お出かけをした休日や、仕事中のお昼などは、外食をする機会も多いと思います。みなさんはどこで食事を取りますか?
ファーストフード店やファミレスは勿論、食べ放題に挑戦する人や、ちょっと奮発して高級料理店に行く人など外食の楽しみ方は様々でしょう。
食文化が発展したことで、外食の機会が多くなった現代ですが、実は古代ローマの時代にも、同じように外食のできるお店がたくさんありました。
今回は、『図解 食の歴史』(高平鳴海 著)を参考に、ローマの軽食店とされていた「バール」を紹介します。
目次
バールが食の基本だった古代ローマの外食事情
古代ローマ人は家で食事をするより、外食や外での飲酒を好んでいたため、外食は一大産業でした。それには理由があり、大きなお屋敷にはかまどや台所がありましたが、貧民層の家には台所どころか水道もなく、煮炊きができなかったため、日常的に外食をしていたのです。
そのため、古代ローマには、現代のファミレスや宿屋、居酒屋にあたるお店がたくさんありました。
その中でも軽食店にあたる「バール」は、古代ローマの地方都市ポンペイに118店舗も存在しており、大衆文化の発信地として、ローマ人にとって親しみのあるお店でした。
また、富裕層の間では、提供される食べ物の量が多いほど下品とされていましたが、彼らもお忍びで庶民のお店や安価な宿で飲食や飲酒を楽しんでいたそうです。
あの暴君ネロも、変装をして夜のローマで庶民のお店を飲み歩いていたことがよくあったそうですから、古代ローマ人にとって外食は娯楽であり、生活の一部であったことがうかがえます。
古代ローマ庶民の食生活を支えたバール
上流階級から下流階級まで、多くの古代ローマ人の食を支えていたバールは、カウンター奥にいる店員に注文し、店員は壺から食材をよそって客に渡すスタイルのお店です。 店頭には、石、またはセメント製のL字型カウンターがあり、そこには陶器の壺が埋め込まれていました。壺は煉瓦で断熱されており、中に保存してある売り物は、痛まないように保温、または保冷ができるようになっています。壺の代わりに、料理が入ったオーブンや、鍋を置いているお店もありました。
店内に余裕があれば、テーブルや椅子が置いてありましたが、置けない場合は立ち食いをしていました。
バールの代表的な売り物として、小麦の粥があります。豆入りのお粥で、「プルス」と呼ばれ、昔ながらの料理として人気がありました。
他にも果実、豚のゆで肉や肉団子、サラダ、オムレツなどがメニューとして並び、お店の中にはワインを提供するお店や、熱いお湯を出すお店もありました。
残念ながら、まだこの時代にはお茶やコーヒーはありませんでしたが、バールは多くの庶民の食を支える軽食店として、古代ローマ人の胃袋を満たしていました。
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