■概説
冒険者としての活躍の舞台は陸上ばかりとは限らない。時には広大な海へと繰り出すことも あろう。大海原を舞台にした冒険は、陸上のそれとは違ったワクワク感があるものだ。しかし、海の上はもちろん楽しみばかりではない。陸上と同じように、大海原にも 多くの危険が存在する。船乗りたちに言わせると、海の上の災厄は三つあるという。ひとつは嵐に遭遇すること、二つ目は凪の中で前にも後ろにも進めなくなること、そして三つ目は「クラーケン」に遭うことだ。
クラーケンは、海に棲む巨大な生物のこと。多数の触手を持ち、船を捕まえては海の奥底へと引きずり込む、大変に恐ろしい「海の怪物」である。
船乗りたちに伝わる話によれば、クラーケンの全長は数百メートルに及ぶとも言われている。しかし、実際に捕獲されたクラーケンの大きさはせいぜい数メートルから数十メートル程度。もちろんこれでも十分に大きいのだが、誤差の大きさはぬぐえない。
これについては、私はひとつの仮説を持っている。それは、海上に生じた蜃気楼や深い霧に映し出された影が、本来よりも大きな姿へと錯覚させているというものだ。
実際、私自身もかつての冒険で「超巨大クラーケン」に遭遇した経験がある 。ある日、仲間たちとともに霧の深い大海原を進んでいると、目の前で大きな影がゆらりと蠢いた。大きな胴体から何本もの触手を生やした生物、間違いなくクラーケンだ。
その影は天を貫くほど大きく、まさに伝承通りの化け物。捕まったらひとたまりもない。深い霧で視界は極めて悪かったものの、我々は帆を全開にし、全速力で逃げ出した。
しかし冷静に考えると、あの時我々見たのは「影」のみ。その実体 を目視したわけではない。その後他の目撃例も調べてみたが、どれも私の経験と同じく深い霧や蜃気楼の中で見られたものばかりであった。
即ち、超巨大クラーケンは映し出された「影」が見せるものであり、実際の大きさは 捕獲されているもの程度に過ぎないというのが私の仮説だ。とはいえ、数十メートル級の個体であっても十分に脅威であるし、そもそも単に「本当の超巨大クラーケン」から逃れて生きて帰ってきたものがいないというだけかもしれない。いずれにせよ、油断は大敵である。
さて、最近になって、クラーケンにも二種類いることが分かってきた。丸い頭部から触手を八本伸ばした「オクトパスタイプ(タコ型)」のもの。もうひとつは筒状の胴体から十本の触手を伸ばす「スクィードタイプ(イカ型)」のものだ。オクトパスタイプは主に南方の温かい海に、スクィードタイプは主に北方の冷たい海に生息している。
オクトパスタイプのクラーケンは、非常に引き締まった身の中にたっぷりと海の旨味を蓄えている。その硬さを克服するための調理法は必要となるが、苦労に見合った味わいを堪能できるであろう。
南方の島国などでは食用としての価値も認められており、特に身質の柔らかい成長途上のクラーケンを狙って捕獲する専門の漁師も存在するようだ。
一方、スクィードタイプのクラーケンは「犬も食わない」と言われている 。その理由は強烈な臭み。「真夏の船乗りたちが無理やり押し込まれた船底の船室の臭い」とも例えられる鼻を刺すような独特の刺激臭を持つがゆえに、およそ食用には不向きと考えられてきたのだ。
海沿いの街の冒険者ギルドであれば時々は捕獲依頼が寄せられることもあるが、その目当ては染料の材料となる墨袋 であり、身は海の底に捨てていくのが通例であった。
しかし、スクィードタイプのクラーケンもこの「臭み」さえ処理できればそこには素晴らしい美味が隠されていることはあまり知られていない。新鮮なスクィードクラーケンの身は透き通るほどに美しく、焼いて良し煮て良し揚げて良しと料理のバリエーションも豊富だ。処理方法さえ心得ておけば、海上における貴重な美食のひとつとして冒険生活をより豊かなものにしてくれるであろう。
■捕獲方法
オクトパスタイプのクラーケンは比較的近海にいることから「生け捕り」での捕獲が主流となっている。複数の船で大きな網にかけたらそのまま海岸まで運び、最後は大勢で網を曳いて浜へと揚げてしまうのが一般的だ。海中では絶対的な強さを誇るクラーケンも、陸上であれば比較的処しやすい。とはいえ、オクトパスタイプは極めて生命力が強く、陸上でも弱ることがない。その強力な触手に絡められればたちまち絞め殺されてしまうであろう。油断することなく最後まできっちり仕留めることが重要である。
一方、遠洋にいることが多いスクィードタイプのクラーケンの場合には、捉えたその場所、つまり海上で仕留める必要がある。とはいえ、長い触手や分厚い胴部に阻まれるため、まともに渡り合うのは困難だ。
しかし、そんな難敵クラーケンにも急所がある。それは「目の間」。ここに剣や銛を突き立てることで重要な神経を切断し、一撃で仕留めることが可能だ。急所に命中すると赤褐色の体色が白く変わるため、正しく仕留められかどうかも一目瞭然で分かる。
ただし、この急所は右目寄りと左目寄りのそれぞれに一ヶ所ずつ、合計二か所あるので注意が必要だ。それぞれが右半身と左半身に対応しており、片方だけ仕留めても残りの半身に影響はない。一ヶ所だけを仕留めて油断してしまえば、残った半身の触手から強烈な反撃を喰らい事になってしまう。自らが餌となってしまわないよう、最後まで気を抜いてはならないのだ。
■食材への加工・保存
オクトパスタイプのクラーケンの場合には、まず内臓を抜きだす必要がある。頭部の入口にある筋を切り、内側にある内臓を引きはがせばよい。この時、墨袋を破かないようにするのだけは注意が必要。万が一破けてしまうと身が染まって見た目が悪くなるだけではなく、服や体に着いてしまうと簡単に落ちないため、大変な苦労を背負い込むことになるのだ。内臓を抜いたら目玉を切り落し、足の中央にある口の部分に切り込みを入れて黒いクチバシを引き抜く。そして、身全体に大量の塩をまぶして揉んでから、汚れやヌメリを洗い流せば下処理の出来上がりだ。吸盤の中にも汚れが詰まっているのでしっかりと掻きだすのを忘れてはならない。また、塩をまぶした後でこん棒や皮をむいた大根などでしっかりと叩いておくと身が柔らかくなって食べやすくなる。
生のままでは足が早いため、下処理を終えたものは出来るだけ早く茹でてしまった方が良い。可能であれば巨大な釜で丸ごと茹でるのが理想なのだが、そのようなものがなければ足と胴体を切り離し、適当なサイズに切り分けて茹でるのが良いであろう。とはいえ、その場合であっても、きるだけ大きく切り分けた方が味抜けなく美味に仕上げることができる。
一方、スクィードタイプの場合には、解体作業のために広く平らな場所を確保するところがスタートとなる。船の甲板に乗るサイズであれば良いが、そうでなければ
スクィードクラーケンの解体は、まずは胴体の中央に沿って切れ目を入れていくところから始まる。筒状の身に刃を突きたてて開いていくのだが、あまり深く切れ目を入れ過ぎると内臓や墨袋を傷つけてしまう。こうなれば価値の高い墨袋が台無しになってしまう上、せっかくの身が真っ黒に染まってしまうため細心の注意を払っていただきたい。
頭の先までしっかりと切れ目を入れたら、身を左右に開き、身の裏側でつながっている内臓も切り離しながら足を引っ張っていく。これで、胴体の部分と内臓付きの 足の部分に分けられる。
胴体の部分は水洗いした後でミミの部分から外皮をはがしていくのだが、これは非常に簡単。大型のものでも二人がかりで引っ張ぱるだけでベリベリと気持ちよく剥がれていく。一方、足の部分は大きな吸盤をひとつずつ丁寧に削ぎ落したうえで、毒のある先の部分も切り落とす。ここまでで下処理の第一段階が終わりだ。
そしてここから最も大事な作業、身の臭み抜きが始まる。大きな身や足を適当な大きさにカットして、それを樽に詰めてから白ワインと水を1:1の割合でたっぷりと注ぐ。作業はたったこれだけ。このまま一晩から二晩ほど漬けこむだけで、悪臭の原因となる成分が分解され、臭いは嘘のように消えてなくなってしまうのだ。
なお、スクィードタイプのクラーケンは、オクトパスタイプに比べてもさらに鮮度落ちが早い。このため、保存が必要であれば上記の下処理をした後、氷系の魔法で冷凍してしまうのが良いであろう。
調理例(レシピ)
オクトパスタイプ・クラーケンタイプのどちらについても、ぶつ切りにした身をシンプルに油で炒め、レモンを振って食べるだけでも相当の美味である。しかし、せっかくの獲物なのだからより美味しく調理する方法は知っておきたい。
オクトパスタイプの場合、もっとも美味なる部位は足 である。弾力に富んだ身の中には脂っ気のない純粋な海の旨味がたっぷりと詰まっており、噛みしめるほどに旨い。
そんなオクトパスクラーケンの旨味を生かしつつ、かつ冒険中に手っ取り早く作れる料理としては【アッラ・ルチャーナ】をぜひ勧めたい。元々は南方地域でよく食されているオクトパスクラーケンの調理法だ。
作り方は非常にシンプル。ぶつ切りにしたオクトパスクラーケンを串切りにした玉ねぎとともに油で炒め、皮を剥いたトマト(瓶詰でもよい)をたっぷりと加えたら、あとは蓋をして蒸し煮にするだけである。材料から出る水分のみで煮込み料理を作ることができるので、海上での調理にももってこいだ。調味は塩が基本だが、もし唐辛子を持っているなら、煮込む際に一緒に加えると、ピリッと引き締まった食欲をいっそう掻き立てる一品になる。
また、もし良質のオリーブオイルがあるのであれば、【アヒージョ】もお勧めだ。こちらも調理は至って簡単。ぶつ切りのオクトパスクラーケンと皮をむいた丸のにんにくを器に入れたら、オリーブオイルをひたひたになるまで入れて火にかけるだけである。揚げるというよりは油で煮るというイメージで、低温でじっくりと火を通していく。良質の油を吸ったオクトパスクラーケンはいっそうジューシーさを増し、酒にもパンにもピッタリだ。
一方スクィードタイプのクラーケンの場合には、足よりも胴の身の方が美味である。これを最も美味しく頂く方法はシンプルな【グリル】なのだが、そのまま焼いただけでは身が縮んでしまって噛み切るだけで大変な苦労を強いられてしまう。これを防ぐには、予め身の表面に包丁で細かく格子状の切込みを入れておくこと。こうすることでクラーケンの筋繊維をほどよく切り解くことができるので、身の縮みも押さえられ、かつ味の入りも良くなるのだ。
また、足の部分については【フリット】にすると美味である。ぶつ切りにした足に小麦粉と卵を溶いて作った衣をまとわせ、高温に熱した油で揚げれば完成だ。サクサクとした衣の中から現れるクラーケンの足は、プリプリと弾力に富んだ食感ながら硬すぎるということはなく、噛めば噛むほど味が湧き出てくる。
なお、副産物として出る内臓にも使い道はある。内臓にたっぷりと塩をして樽の中で熟成させると、内臓が発酵して真っ黒い液体が出来上がる。つまり、スクィードクラーケンの内臓で作った「魚醤」だ。オクトパスタイプ・クラーケンタイプのどちらについても、ぶつ切りにした身をシンプルに油で炒め、レモンを振って食べるだけでも相当の美味である。しかし、せっかくの獲物なのだからより美味しく調理する方法は知っておきたい。
オクトパスタイプの場合、もっとも美味なる部位は足 である。弾力に富んだ身の中には脂っ気のない純粋な海の旨味がたっぷりと詰まっており、噛みしめるほどに旨い。
そんなオクトパスクラーケンの旨味を生かしつつ、かつ冒険中に手っ取り早く作れる料理としては【アッラ・ルチャーナ】をぜひ勧めたい。元々は南方地域でよく食されているオクトパスクラーケンの調理法だ。
作り方は非常にシンプル。ぶつ切りにしたオクトパスクラーケンを串切りにした玉ねぎとともに油で炒め、皮を剥いたトマト(瓶詰でもよい)をたっぷりと加えたら、あとは蓋をして蒸し煮にするだけである。材料から出る水分のみで煮込み料理を作ることができるので、海上での調理にももってこいだ。調味は塩が基本だが、もし唐辛子を持っているなら、煮込む際に一緒に加えると、ピリッと引き締まった食欲をいっそう掻き立てる一品になる。
また、もし良質のオリーブオイルがあるのであれば、【アヒージョ】もお勧めだ。こちらも調理は至って簡単。ぶつ切りのオクトパスクラーケンと皮をむいた丸のにんにくを器に入れたら、オリーブオイルをひたひたになるまで入れて火にかけるだけである。揚げるというよりは油で煮るというイメージで、低温でじっくりと火を通していく。良質の油を吸ったオクトパスクラーケンはいっそうジューシーさを増し、酒にもパンにもピッタリだ。
一方スクィードタイプのクラーケンの場合には、足よりも胴の身の方が美味である。これを最も美味しく頂く方法はシンプルな【グリル】なのだが、そのまま焼いただけでは身が縮んでしまって噛み切るだけで大変な苦労を強いられてしまう。これを防ぐには、予め身の表面に包丁で細かく格子状の切込みを入れておくこと。こうすることでクラーケンの筋繊維をほどよく切り解くことができるので、身の縮みも押さえられ、かつ味の入りも良くなるのだ。
また、足の部分については【フリット】にすると美味である。ぶつ切りにした足に小麦粉と卵を溶いて作った衣をまとわせ、高温に熱した油で揚げれば完成だ。サクサクとした衣の中から現れるクラーケンの足は、プリプリと弾力に富んだ食感ながら硬すぎるということはなく、噛めば噛むほど味が湧き出てくる。
実はこの魚醤、東大陸のある地域では【イシーリ】と呼ばれ、この地域一帯の人にとってはなくてはならない調味料として大変好まれている。海のエキスを凝縮したような豊潤な旨味は、魚料理にはもちろん、肉料理の下味をつけるつけダレの材料に入れたり、スープの隠し味に使ったりするだけで味がぐっと深まる。まさに魔法の調味料だ。私もかつて遠征の際に【イシーリ】と出会ってからというもの、すっかりその美味しさの虜になっている。
惜しむらくは【イシーリ】ができるまでには年単位の時間がかかるということ。また、塩の量を見間違えれば腐ってしまったり、逆に塩がきつくなりすぎてしまったりと、とても食べられないものになってしまうことも多い。多大な時間と手間をかけたとしても常に失敗と隣り合わせ、それが【イシーリ】作りの難しさだ。
それでも、【イシーリ】の旨さは他に代えがたい。冒険者諸君も一度食してみれば、その衝撃的な味の虜になることであろう。
◎『若き冒険者に捧げる「食」の手引き』
参考書籍:『モンスターランド』(草野巧 著)
第1回:サンダーバード
第2回:クラーケン
第3回:コダマネズミ
第4回:アクリス
作者:Swind(@swind_prv)
メシモノ系物書き兼名古屋めし専門料理研究家。*宝島社より小説『異世界駅舎の喫茶店』1~2巻発売中。
*KADOKAWA MFCよりコミックス第2巻も発売中!
*ナゴレコにて「名古屋めし」レシピも紹介しています。
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