最後に、もし手元に赤ワインがあるのであれば【シヴェ】を作るべきである。シヴェとは、水の代わりに『赤ワイン』と『血液』を使った煮込み料理。刻んだ
その味わいはまさに濃厚の一言。血と聞くと生臭いように思われるかもしれないが、新鮮な血液には臭みは少なく、赤ワインの風味と相まって、冒険中に食べられる料理とは思えないほどコクのある仕上がりとなる。もし調達できるなら香草類や香味野菜、キノコなどを加えると、より複雑となった香りがいっそう食欲を刺激し、深みのある味わいは山の中にいるとを忘れるほどの恍惚をもたらすであろう。
ただし、シヴェを食べた後はよく口の中を洗い流すこと。万が一口元が真っ赤に染まったまま街へ入ってしまえば番所へ連行されてしまうのでくれぐれも注意してほしい。
◎『若き冒険者に捧げる「食」の手引き』
参考書籍:『モンスターランド』(草野巧 著)
第1回:サンダーバード
第2回:クラーケン
第3回:コダマネズミ
第4回:アクリス
作者:Swind(@swind_prv)
メシモノ系物書き兼名古屋めし専門料理研究家。*宝島社より小説『異世界駅舎の喫茶店』1~2巻発売中。
*KADOKAWA MFCよりコミックス第2巻も発売中!
*ナゴレコにて「名古屋めし」レシピも紹介しています。
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